第14話 初ライブ

 フェスを控えた私達マーメイドテイルは、大忙しだった。


 まずは新曲。

 私が書いた歌詞を作曲家さんと練り直し、曲と合わせて完成させていく。根気のいる、大変な作業だ。けれど、大変、より、楽しい、の方が何倍も上をいっている!

 しかも、大木社長が『作詞:リーシャ』をいたくお気に召した。創作活動の時には乃亜ではなくリーシャを使えばいい、と言ってもらえたのは、本当に嬉しかった。


 かえでは、憧れでもあったダンスユニットENDエンドとのダンスコラボを前に、本格的にダンスを習い始めていた。


 杏里は雑誌のモデル撮影。この時、なんと、私が映画で共演した大和凪人やまとなぎとさんに会ったのだそう! 私の話で盛り上がった、と教えてもらった。


 私だけ何もない、と言っていた恵だったが、あの後、有名なVtuberさんからお声が掛かったらしく、共演予定だったりする。他にも、ラジオのゲストに呼ばれたとか。


 そして私。


 映画、カレントチャプターのプロデューサーさんの紹介で連ドラが決定! ちょい役ではあるけど、ちゃんと台詞がある役なのです!


 と、がむしゃらな毎日を過ごしており。


 私は、昔の自分が嘘であるかのように、積極的で、前向きな性格に変わっていった。


*****


「かえちゃんのダンスについていけなぁぁい!」

 私はスタジオの床に寝そべって駄々をこねた。私、! おかしな話だけど、これってすごいこと!


「乃亜たん、諦め早っ」

 恵が言う。私はすかさず、

「諦めたわけじゃないもんっ。悔しいだけだもんっ。踊れるようになるもんっ!」

 と、即座に立ち上がる。


 レコーディングも終わり、今度は曲の振り付けだ。これがまた、非常に難しい!


「フェスまでには絶対仕上げるっ」

 マーメイドテイルは、初参加でありながら三曲の枠をもらえた。シンクロでぶち上げて、コミカル調の『ドキドキ密集』という曲で盛り上げ、最後に新曲披露となる。

 なんとしてでも、成功させたい!


「じゃ、もっかいいく?」

 かえでの言葉を聞き、私は拳を握りしめると、答える。

「もちろん!」


*****


 フェス当日。

 天気は、快晴。


 有名なアーティストがバンバン出演し、これでもか、というほどパワフルな演奏を見せつけられる。長くプロをしているアーティストというのは、雰囲気からして違うものだ。


 そして観客の多さにも驚く。


 マーメイドテイルは駆け出しである。ライブをしたことはあれど、最大キャパでも三百程度だと聞いた。それに対しこのフェスの観客数は五万にもなる。


 そして私は、今日がだ。そう。私がこの世界に来て、きゃくの前で歌うのは初めてなのだ。


「うぁぁぁぁ……、」

 私は舞台を楽屋のモニターで見ながら頭を抱えていた。

「乃亜たん、大丈夫?」

 恵が心配そうに私を覗き込む。

「大丈夫では……ない…です」

 心臓が、有り得ない速さで動いている。朝からずっとこうだ。


「ま、緊張するよね、これだけいたら」

 モニターを見上げ、杏里が言った。

「でも、ほら、見て。かえたんは堂々と踊ってるよ~?」


 まさに今、かえでは憧れのダンスパフォーマーENDのメンバーとコラボダンスの真っ最中だった。堂々たる踊りっぷりである。


「振り、間違えたらどうしよう。歌詞間違えたらどうしよう。私たちの歌が始まった途端お客が帰っちゃったらどうしよう。あああ、めぐたん~!」


 グダグダと悩む私に、恵が言う。

「もぅ、乃亜たんしっかりしてよ! 今日の出来次第で私たちの今後が決まるんだよ?」

 追い打ちをかけられる。

「まぁ、なんとかなるっしょ。てか、なんとかするの。それがあんたの仕事」

「えええ、杏里ちゃん……」

 杏里は元々サバサバした性格だったと思う。が、モデルの仕事が決まり始めてからは、更に自信に満ち溢れ、その美しさに磨きがかかり、言動にもキレが出た。それは恵も同じで、おどおどするような態度をまったく取らなくなってきた。


「乃亜、ライブってさ、お客さんがすぐ目の前なの。みんなが私たちを見る。あんたは、そのお客に何を伝えたい?」

「え?」

「あ~! それって前に乃亜たんが杏里に言ってたやつじゃん!」

 笑いながら、恵。

「そうなの?」

「そ。私、緊張しぃでさ。前のライブの時、すごい緊張しちゃってガチガチで。そしたら乃亜に言われた。『このライブで、お客に何を伝えたい?』って」

「なにを……伝えたいか?」


 私は、じっと考え込んだ。

 マーメイドテイルのライブ。


 私の心を捕えて、感動させたあのときの感覚を思い出す。


「私……みんなに笑ってほしい。マーメイドテイルの歌とダンスで、みんなの心に元気を届けたい!」

 杏里と恵が大きく頷いた。

「だね! そしてあわよくば私たちのファンになってほしいなぁ」

 恵がパチッと片目を瞑って見せる。

「私も、マーメイドテイルを知ってほしい。最高の私たちを、さ」

 杏里も、片目を瞑ってみせた。


「……うん、わかった!」

 私は、ウインクが出来ないので、両目を瞑って見せる。


「乃亜たん、ウインク練習しな」

 恵が半眼で私にそう言って頬を膨らませる。


「もうすぐかえでが戻って来るよ。かえでの着替えが終わったら、スタンバイだ」


 そうこうしているうち、かえでが戻る。

 汗だくのかえでは、満足そうな顔をしている。立て続けの出演にも拘らず、元気いっぱいだった。


「よし、いよいよだね」


 緊張はしている。

 けれど、もう怖くはない。


 私には、仲間がいる。歌がある。

 もう、大丈夫!


 舞台袖に移ると司会者がENDを見送り、


「さぁ、次は話題沸騰中のアイドルグループ、マーメイドテイルの登場です!」


 と紹介してくれる。


 ワァァァ、と観客が声を上げた。

 胸が熱くなるのを感じる。

 私たちは、舞台へと飛び出した。



 その時、私の視界が、急に暗くなった。

 音が、光が、消えてゆく……。


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