1.2


 バリン、バリンと音を立てて、炉火の作品は粉々になっていく。彼は執拗に作品を踏みつけていた。俺は足元に飛んでくる破片を避けながら、給水塔のフェンスにもたれて煙草を咥えた。

 俺がここに来たのはこの一本のためだった。炉火は俺の方をちらりと見た。


 甘い紫煙がたちのぼる。前の月に他界した祖母の、形見とも呼べる煙草だった。彼女はいつもカートンでキャスターを買い込んで、それを部屋の本棚に押し込んでいた。

 俺は彼女の死の混乱に乗じて、こっそりその在庫を盗んだ。といっても、それはとても容易い行為だった。祖父はすでになく、父はずっと昔に離婚して顔もわからない。唯一の監視の目である母は葬儀の手配に奔走していたので、人の目を盗むのに苦はなかった。


 これを、何か気に入らないことがあった日に吸うようにしていた。その日はクラスで一番目立つ集団が、教室の隅で「星座とか、ダッセェ」と言っていたのを聞いたばかりだった。理科の授業で習った冬の星座のことだ。その頃の俺は、それが自分に向けて言われたことでなくても、自分が好きだと思うことを侮辱されるとひどく腹がたった。

 それを正面から「気に食わない」と言えない自分にも。


 まもなく吸い終えるというとき、炉火は「こっちに来い」と言った。俺は少し身構えた。彼が何をするつもりなのかわからない。喧嘩が強そうには見えなかった。


「気に入らないんだ、」


 どうやら彼も似た苛立ちを抱えているらしい。炉火はフェンスに立てかけてあるカバンを漁り、スケッチブックを一冊取り出した。それからおもむろに、そのページを一枚破り取る。

 暗くて何が描かれているのかよくわからない。だが、俺はそれを見て、美しい、と思った。

 彼はその美しい絵を半分に裂き、またもう半分に千切った。それから指でつまみ上げ、「火をつけろ」と冷たく言った。

 俺が躊躇していると、舌打ちをして、もう一度同じことを言う。俺は戸惑いながら彼に歩み寄り、その紙の端に、ライターの火をそっとかざした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る