5.2


 彼の問いに、どう答えるべきだろうか。

 違う、とも思ったし、その通りだとも思った。

 どうして俺は、こんなことをしているんだろう、男を相手にしながらぼうっと考えていたあの瞬間が、この体によみがえる。

 大治はいつも俺を見ている。

 彼はどこまで知っているんだろう。


「春岡は後悔するだろうなって思ってた。僕は平気だけどね、」

「……、」

「僕、春岡のそういうところ好きだよ。どっちにしようかすごく悩んで、結局間違った方選んじゃうところ。四谷もおんなじだったよ。」

「……何の話だよ」

「お前と白川でさんざん悩んで、白川の方を選んだ。」


 そう言って、大治が買った炭酸をぐっと飲んだ。華奢な喉元が動く。そこから目が離せない。


「別に馬鹿にしてるわけじゃないよ。僕なんか、選択する勇気すらなくって、ずっと流されてるんだから。でも春岡さ、四谷がお前のこと僕に相談してるの、知らなかっただろ。僕、全部知ってるよ。ふたりで四谷の絵を燃やしてるのも、キスしてるのも」

 その時彼は、煙草のことには触れなかった。炉火は、それだけは黙っていたのかもしれない。


「春岡のこと好きなの?って聞いたら、分からないって言ってたよ。友達じゃない。恋人でもない。しかも同性同士だ。なのに離れたくない。この関係をなんていうのか分からないって、ちょっとキレてた。

 まだ白川のほうが、はっきり好きだってわかる、って。あとはもう、わかるよね。

 四谷、お前とのことは、なかったことにしたんだ。全部忘れて、白川に賭けることにした。はっきりわかる方にさ。」

 俺はただ、それを黙って聞いていた。黙るほか、なかった。


「わかる気もするけどね。名前のない関係は苦しいよ、手探りすぎて疲れる。友達とか信頼とか好きとか恋人とか、そういうわかりやすいやつの方が、簡単だ。僕にだってできる。」


 二年生のときからずっと、大治と炉火が同じクラスだったのは俺も知っている。だが、そんな話をしていたなんて、少しも知らなかった。

 そういう話を共有できる相手が炉火にいることすら、俺は知らなかった。いないものだと勝手に思っていた。誰かに弱みを見せるとは思わなかったからだ。

 俺の知らない炉火が増えていく。いや、そもそも知らなかったのだ。彼がどういう人間か。知ろうともしなかった。ただ、自分の目の前に現れる彼の姿だけを、自分の中で継ぎ接ぎにしていった。


 俺にとって、炉火は何なのだろう。

 炉火にとって、俺は何なのだろう。


「急にこんな話ししてびっくりした?」

「……いや、大治と炉火が、仲が良いのが意外なだけ」

「別に大の仲良しってわけじゃないよ。でもほら、僕、彼女いっぱいいるし。恋バナ、しやすかったんだろうねぇ。」


 大治はともかく恋人の変更サイクルが早かった。それは彼が遊び人だというわけではなく、来る者拒まず去るもの追わず、のスタンスのせいだった。彼は決して誰かに告白しない。相手の方から近寄ってきて、そして半年もしないうちに離れていき、間髪入れずに新しい誰かが来る。

――選択する勇気すらなくって、ずっと流されてるんだから。

 大治は結局、学校中の生徒の好奇心に、虚しく消費されているだけなのかもしれない。


 彼は顔を上げ、向こう側にいる炉火と瑞希の姿を見た。その横顔に憧れと諦めが入り混じり、大治の眼差しを一層美しくさせた。


「四谷は面白いね。面白くて、いいやつだ。ちょっとキツいけど、なぁなぁで生きてる僕みたいなのよりずっと清々しいよ。本気で生きてる。羨ましい。」

「……そうだな、俺も、羨ましい。ずっと……流されてるから。」

 彼とこんな話をしたのは初めてだった。だが、ずっとそうしていたかのような、不思議な安心感があった。


「僕、春岡のこと好きだよ。変な意味じゃない。僕に対等な立場で喋ってくれるの、春岡ぐらいなんだ。きっと似た者同士なんだろうな。

 だから、お前がへこんでると僕も困る。もしお前が四谷のことを特別に思うのなら、」

 俺の目を見つめ、悲しそうにふわりと微笑む。


「僕は、側にいたほうがいいと思うけどね、」


 大治は立ち上がり、「じゃ、美枝先輩のとこいってくる、」と言って、前部長のいるベンチの方へ走っていった。彼は途中でまた、膝をぶつけていた。


 何も考えられずにいる俺の背後で、母の間の抜けた明るい声がする。


「拓海ー!この辺に美味しい海鮮丼屋があるんだって!行ってみようよー、」


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