思いがけずバズった俺だけどこんな運命信じない〜芸人とモデルと隠キャな俺の配信番組?勘弁してくれ!〜

たかつじ楓@『後宮の華』発売中!

プロローグ 第1話 どうしてこうなった

風がひと際吹いていた。


頬を切りつけるような突風にあおられ、前髪が額に当たって痛い。

青空が視界いっぱいに広がっている。


見上げれば空、見下ろせば白い雲、目をつぶれば走馬灯。

膝は笑っているし、心臓は左心房と右心房が殴り合いの喧嘩をしているような暴れ方だ。


口の中は渇いていて、今にも胃液が逆流しそうな喉の奥からはひゅーひゅーと頼りない息が漏れた。

奥歯は噛み合わない。手はもう、じっとりというどころの騒ぎじゃないほどの汗で濡れている。

 

激しい喜びもなければ、深い悲しみもない、植物のような人生を送りたいと常日ごろから思って慎ましく生きている俺が、なんでこんな目に。



 上空三千メートル。逃げも隠れもできない、天国に一番近い場所で、草野篤志くさのあつしはヘリコプターの扉に両手をついて絶望に打ちひしがれていた。気を抜くと胃液が逆流してしまいそうだった。



『さあ飛び降りる準備はできたかな?』



 耳につけられたイヤホンから、ノリノリな声が聴こえてきた。完全に面白がっているような、おちょくっているようなテンションだ。



「……無理だ」


 小さく返すも、言葉にならない。


横にいるカメラマンが思いっきり正面にカメラを近づけてくる。

背中にぴったりとくっついている、ガタイのいい外国人はさっきから耳元で「OK? OK?」としつこく尋ねてくる。

今回は初心者向けのタンデムジャンプというものらしい。



『ほらほら、リアクションはもうええから、ちゃっちゃと飛びな。尺取り過ぎや』


「いやほんと無理無理嫌だ嫌だ無理」



関西のイントネーションの女の子の声が聴こえ、後ろからスタッフの笑い声がそれにかぶさった。

 

空気は薄く、風は冷たい。脳に酸素が行かないのか、気が遠くなってくる。


なんで俺がこんなことを。なんで俺がこんなところに。


視線を下に向けると、正方形の田んぼが絨毯の模様のように地上に描かれている。ヘリコプターのプロペラ音が耳鳴りのように轟く。


 動脈と静脈の血流が逆流したように血の気が引いてきたが、最後の理性で吠えた。



「どうせモニターの向こう側でニヤニヤニヤニヤしてるんだろ! 

他人の不幸を高みの見物であざけ笑う、人の心の痛みを分からねえSNS世代が! 全員絶対に許さないからな!」

 


横にいるカメラマンが笑っている。

そのレンズを、眼力で割るぐらいの勢いで睨みつけ、その向こう側の奴らに訴えかけるように言う。憎しみの火がふつふつと湧いてきて、顔面の筋肉がひきつる。


『はいはい、スタッフさんもう押しちゃってくださーい!』


 無慈悲な声に「まだ俺の言いたいことは終わってない!」と続けるも、背後の外国人が「Let‘s Go」と囁いて親指を立ててきた。


そんな奴に背中を任せられないと、また文句を言おうと思ったら、肩と太ももにしっかりと巻きつけられたパラシュートの紐が一層締まった。



 人生で初めて、そして最初で最後であってほしい強制的スカイダイビング。


遥かかなたの地上へと飛び立つため、ヘリコプターの床を蹴った。



「うあああああ――――――――――――――!」



 内臓が全部浮くような感覚の後、視界一面の青へと落ちていった。


目を開けていられない。思った以上に早く、体中が斬りつけられるかのように寒い。

 

現代にニュートンがいたのなら、木から落ちるリンゴじゃなく間抜け面で落下する俺を見て万有引力を発見すればいいというほどの勢いで、ただただ落ちていく。


毛穴が開き、涙と鼻水が垂れるも、その雫はすぐに上空へと舞い上がっていく。

ジェットコースターなんて比にならないスピードで、落下する。



『草野君、Vフリ!』



イヤホンから大爆笑と、指示が聴こえてきた。


突き抜ける青空、草野は自分のヘルメットについているカメラに向かって、渾身の力で叫んだ。もうどうにでもなれってんだ。



「『ハル☆ボシに願いを』、今週もはーじまーるよ――――――――――!!」

 


叫びと同時に背後のパラシュートが開き、その体は再び上空へと浮上して行った。

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