Day −4,631

1


 静は学校中から注目と羨望を浴びていた。


 まず、非の打ち所のない完璧な生徒会長として。それからその、嘘みたいな美貌で。

 同じ高校の綺麗で胡散くさい先輩。それが静の第一印象だった。



 ひんやりとした秋の夜だった。

 学校からほど近い活気のないスーパーへ、洸太は空腹しのぎの菓子パンを買いに入った。

 店内に入ってすぐ、静の姿を見つけた。


 彼は文具コーナーにいた。安っぽくて寂れたその店内で、彼の姿は生きた薔薇の花みたいだった。つまり、かなり目立っていた。

 にもかかわらず、彼はいとも簡単に、手に取ったペンを制服の袖にしまい込むことに成功した。


 手指の流れはごく自然で、万引きというよりもスリに近かった。人気ひとけはあるのに、誰もそれに気づかない。過去に何度も万引きしていた洸太が見ても、見惚れるほどに美しい手付きだった。


 だが当時、静にまつわる噂の中に、盗みを繰り返しているというものは当然含まれていなかった。

 なぜ彼が。

 自分のように、うらぶれた子どもたちならまだしも、なぜ彼が盗まなければならないのか。誰かに脅されているようには見えない。

 なぜ。


 洸太は湧き上がる好奇心に負け、その後ろをつけることにした。


 レジを抜け、駐車場に出る。

 秋の星が輝き、枯れ葉の匂いのする冷たい夜風が頬をかすめた。

 静の背はもう手の届くところにある。


「あの、」

 駐車場の出口で声をかけると、静はピタリと歩みを止めた。そのままゆっくり振り返る。行き来する車のライトに照らされて、端正な笑みが浮かんだ。

「うん?」

 洸太の制服をちら、と見やりながら、静は穏やかに聞き返した。動揺は微塵も感じられない。飼っている仔猫でも見るような眼差しで、彼はじっと洸太を見つめた。慈愛の陰にどこか、他人を射すくめるような鋭さを隠した眼だった。

「……袖……、」

 小さくそう言うと、静は一瞬驚いた顔をした。それからすぐ、


「……見たの?」


 目をきらきらと輝かせ、洸太に一歩近寄った。

 見間違いではない。彼はたしかに、万引きを指摘されて喜んだのだ。今まで学校で見てきたようなどんな顔とも違う、いきいきとした表情が静の面に満ち溢れた。

 洸太は声をかけたことを心底後悔したが、もう遅かった。静はさらにズイッと洸太の前に歩み出て、洸太の手を握った。


「……すごいな!見破られたのは初めてだ。ずっと誰かに見つかりたいと思っていたのに、なかなか見つからなくて。嬉しいよ。きみ、同じ学校の子だよね。名前は?」

「……言いたくない」

 言ったが最後、何をされるかわからない。静はなおも嬉々として洸太を問いただした。


「少なくとも三年生じゃないよな?見たことがないから。一年?」

「さぁ、」

「なんだ、つれないな。じゃあ明日、一年A組から順番に探していこうかな?」

 そう言って目を細める。身も心も凍りつくほどに美しい笑顔だった。


 あくる日、静は宣言通り一年A組から順番に洸太を探した。右耳にピアス2つ、そう嗅ぎ回ったらしく、B組の時点で誰かが「それはD組の大高だ」とバラしてしまったようだ。洸太はあっけなく静につかまった。

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