Side鈴木竜之介


「クソ、マジでむかつくわ」


 放課後、竜之介は友達の安田と一緒に近所のゲーセンに来ていた。

 対戦格闘ゲームで一頻り遊び、一頻り負け、そのイライラも合わせてゴミ箱を蹴っ飛ばす。

 思い出すのは今朝の件。一愛いちかに屈辱を味あわされた光景が脳裏に蘇る。


「クソ!」


 更にゴミ箱を蹴っ飛ばし中身を床にぶちまける。途中でやり過ぎたと思ったが今は竜之介達以外誰もいない。そのことに竜之介は安堵し、ゴミ箱を蹴っ倒したことを忘れる。それでもイライラが収まらない竜之介は喫煙所でタバコをフカした。


「荒れてんな、竜」


 先にタバコをフカしていた安田がニヤニヤ笑いながら言った。

 その言葉と態度に竜之介は「あぁ゛?」と更に怒りを膨れさせる。


「安田、そもそもお前が一愛に負けるからこんなことになったんだろーが。ボクシングやってんじゃねーのかよ。陰キャの素人に負けやがって、情けねぇ」

「は? ざけんじゃねーよ。ダンジョンでレベルが上がった奴に勝てるわけねーだろ。あれはお前が「一愛の野郎はどうせ隅で震えてただけで、捜索隊の奴らに助けてもらっただけだ」なんて言うからだろーが。お陰でとんだ恥かいたぜ。それと空手だ」

「チッ」


 竜之介は軽く舌打ちする。馬鹿で使えない奴だ。


 ……クソ、マジでどーするよ。


 一愛のせいで竜之介のクラスでの地位は地に落ちた。あからさまに蔑みの目を向けてくる奴はいないが、腫物でも触るかのように、もしくは居ないもののように扱われた。この視線には見覚えがある。竜之介が一愛を虐め始めた初期の目だ。竜之介も前までの一愛のように侮られるのは時間の問題だろう。


 対して一愛の奴は一気に人気者に成り上がった。まず顔が劇的に良くなったのがでかい。それも一愛本人だと分かる範囲で変わってるのが大きいのだ。冴えない奴が実は、みたいなギャップがウケたのだろう。ミーハーな女子はすぐにわーきゃー騒ぎ出していた。前まで一緒になって一愛を馬鹿にしていた癖に。


 そしてやはり、一番は雰囲気だろう。

 ダンジョンでレベルが上がっただけで堂々とした態度を取るようになり、背筋もまっすぐ伸ばすようになった。それだけで周囲から見られる目というのは変わるものである。ダンジョンで結果を出したという事実もそれを後押ししているのが大きい。


 竜之介は一愛に凄まれた時のことを思い出し、絶対に敵わないという恐怖を植え付けられた。それは自覚している。だが例えそうだとしても、あの目……。

 竜之介のことなど眼中にないあの目を思い出すだけで、竜之介の心がささくれ立つ。


「クソが!」


 竜之介はタバコの吸い殻入れを蹴とばした。


「おい竜、その辺にしとけよ。あんま目を付けられたらここ使えなくなんぞ」

「黙ってろ」


 肝心な時に使えないビビりな安田を黙らせ、竜之介は考える。

 そもそもなぜ一愛は一人でダンジョンに潜るなどトチ狂ったことをしたのか。運動に自信のある竜之介達ですらそんなこと考えもしない。ただの自殺にしかならないのは百も承知である。


 それほど竜之介達とダンジョンに潜るのが嫌だった? それもあるだろう。搾取されるだけなのは目に見えているのだ。だがそれだけならダンジョン入りを拒絶すればいい。そうすればいくら竜之介達でも無理矢理ダンジョンに入れることはできないのだから。


 では次だ。強くなって虐めの仕返しをしたかった? いやその可能性は低い。それなら今朝の時点で竜之介達は仕返しされているだろう。地位を落とされはしたが、仕返しをされたというほどではない。関わるなという忠告を受けただけだ。


 どちらの理由も違う。それにどちらの理由だろう、一人で潜った理由にはならなかった。


 ……そうだ、一人。一愛の野郎は一人だ。変な女がパーティーに誘ってたみたいだが、仮にパーティーを組んでたとしても所詮は女。それにレベルが上がってなきゃ実質いないも同然だし、今から俺たちもレベルを上げれば……。


「お客様。少し宜しいでしょうか」

「あ”? 今考え事してる最中なんだ、空気読めや」


 突然の声に思考を中断された竜之介は、不機嫌な声音を隠そうともせずに答えた。


「お、おい竜。馬鹿、すぐに謝れって……っ!」

「あ゛? なんでテメーに馬鹿呼ばわりされなきゃいけねーんだよ」


 馬鹿に馬鹿呼ばわりされたのが心底むかついた竜之介は、安田を小突こうと思考の海から戻り……目の前に立つゲーセンの店員が目に入った。


「お客様。ちょっと裏まで宜しいでしょうか」

「チッ」



 竜之介達は行きつけのゲーセンを出禁になった。

 親まで呼ばれると面倒なことになったが、未成年喫煙、ゴミ箱を蹴倒す程度ではそこまでされない。ただ学生証のコピーを取られる本格的な出禁だったので、もうあのゲーセンに入ることはできないだろう。これも全て一愛のせいである。

 コンビニの前でたむろっている竜之介達は、それぞれ買った肉まんを口に頬張る。


「あーあー、竜のせいで出禁になっちまったじゃねーか。俺らが堂々とタバコ吸えて人もあんまいないお気にの場所だったのによ」

「うるせー。それより安田、俺に良い考えがあるぞ」

「あ? 何がだよ」

「一愛のことに決まってんだろ」


 安田の馬鹿は今朝の件をそれほど深刻に考えていないのか、馬鹿が阿保面晒して呑気に言った。


「まだあの陰キャのこと引き摺ってんのかよ。もういいだろほっとこうぜ。その内ダンジョンで勝手に死ぬっての」

「馬鹿が、それじゃ意味ねーんだよ。やられたらやり返さねーと舐められる。お前一愛が死ぬまで舐められてーのか。仮に一愛がダンジョンで死んでもやり返せなかった俺らは学校でも周りから舐めれるぞ。それでもいーのかよ」

「……そりゃ嫌だけどよ」


 安田は特に考える素振りを見せずに言う。


「じゃあどうすりゃいいんだ?」


 馬鹿が食いついた。こういう所が扱いやすくて助かる。


「俺らもダンジョンに入ってレベルを上げんだよ。一愛の野郎は一人でもできたんだ、俺らは二人いる。なんなら俺の先輩を誘ったっていい。レベルの上がった俺らで一愛を囲めばすぐに泣き言抜かすだろーぜ」

「上手くいくか……?」


 馬鹿だがビビりの安田はこういう時に限って怖気付く。こいつのせいで先週ダンジョンに潜れなかったと言っても過言ではない。一愛という肉盾を失ったことに気付いてビビったのだ。いつもはろくに考えず甘い汁に飛びつく奴だが、身の危険を少しでも感じると途端にこうだ。

 だが竜之介は安田の扱いを心得ている。


「……今朝来た女、可愛かったよな。あいつ一愛とパーティー組みたいらしーぜ。あの女の目の前でお前が一愛をボコせばどうなると思う?」

「おお!」

「そういうことだ。俺はいらないからお前にやるよ。な、やろーぜ」

「……竜。お前ほんと良いやつ!」


 可愛い女に弱すぎる安田は感じていた身の危険をすっぱり忘れたようである。

 どうなると思うも何も、あの手の女は十中八九ドン引きするだけだろうが、竜之介はそのことを敢えて黙っていた。


「ま、そうだな。二ツ橋だってできたんだ。俺らにできない筈がねーな」

「その通りだ。一愛にできたんなら俺らにだってできる」

「――君たち、二ツ橋一愛君の友達かい?」


 コンビニから出てきたスーツ姿に眼鏡を掛けた男が、竜之介達の会話に割って入ってきた。

 胡乱気な視線を向けると眼鏡の男は首を傾げる。


「違ったかい? 今二ツ橋君の名前が聞こえた気がしたんだが。それにその制服……うん。やっぱり二ツ橋君の友達だね?」

「いや俺らはあの陰、」

「友達っスよ。俺はあいつの幼馴染っスね」


 安田の言葉を遮り竜之介はあっけらかんと答えた。第三者、しかも知らない大人から聞く一愛の話である。弱みでも何でも知りたい今はとりあえず話を続けるのが正解だろう。

 幸い馬鹿の言葉は聞こえなかったようで、眼鏡の男は「おお! 幼馴染か!」と喜色を浮かべる。


「いや失礼。私は【闇夜の灯火】という探索者ギルドに所属する男でね。先ほど二ツ橋君をギルドに誘ったのだけど敢え無く断られてしまったのだよ。二ツ橋君というより彼の手綱を握っている西園寺君に、かな」

「西園寺スか?」

「知らないかい? あの子は目立つだろうし、同じ学校なら知らないはずないと思うけど……まぁいいか」


 眼鏡の男は特に気にした風もなく話を続ける。


「少しだけ話が聞こえてきたけど、君たちはあれかな、二ツ橋君に感化されて二人だけでダンジョンに潜ろうとしている、ということでいいかな」

「……ま、そうっスね。俺の先輩も誘うつもりなので正確には3人スけど」

「そうか。死ぬだけだぞ」


 眼鏡の男は間髪入れずにそう答えた。

 折角一愛に感化されたという屈辱的な言葉を見逃したというのに、更に恥を上塗りする気かと竜之介は怒りに震える。まるで竜之介が一愛に劣っていると言っているも同然ではないか。


「気を悪くしたのなら済まない。でも良識ある大人としてハッキリ言うのが義務だと思ってね。それに二ツ橋君の幼馴染を見殺しにしたとあっては、彼が本当にウチに来てくれなくなる」

「……何スかその言い方。まるで俺達があいつのついでみたいな言い方じゃないっスか」

「そんなつもりはないよ。ハッキリと止めたわけじゃないが、これでもダンジョンに潜れなくなる危険を犯してると思ってるんだ。それだけの覚悟を持って忠告しているのだと理解してもらえると助かる……いや待てよ。ついでか」


 そこで眼鏡の男は顎に手を当てた。


「君。二ツ橋君の幼馴染ってのは本当かい?」

「は? 嘘つくわけないじゃないっスか」

「どれくらい仲がいい?」

「だから何なんスか。まぁ学校帰りにしょっちゅう遊びにいくくらいには」

 

 “昔は”という言葉を竜之介は敢えて言わない。

 だが眼鏡の男にはそれで十分だったのか、「うんうん」と満足そうに頷いた。


「良いね、とても良い。君達の方があの子より健全そうだ。あの子はとても美人だけど、流石に仲の良い幼馴染とどちらを選ぶか聞けばこっちを選んでくれるだろう。彼をウチのギルドに入れる為にも、そして彼を真っ当な道に戻す為にも、君達には協力してもらった方が良さそうだ」


 そして眼鏡の男は竜之介とついでに安田に名刺を渡した。


「ギルド【闇夜の灯火】。ウチに入って探索者をする気はないかい?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る