第11話 エゴサ
考えていたことがある。
本物の水城乃亜のことだ。
私がこの体に入り込んでしまったせいで、本物の乃亜はどこかに行ってしまった。
それはマーメイドテイルにとって、いや、この世界において、多大なる損失であるに違いなかった。
どうして私が?
私なんかが?
乃亜はみんなに愛されていた。
才能もあり、私なんかとは正反対の人間だった。
そんな乃亜をどこかに追いやってしまったのは、私なのではないか。私のせいで、乃亜は……。
求められているのは私ではない。
わかっている。
けれど……、
ほんの数カ月。
ほんの数カ月、水城乃亜であることを経験した私は、願ってしまう。
ここにいたい、と。
私は、水城乃亜であり続けることを、望んでしまう。
許されるの?
そんなことが……。
お母さんのぬくもり。メンバーの優しさ。仕事をする、という喜び。どれも、今まで感じたこともないほど、この心を満たしてくれる。私は、なんて我儘なのだろう。
『ここにいる乃亜たんは昔の乃亜たんと違っても、気持ちは一緒なんだねぇ』
恵の言葉が、嬉しかった。
私は乃亜ではないけれど、乃亜が大好きだ。
私は……マーメイドテイルが……大好きだ。
いつか乃亜の魂がここに戻ってきたら。その時、彼女に顔向けできないような水城乃亜ではいたくない。
『よくぞ頑張ってくれた!』
そう、言ってもらえるように、私は全力で、水城乃亜であることを、ここに誓う。
*****
「見たわよ、乃亜!」
家に帰ると、母からの熱い抱擁が待っていた。リアルタイムでテレビを見ていた母は、大興奮だった。
「記憶障害が嘘みたいだった」
少し寂しそうに。けれど、とても誇らしげに、そう言う。
母には、私が本物の乃亜ではないとわかっているし、わかった上で受け入れてくれている。どんなに乃亜を演じようと、きっと彼女だけは、騙されてくれやしないだろう。
「嫌じゃ……なかった?」
ここにいない乃亜を演じ、見せつけられ、悲しい思いをしているのは明白。けれど、彼女は豪快に笑って、言うのだ。
「あなたには役者の才能がある、って思ったら嬉しかった!」
「お母さん……」
私はまた、べそべそとしてしまう。そんな私を抱きしめて、
「まったく、泣き虫ね」
と、優しく背中を撫でてくれた。
それから二人で、録画していた番組をチェックする。
「ああ、乃亜がいる……」
私が画面を見て言うと、母が笑う。
「ほんと、昔の乃亜そのものよ!」
「あ、でもここ」
停止ボタンを押し、画面を指す。
「乃亜ならもっと、口を開けて笑う」
「確かに!」
こうして二人で番組の反省会をしているのも、なんだか不思議だった。
番組を見終わるころ、私の携帯がブブブ、と振動する。見ると、メンバーからのグループメッセージ。
かえ:ちょっと! 見たっ?
めぐ:なにを??
かえ:SNSすごいことになってた!
アン:は? エゴサしたの?
めぐ:エゴサ禁止なのに~!
かえ:それどころじゃないって!
アン:なにが?
かえ:マーメイドテイル、トレンド入りしちゃってるんだから!!
アン:ええっ?
めぐ:ほんと?
かえ:すんごい反響!!
アン:見ちゃおっと
めぐ:めぐたんも~!
すごいスピードでメッセージが流れ、私は入り込む暇もなく、ただみんなのメッセージを読んだ。
アン:……まじか
めぐ:きゃ~ん!
かえ:ね?!
アン:すごいね、これ
めぐ:しかも、いいことばっかりだし!
かえ:でしょ!!!
めぐ:お~い、乃亜たん読んでる~?
アン:私たちの歌、届いたね!
かえ:一気にのし上がっていこう!
私はそのメッセージを読みながら、嬉しくて、また泣いてしまう。泣きながら、メッセージを返す。
のあ:うん
かえ:あはは、乃亜ちゃんのメッセージ、短っ!
アン:ウケる。てか、また泣いてるんじゃない?
かえ:それな!
めぐ:乃亜たん、今日はゆっくり寝てね~!
私はそこまで読んで、携帯を置いた。そして、くるりと振り返り、母を見た。
「お母さん、エゴサってどうやるのですかっ?」
そこからはもう、二人でエゴサをしまくったのである。
『マーメイドテイル、知らなかったけどめちゃくちゃよかった!』
『俺はずっとシートルでいるぜ!』
『めぐたん最高!』
『杏里って子、かっこよくない!?』
『ダンス可愛かった~!』
『あの歌、今度カラオケで歌ってみようっと』
『明日からまた仕事頑張れそうだ~』
『ライブ行ってみたい』
『推し、決定!』
『シートルって、
『なんか、元気出たよ!』
『センターの子、可愛い!』
『水城乃亜ちゃん、めっちゃ好き!』
『乃亜の勢い、マジありえん』
『よくあの事件から立ち直ったよねぇ』
『怪我、良くなったんだね!』
『ゲット、ウォ~タ~だぜぃ!』
『お帰り、乃亜!!』
溢れる言葉を前に、私は心が震える。
マーメイドテイルの歌が、その存在が、こんな風に心を動かすなんて……。
「すごいね! よかったね、乃亜!」
母も、感動しているようで、目頭を押さえている。
「うん、すごいね。ほんとに、すごいっ」
その日は、眠れなくなるほどに、夜の間ずっとエゴサを楽しんだのだった。
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