第26話 鬼畜ではあるが夫婦愛は強い
さて、そろそろ夕暮れに近い。森は思ったより広いからそろそろ野営の準備だなと思った時、また茂みから何かが出てきた。
また狼かオークかなと思ったら獣人だった。
「貴様らとまた出くわすとはな」
獣人が低い声で恨み言を言いながら僕たちに向かって襲ってきた。
「あんた誰?」
ユウさんは剣を抜かずに攻撃をかわしながら素っ気なく尋ねる。いつもならカウンターでダメージを与えるのに、わざとかわしたのは本当に誰か覚えてなくて正体を知りたいのだろう。
でも、僕には心当たりがある。
「仲間たちを一瞬で殺したのはお前だろ! 仲間の仇を取らせてもらうぜ」
やはりそうか。ケッペルズ・ダンジョンで最初にこなしたクエストの獣人達を一掃した時の生き残りだ。少しは居るとは思っていたが。
「ああ、あのチャラ男たちが泳いでいたプールのやつか。……ってことは逃げた屋台の人間か。確か売上金も無くなってたよな。貴様が持ち逃げしたのなら、それを差し出してもらおうか」
「ユウさん、相変わらず鬼畜な発言を。こちらが強盗だか山賊みたいじゃないか」
「大体、あのウェイ系のやつらがたむろってたせいで、引っかかったバカ冒険者が多くて得られるはずの報酬を蘇生の経費として差し引かれたのだぞ。少しは取り返さないと」
「俺たちはただ遊んでいただけだ! 人間だって楽しんでいたのに、それを貴様が、貴様が殺した! あの中には俺の恋人だっていたんだ」
獣人はいつしか戦いの手を止めて泣き出していた。
「ユウさん、だんだん僕たちが悪人のような気分になってきた」
「あいつ、演技がうまいな」
またユウさんはゲームの中のキャラと思っているのか、と思っていたら少し違った。
「泣き真似しても無駄だ。しっかり覚えているぞ。貴様、リョウタをバカにしていた獣人の一人だったな。屋台からプールにいた女と一緒に嘲笑っていた。他にも非モテ系冒険者の心をたくさん折っていたと聞く。そうやって沢山の人を傷つけておいて、自分ばかり被害者ヅラするな」
そうだったのか。僕はトラウマをえぐられていてしゃがんで震えていたから覚えていないけど、彼もその一人だったのか。って、さりげなく僕のことも非モテ系とカテゴリ分けするユウさんも相変わらずひどいが。
「あの時も言ったがどんな理由であれ、リョウタを傷つけることは許さない。貴様は私の逆鱗に触れた。覚悟するんだな」
そういうと剣を抜いたがいつもと所作が違う。あれは日本刀の居合切りの型だ。西洋の剣でできるのかと思う間もなく彼女は右手一本で横の方向に一閃した。両刃とはいえ、女性用のミスリル剣だからできた技なのかもしれない。男性用だと大きさや重さで難しいはずだ。
瞬時に獣人の腹から血が流れ、手で押さえながらも獣人は諦めてないようで襲おうとしてくる。
「ぐ……そいつのことをそのまま言っただけだ。それよりも俺の仲間を……」
「言ったろう、リョウタを傷つける奴は許さないと」
ユウさんは抜刀した刀、もといミスリル剣に左手を添えて上から斬りつけた。居合による振りかぶりだ。これで大抵は相手を仕留めることになる。
「ち、畜生……」
悔しそうな言葉を吐き、獣人は消滅した。
僕は数珠代わりの水晶ブレスレットを取り出し、彼の成仏を祈った。
(来世では相手を仲間と同じように人を思いやれるように……いや、僕をバカにしてたのだよな。でも、まあ、死んだからには仏に、いや、獣人に宗教はあるのか?)
手を合わせたまま悩んでいたら長く祈っていると勘違いされてユウさんに声をかけられた。
「リョウタもお人好しだな。自分を傷つけた奴に成仏を願うなんて」
「この恰好のせいだよ」
そっと答えたが、ユウさんが僕のために戦ってくれたことが嬉しかった。
その時、濃くなって行く夕闇の中へ消滅した場所から青い光がゆっくりと昇っていった。あれはきっと魂でとりあえず成仏したらしい。この法衣は間違いなく霊力が強い。お経を唱えてないのに成仏させるとは。アンデット系には般若心経唱えていれば攻撃になるかもしれない
「これが東の国の剣術に宗教か……」
ティモ君は僕たちの行動をひたすら感心して眺めていた。
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