第31話 久しぶりに

 ついにこの日が来てしまった……。

 今日は松永が俺の家に遊びに来る日だ。事前に俺の家への道順は説明しておいた。

 女子を家に上げるのは陽茉梨の友達以外で初めてだ。というか俺は友達がいないからな。当たり前だ。

 陽茉梨には中間テストの結果発表の日に話したが、「はぁぁあああ!?」とガチギレされた。陽茉梨は遥乃ちゃんを招いてるのに理不尽である。


 まあそんな感じなので、とりあえず部屋を掃除しておく。

 しかし、日常的に掃除してるのであまり時間はかからなかった。

 基本的に料理と洗い物は陽茉梨、掃除と洗濯物は俺の担当となっている。女子高生なのに手が荒れているので、本当は代わりたいのだが、どうしても陽茉梨が譲ってくれないのだ。


 そして最後に部屋の消臭をすると、松永からRAINが来た。



『道に迷った……』

『(チーン、と落ち込んでいるうさぎのスタンプ)』


「やっぱ分かってなかったか……」



 俺はため息をついた。説明していたときも、よく分かっていない様子だったからだ。

 「大丈夫か?」と聞くと「気合でいける!」と言っていたので、予想はしていたが……。


 俺は素早くメッセージを打つ。



「とりあえず家に戻れ。迎えに行く」

『ありがと〜! ごめんね』



 スマホをぽっけに入れて陽茉梨に「ちょっと出かけるー」と声をかけて家を出る。


 数分後、松永が自宅に立っているのを確認して声をかけた。



「松永」


「ゆうちゃん!」

 

「ったく……やっぱり分かってなかったか。つか、地理はあんまり得意じゃないのか?」


「あはは……得意じゃないけど、出来る言やあ出来るんじゃ? ただ、現実でやると、ねえ?」



 机上の勉強が実践に結びついてないらしい。



「いや同意を求められても……」



 そんな会話をしながら、二人で俺の家に向かう。



「ゆうちゃんっていつも落ち着いとるっていうか冷静よね」


「いや俺でも動揺する時はあるぞ。顔に出せないだけで」



 なんてったって陰キャだからな! という言葉は胸の内にとどめておく。



「ふーん……」


「なんだよ」



 松永がやたらとこっちを見つめてくる。

 と思っていると、次の瞬間。



「――わっ!」


「……?」


「あ、あれ……」



 沈黙が下りる。

 え、いまのはなんだったんだ?

 ――まさか。



「俺を驚かせようとしたのか?」


「……そうじゃよー」


「あんな声で?」


「不意打ちじゃったら、いけるかなって」


「……クッ……ハハッ!!」



 俺は笑いがこみ上げてきて、こらえきれずに吹き出した。

 松永はぎょっとして、「わ、笑うなー!」と必死になっている。

 それが余計に面白くて、俺はさらに大笑いした。



「もう……ふふっ、あははは!」



 すると松永もつられて笑い始めた。

 二人でお腹が痛くなるまで笑った。こんなに笑ったのは、久しぶりだ。

 松永、爆笑してるのかわいいな……って、何考えてんだ俺は! 煩悩退散!


 ひとしきり笑った後に、松永が涙を拭いながら言った。



「ゆうちゃんが爆笑したの、久しぶりに見た!」


「俺も久しぶりに笑っ――ん? 久しぶり?」



 松永に出会ってから、爆笑したのはこれが初めてなはずだ。

 だから、正しくは「ゆうちゃんが爆笑したの、初めて見た!」じゃないだろうか?

 松永の言動には、時々引っかかる事がある。

 俺は思い切って聞いてみることにした。



「なあ松永、前々から思ってたんだが、俺たち4月に会ったのが初めてだよな?」



 すると、一瞬時が止まったように思えた。

 松永は虚を突かれたような顔をした。

 何か言いかけて、口を閉じ、それでもまた言おうと口を開くが、結局黙る松永。

 そしてその代わりに、ふっと眉尻を下げて笑った。



「うち、ゆうちゃんのこと信じとるよ」


「は? おい、それってどういう――」


「あ! ここ、ゆうちゃんち?」


「え、あ、うん」



 上手く話題をすり替えられた……。

 信じてるってなんだよ……。と思いながら、ドアを開ける。

 松永を先に入れると、「レディファースト分かってるね」と言われた。なんか腹立つな。



「ただいまー」


「おかえり」


「お邪魔しまーす」


「……どうも」



 陽茉梨は一瞬怪訝そうに松永を見つめると、慌てて笑顔になり、松永に挨拶をした。



「あなたが松永さんですか? いつも兄がお世話になっております。妹の陽茉梨です。兄からよく話は聞いていました。どうぞ、上がって下さい」


「礼儀正しい妹さんだね! 陽茉梨ちゃんでいい?」


「はい、よろしくお願いします」



 二人が握手をする横で、俺は一人感動していた。

 陽茉梨……いつの間にそんな礼儀正しくなったんだ……! 成長したな……。(軽度のシスコン)


 だから気づかなかった。

 陽茉梨が、一瞬松永を警戒するような眼差しで見たことを。

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