第41話 買い出し決定と秘密の取引

いつも通り体育祭に向けて練習していたその時、荻原先生がいた体育倉庫で俺と松永はリレーのバトンを準備していると、



「あ、やっべ」



 萩原先生がそんな声を漏らした。

 ちょうど近くにいた俺と松永は先生がいる体育倉庫に向かい、



「どうしたんですか?」


「何かあったんじゃ?」



 二人で質問する。

 それにしても先生、「やっべ」とか使うんだ……と考えていると、先生が「いやー実はな」と困った顔で口を開いた。



「お前ら、ハチマキ自作するだろ?」


「ああ、はい」


「自宅に持って帰って記念に出来るように〜みたいなことを言いよったね」


「そんなこと言ってったっけ……自作としか言ってなかった気が」


「さてはゆうちゃん聞いとらんかったじゃろ……」



 松永がジト目で睨んでくる。自作するのを聞いてただけいいと思え。



「あー話を続けるが、そのハチマキを作る布が足りなくてな」


「「えっ」」


「誰かに買ってきてもらうしか……あ」


「「……え?」」



 先生は、適任がいたと言わんばかりにこちらに目を向けてくる。

 おいおい、まさか――



「お前ら、買ってきてくれないか?」


「俺達がですか!?」


「そうだ、近くにいたしちょうどいいだろう」


「うんうん、話が早いしええのぉ!」


「おいお前、そっち側かよ! そもそも先生が買ってきたらいいじゃないですか」


「私は色々と忙しいんだ。最近の教師は大変なんだぞー?」


「教師の権利を悪用してますね……」


「悪用とは失礼な」



 しばらくそんな会話が続いたが、さすがの俺でも二対一では勝てず、今度の休日に買いに行くことになった。

 先生が「それじゃあよろしくなー」と清々しい笑顔で去っていったことを、忘れられない。絶対自分が買いに行くのが面倒くさかっただけだ、あの人。

 俺はため息をつきながら言った。



「大丈夫かよ、学校の奴らに見られたら――」


「じゃあ先に、公言しときゃあ? 今度の休日ハチマキの布買いに行くことになったって」


「あー、なるほどな。それなら誤解されにくいな」


「とりあえず、同じチームの樹と森さんに言うのが手っ取り早いんじゃない? 樹が勝手に広めてくれそうじゃし」


「そうだな」



 こうして、松永の案は採用されることになった。


―――――


「はぁ……」



 体育の後。

 私、森文は、深いため息をついていた。


『なんか、ハチマキの布が足りないらしいから、今度の休日に松永と買ってくるわ』


 裕也くんのその言葉が、ずっと頭から離れない。

 心の中と同じで、口に出して「裕也くん」って呼べたら、一緒に買いに行くのは私だったのかな。ううん、そもそも、もっと私が松永さんみたいに美少女で、自信をもってたら……って、他人を羨んで嫉妬することしか出来ないから、きっと裕也くんは振り向いてくれないんだ。

 外見とか性格とか、ちっとも変えようとしないくせに、願いが叶うわけないじゃない……。


 ああ、またネガティブになっちゃってる。悪い癖だ……。

 そう思ってますますネガティブになりかけていたその時。



「……ん?」



 少し離れたところに、大野くんが一人で壁にもたれかかっているのを見つけた。

 なんか、落ち込んでる……? ていうか前もこんなことあったような。

 そして私は前と同じように、大野くんに声をかけた。



「大丈夫?」


「あ、森さん……。大丈夫、ちょっと落ち込んでるだけだから」


「いやそれ大丈夫って言わないと思うよ……って、これ」


「ふはっ、前も全く同じ会話したな」


「だよね! 思った」



 二人共デジャヴを感じていたと分かって、思わず笑ってしまう。

 私は大野くんの横に腰を下ろし、話を聞く体勢になる。



「今度はどんなことで悩んでたの?」


「いやそれはまあ……」


「当てよっか」


「そんな簡単じゃないと思うよ?」


「松永さんがゆう――飛鷹くんと出かけることにもやもやしてるんでしょ? 大野くん、松永さんのこと好きだもんね」


「なぜ!?」



 純粋に驚いた後、自分の失言に気づいて「しまった」という顔をして慌てふためく大野くん。

 なんだか、子供みたいだな。



「いやあのっ、これはちがくて」


「わかるよ。私も同じだもん」


「――え?」


「私ね、飛鷹くんが好きなんだ。だから、すごくわかる」 


「えっ、ちょ、待って。それ俺に言っていいの?」


「……あ」



 今度は私が失言をしてしまった。

 だけどここまで来たら、吹っ切れたような気がする。



「え?」


「なんか気づいたら話してた。でももういいや、話しちゃったものはしょうがないし」



 私が苦笑すると、大野くんは何か閃いたような顔になった。

 まるで、新しいいたずらを思いついた子供のようだ。



「取引しよう」


「取引?」



 思ってもみなかった言葉に、私は目をぱちくりさせる。



「うん、取引は二つ」



 大野くんは人差し指を立てて説明し始めた。



「一つ目。俺が柚を好きで、森さんが裕也を好きなのは二人の秘密。もしどちらかが相手の秘密をバラしたら、もう一人も相手の秘密をバラす」


「なるほど。絶対に裏切れないね」



 私が感心して頷くと、大野くんは中指も立てて「二つ目」と言った。



「これは取引というかお願いなんだけど、今度の休日、一緒に柚と裕也を尾行して欲しい」


「……え?」



 私は一瞬大野くんの言葉が理解できず、間抜けな声を出してしまった。

 たっぷり三秒、落ち着いて考え、意味を理解した私は――



「えええっ!!?」



 思わず立ち上がって叫んでしまった。


△▼△▼


【裏話】

 樹が広島弁じゃないのは、樹の家族が広島弁じゃなかったからです!

 方言と言っても、必ず染まるというわけではありませんしね。関西弁は結構染まるけど……。(標準語の人は目立つ)

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