第38話 偽り王子はとにかく甘い!?
ガトーさんが言う通りに、翌日姿を見せるなり翔斗は私にこう言ってきた。
「
絶対損はさせないから。だって。
こうして沢口姉弟の跡継ぎ争奪問題はなんとか収束を迎えた。ふう。
ところでそんな翔斗の販売員としての実力は実際どのくらいのものなのか。それは本人が「なら見てみてよ」と豪語するだけのことはたしかにあった。
普段はお父さんそっくりの口の悪さ、そして態度の悪さを持つ翔斗。だけど接客となると……まったくの別人になる。どのくらいかというと。
「いらっしゃいませ」
私が初めて間近でその接客を見た時に持った感想は「え、あなた誰?」というシンプルなものだった。
「今日はいいお天気ですもんね」
「秋らしいものでしたらこちらがオススメです」
「お待ちいただいている間にご試食はいかがでしょうか」
キラキラの笑顔。優しい声と口調。気品ある振る舞い。お辞儀の角度、指の先まで徹底されたような美しい動き。
もとから顔は悪くない。背も高くて、体型もスリム。年齢も今はピチピチの20代前半。そんな男性が無条件でもてなしてくれるんだから、そりゃ……マダムたちはイチコロというわけ。
「フルーツタルト、僕も好きなんです」
「素敵な赤ですね。僕も好きな色です」
「内緒でオマケ、入れておきますね」
しかも発する言葉がこんな。いや、内緒でオマケとかだめだからね!?
それにしてもこいつはこんな爽やかで甘い声が出せたのか。普段の声と同じ声帯から出ているとはとても思えない。ああ、なるほど、これは。
『王子様』だ。ただし偽りの!
たちまち人気が出たのは言うまでもなく。しかしよくもまあこんなおべんちゃらが次から次と出るよね。フルーツタルトも赤色も好きだなんて聞いたことない。嘘つき野郎め。悔しいくらいに百点満点のスマイルに見つめられて顔を赤くするマダムを何人見たことか。あれはリピート確定でしょう。
「翔斗くんに会いに来たの」
「翔斗くんのために買うわね」
「翔斗くんがいるなら明日も来るわ」
「翔斗って……なんなの?」
呆れながらお母さんに言うと「ま、才能はあるよね」と笑った。
「ホストかなんかの?」
「ぷっ、ふふ、うん。そっちの才能もあるかもね」
ひ……笑えない。
厨房と売り場の境目からその横顔を眺めた。ガキんちょだと思っていた弟がなんだか急に大人の男に見えて戸惑う。
お店はお客様が途切れて束の間の静けさを保っていた。翔斗は向こうの作業台で焼き菓子のシール貼りを黙々と進めている。む。そういう地味な作業も効率よくテキパキこなすのか……。
「厄介なクレーム対応や難しいラッピングとか、ほかの仕事もひと通りきちんとこなすから。安心して任せられるよ」
「そうなんだ……」
「フレジエで雇うことにしたんでしょう? きっと人気店にしてくれると思う」
でも人間関係には気をつけた方がいいね。とくに女性関係。と笑った。
それはたしかにその通りだ。
翔斗はそのあともどんどんお客様のハートを掴んでお店の売上にかなり貢献したらしい。
「あ、シェフ。そのデコのお客様、3歳の息子さんがバナナのアレルギーだそうで。イチゴサンドだから大丈夫とは思うけど一応気をつけてください」
「ああ……了解」
そしてこんな具合に。お客様に気に入られるだけじゃなく、ケーキ店の販売員としてほぼ満点に近い働きぶりを見せた。ついでに私にはとても真似できないこんなことも。
「川崎さま。今日もプリン三つですね。膝の具合はいかがですか」
「近藤さま。2ヵ月ぶりですね。今月は旦那さまのお誕生日ですよね。26日。いつもありがとうございます」
「チヨリちゃん。来週ピアノの発表会だね。頑張ってね」
その並外れた記憶力はなんだ!? 顔や苗字だけじゃなくて、誕生日やお子さんの名前、ペットの名前までほとんどのお客様を把握しているらしいからもはや怖い。お母さんでもさすがにここまでじゃないよ?
「翔斗って脳みそどうなってるの?」
思わず訊ねると「はあ?」とガラ悪く睨まれた。く。落差激しすぎでしょ。
「謎な才能だよね」とお父さんも呆れ気味に褒めていた。
「俺は販売員になるために生まれた男だからね」とのこと。
そんな、わけで。眞白が1歳になってよちよち歩き始めた秋の頃。
あ、またもみじの季節だ。
〈『フレジエ』〜シャンティ・ポム〉
なんていうちょっとややこしい名前の私たちのお店は、晴れて東京に。
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