【完結】三人皇女の帝位継承結婚騒動

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第1話 ウェストリア帝国第二皇女ユリア

 私はウェストリア帝国の第二皇女ユリア。女帝候補の1人です。

母にして現女帝であらせられるマトゥーナ陛下は、第一皇女サティーナ、私、そして第三皇女のキーラを集め、更に居並ぶ近臣の前でこうおっしゃいました。

「ヒッパシス大森林のSSSクラスのダンジョン【地獄の門】を最初に踏破した者にこの帝位を譲り渡そう。踏破の証に【地獄の門】のダンジョンボスである【ケルベロス】を生け捕りにして連れてくるのだ」

「へ、陛下、恐れながら意見を奏上致します。流石に、この試練は皇女がたには厳しいのでは……?」

枢密院議長のダダス卿が言ったように、【地獄の門】はおろか、ヒッパシス大森林に私達が一歩踏み込めば瞬く間に魔物の餌となってしまうでしょう。

しかし陛下は愉快そうに軽く喉を鳴らし、

「無論、妾は『単身で挑め』とは言うてはおらぬ。おのおのに、1人だけ随行を許す。誰を選んでも良いが……試練が終わった後は必ずその者と一生を添い遂げるのじゃ」


 その言葉を聞いた途端、サティーナは皇族出身で帝国騎士団団長のギベルトに、キーラは宮廷魔道士長のユーゴに駆け寄っていきました。

確かにこの2人の力ならば皇女である彼女らを連れて、難なく【地獄の門】にたどり着けるでしょう。

しかも2人とも男前で、女性からの人気も高いのです。


 「お願い、私を助けて下さいな」サティーナは『父親譲り』の美貌に涙を添えて懇願しました。「私が女帝に即位したあかつきには、貴方の望みを何でも叶えて差し上げますから」

帝国屈指の美女であるサティーナに涙目で哀訴されて断れる男なんて、ほんのわずかです。

ギベルトはすぐさま頷き、『必ずやお側にてお守り致します』と騎士の誓いさえ立てました。


 「ねえユーゴ様、貴方は確かオロルフ公爵家の次男でしたわね?お力を貸して下されば、私は必ずお返ししますわ!」

キーラは17才ですがとても幼く見えます。本当は私達の中で一番腹黒くて性格が悪いのですが、そう見えないほど愛くるしくて可憐で『守りたい』と性別問わずに思わせるような外見なのです。

「……なるほど、良いでしょう」

ユーゴもすぐに同意しました。ユーゴも現職どころか枢密院議長の上を狙っている野心家ですので、気が合うのです。


 「……」

姉妹が早速、帝位を狙って動き始める中、私は1人黙っていました。

言葉が出なかった、と言うのもあります。

私にはお慕いする人がいます。

【貴族の中の貴族】と恐れられ、陛下の次にこのウェストリア帝国で畏怖される【ヴァレンティノ家】の長男エドワード殿です。

ですがエドワード殿は長男でありながら、嫡子ではありません。


 彼の不幸は生母が産後すぐに亡くなり、父親が周囲のすすめもあって後添えを貰った後――『エドワードを後継者に指名する直前』に亡くなったところから始まっています。

異母弟ステファンが生まれた後、彼は冷遇されました。

長年ヴァレンティノ家に仕えていた召使いは解雇され、継母の息がかかった者ばかりが彼を囲いました。

おまけに、彼の魔法適性が【支援魔法】【回復魔法】しか無かったことが一層の拍車をかけました。


 ヴァレンティノ家の当主は代々、必ず【戦帝】です。


 魔法であれば【攻撃魔法】に恐ろしいくらいに秀でている。

 もし魔法に秀でていなくとも、素手でSSSクラスのダンジョンボス程度なら屠り倒す。

 単騎で戦況をひっくり返し、逃げ惑う敵兵を虐殺するのは当たり前です。


 エドワード殿はそのどちらでもありませんでした。

 支援魔法と回復魔法しか使えず、戦うことを極度に怖がり、嫌がりました。

 泣き虫で、臆病で、武術や攻撃魔法の鍛錬よりも――まるで僧侶のように誰かを助け、怪我や病気を手当てする方を好みました。


最初は彼の境遇に同情的で継母やステファンに意見していた親族も、エドワード殿の行動が全て【戦帝】からかけ離れて【弱虫】になっていくにつれて、次第に沈黙していくようになりました。

なまじステファンが【攻撃魔法】に秀でていて、何よりも戦闘が大好きでしたから。


 それでも私はエドワード殿を誰よりもお慕いしています。

エドワード殿はステファンと違って、道ばたに咲いている小さな花を平然と踏みにじるようなことはしなかった。一度も怒った姿を見たことがなくて、いつも小さな動物達に囲まれて木漏れ日のように静かに穏やかに微笑んでいる方でした。


 「あらユリア様、どうされましたの?」

人の苦痛は蜜の味、と申しますがキーラにとっては正にそれなのでしょう。意地悪そうに笑いながら、ユーゴや彼女の父であるハトー公爵令息と侮蔑の目で私を見つめています。

「まさかユリア様はお一人で【地獄の門】へ赴かれるおつもりなのですか?」

「キーラ、お止めなさい」とサティーナが止めに入りましたが、ギベルト共々、哀れむような目で私を見ております。「ユリア様のお父上だって……ただの男爵でしょう?」

サティーナの父は美貌で知られた隣国の第三王子です。


 ……確かに私には権力も金も力も人脈もありません。お慕いする方は一族から疎まれているエドワード殿、父は元冒険者でただの成り上がりの男爵です。


 ただし。

 私は二人には欠けているものを所持しております。


 私は単身で【地獄の門】までたどり着けます。元勇者の父から幼い頃からそれはそれは仕込まれましたので。

あと……二人は少し焦っているようです。いつもの平静さがありません。

確かにギベルトやユーゴは見た目もよく実力もあります。

ただ、生涯を共にする……となると不適切な相手ではないかと私は思うのです。

ギベルトには平民の愛人が既に十二人いますし、ユーゴの『夜の癖』は……ここでは黙っていてやりましょう。

勿論、二人がそれを受け入れた上で後々まで考えながら申し出ているなら、私は何も言いません。


 「陛下、少しお時間をいただけませんか」

私は陛下に申し上げました。エドワード殿を私が守りながら【地獄の門】へ連れて行くには、まず話し合いが必要です。

もしエドワード殿がほんの少しでも同行を恐れたら、私は修道女になるつもりでした。

幸い、陛下は同意して下さいました。

「良かろう。おのおの支度が必要であろう。返答までに七日の猶予を与えよう」

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