第15話信じるのは善い事のはず
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聖女の話を無視したまま山を下り、村へと帰るが、いくら問いかけても俺が話すことはないと察したようで、聖女は途中から俺に問いかけるのをやめた。
その代わり問いかけではなく、特に意味のない無駄なことを話し続けていたが、村に着いたのでそれももう終わりだ。
「おお、聖女様! いかがでしたか? あの場所はどうなったのでしょうか?」
村に着くなりろくに休むこともせずすぐに村長宅へと向かうと、村長の男は揉み手を擦りながら問いかけてきた。
だが、その目には俺のことは映っていない。一瞬だけ聖女と一緒にいる俺に訝しげな視線を向けたが、すぐに俺のことは意識から外して聖女に集中し始めた。多分、合流した付き人か何かとでも思われたのではないだろうか。
「ご安心ください。あの場所には《闇》が生じていましたが、周辺の瘴気ごと浄化してしまいましたので、もう混獣が村民の方々に害をなすことはないでしょう」
「おお! 本当でございますか! それは良かった。これで村の者達も安心できることでしょう」
本来ならば話はこれで終わりだ。教会に依頼があって、それを聖女が解決したのだから。
だが、依頼そのものは終わりではあるのだが一つ聞いておきたいことがある。
「なあじいさん。ちっといいか?」
「なにかな」
聖女との話に割り込んで問いかけてみれば、村長は怪訝そうな表情をして聖女のことを見たが、聖女が何も反応しないのを見て答えることにしたようだ。
明らかに警戒されているが、答えてくれるのであれば何でもいい。
「実はあの山で人が死んでたんだよ。それも、誰かに殺された可能性があるんだよな。じゃねえとあんなに瘴気が溜まるなんてことは普通考えられねえし。なんか知らねえか? 最近のこともだが、昔のことでもいい。誰かそういう素振りを見せたりいなくなったやつはいないか?」
俺は死者の調査のために依頼を受けたわけじゃないのだから、詳しく調査をするつもりはない。だが、少し聞くくらいならやっても損ではない。村のまとめ役である村長ならば何かしら知っている可能性があると思ったのだが、さて……
「……ほう。そんなことがあったのか。だが、知らんなぁ。大方、よそ者達が山で迷い、のたれ死んだのではないか?」
「まあ、やっぱそうなるか。流石に村人がいなくなればわかるだろうし、誰かが何かやったってんなら隠し切れるものでもないか」
「そうだな。ここは二百人程度の小さな村だ。住人は全員顔見知りなのだから、おかしい様子があったらすぐに分かると思うぞ」
自身に満ちた様子でそう言った村長だが、それ以上話すことはないのか続きの言葉はないようだ。
「……本当か? 本当に何も思い出すことはないのか?」
もしこれで何か、何でもいいが反応を見せてくれるようなら、まだ可能性はあるのだが……
「ない。この村で誰かが死んだなどという話は聞いたことがないと断言できる」
……ダメか。まあ、そうだよな。そうだろうとは思ったよ。こんなにも堂々と言い切るってなると、こいつは〝ダメ〟だ。
まあ、ダメだからといって俺が何か対処するつもりはないが、傭兵組合には報告させてもらうとしよう。できることならやりたくなかったが、反省も後悔もないようじゃ、救いようがない。
「そうか。いや、悪いな。こんな深淵から離れたところで闇が生じるってのは珍しくてな。まあ、ないことでもないから、そういうもんだったんだろうな」
「それで、もう問題ないのか? もうその人の死体が混じった混獣というのは処理したのか?」
混獣の再出現の可能性よりも、人の死体の行方が気になるか。でもまあ、あんたからしてみればそうだよな。
「ああ。これ以上あれが表に出てくることはねえだろうよ。軽くだが、焼いたからな。瘴気もこっちの聖女様が祓ったし、そのうち獣に喰われて綺麗に無くなるだろうよ」
「これからはあの場所で混獣が発生することはないでしょう。ただ、あそこは
「うむ。承知いたしました。聖女様、この度は誠にありがとうございました」
「いえ、これも私たちの役目ですから。皆さんが不安なく健やかに日々を過ごしていられるのでしたら何よりです」
満足げな村長と、慈愛に満ちた聖女の会話を聞きながらも、俺はそこに空虚さを感じてならなかった。
「それでは、私達はこれで失礼させていただきますね」
そうして俺達は村長の元から離れていくことになったのだが、〝私達〟か……
「私達って、俺もお前の仲間として数えられるのは不本意なんだがな」
「ですが、一緒にお仕事をした仲ではありませんか」
「そりゃあ今回だけの話だろ」
確かに協力はしたが、仕事仲間というわけでもないのだ。ただ同じ現場で協力できそうだったからしただけの話である。
もっとも、そんなことを言ったところでこの聖女様の中では俺のことは仲間扱いなのだろうが。
まあ、いい。言っても無駄なのだから、これ以上俺たちの関係について言う必要はない。そんなことよりも、もっと別の話す必要があることがある。
「それよりも、聖女様よお。気づいてるか?」
「……何に、でしょう?」
俺の問いかけに、聖女は一瞬だけ眉をひそませ、すぐに元通りの笑みを浮かべ直し、一拍遅れてから答えた。
よく見ていなければ何か変化があったことには気づけなかっただろうが、こいつの反応を観察していた俺にとってはその反応だけで十分だった。
「その反応だけで十分だ。だが、気づいてるんだったらなんで問い詰めない? 悪人は処罰するのが法であり、正義の代表である教会の正しい在り方ってやつじゃないのか?」
この女は、俺が先ほど村長に行った問答と、その結果の意味についてちゃんと理解している。
にもかかわらず、あの場で何か問うことはなく、おそらくだがこの調子ではこの村から帰ったところで何もしないだろう。
「ですから、なんのことですか? 私はいったい、何に気づいていると言うのでしょう?」
「……」
「……」
とぼけて見せた聖女を無言で睨みつけ、そんな俺に聖女もまた微笑みを返してきた。
この調子では話すことはないだろうと判断し、一つため息を吐き出してから話し始める。
「あの爺さん、俺たちに嘘をついてただろ。あの混獣は確かに人が混じってた。そのためには人の死体が必要になるが、その死体はどこから来た?」
あの爺さん——村長は、俺たちに嘘をついていた。あの答えも反応も、まず間違いなく村長が殺してるものだ。あるいは、殺しに関わっている。
「村長さんのおっしゃった通り、旅人が迷ったのではありませんか?」
そんなことはこいつも気づいているだろうに、それでもとぼけた態度で尊重のことを庇ってみせた。
「後少しで村に着く、山から出られるって位置で、あんな山に入るような傭兵や旅人が野垂れ死ぬか? ありえねえ。村人が迷ったってわけでもない。そこはあの爺さん本人が否定してたからな。にもかかわらず人が死んでるなんて、どう考えてもおかしいだろ」
あの混獣が出た場所は、山の中に入って少しした場所だが、あの程度ならまだ山の浅い部分だと言える。
森の中が危険だってのは傭兵や旅人なら誰だって知っていることだし、ともすれば村人の方がそのことは理解しているだろう。
そんな奴らがあんな浅い場所で迷子になって死んだ? あり得ないだろ。
「ですが、絶対ではありません。森や山の中は人の領域ではないのですから、事故が起こる可能性はいくらでも考えられます」
「かもな。だが、そもそも誰があんな山の中に入ってきたんだ? 傭兵や狩人か? なんのために? ここで採れる素材なんて、他の場所でも採れる。わざわざこんなところまでくる理由がない。なら他国の密偵や密輸犯か? その可能性もありえない。何せここは、前線ではないとはいえ、
まさか《闇》に飲まれた場所から人が来るわけないし、他所の国から迂回してこの場所を通るということもあり得ない。こんな所を通るのであれば、もっと他にいい場所がいくらでもあるからな。
「……」
「それに何より、あの爺さんは『人が死んだことなどない』なんてほざいた。余所者とはいえ、人が死んでるから俺みたいな傭兵に依頼が出たのにだぞ? そんな依頼が来たってことは、誰かしらはあの村に訪れたわけだ。で、多少なりとも村人と交流があって、山へ行った。そして、死んだ。そのことは村長である爺さんも知ってたはずだ。にもかかわらずそのことに言及しなかったのはなぜだ?」
ついでに言えば、あの爺さんは死んだ奴が複数いることを知っていた。俺達は混獣が二人の人間を取り込んだなんて言っていないにもかかわらずだ。
探偵を気取るつもりはないが、これはどう考えても怪しいだろ。
「ですがっ——」
俺の言葉に、言葉を荒らげて反論しようとした聖女だったが、自身でも思っていた以上に大きな声が出たのか、ハッと驚いて言葉を止めた。
そして、一度軽く深呼吸をすると、あらためて話し始めた。
「ですが、それはあなたの憶測ですよね? 確たる証拠があるわけでも、誰かからの証言があったわけでもなく、ただの状況から考えたものでしかありません。たったそれだけのことで誰かを疑うなど、私にはできません」
「だが、疑わしいと思えるだけの状況ではある。調べるべきじゃないのか?」
「状況だけで全てを疑うというのであれば、世界中のすべての者を疑わなくてはなりません」
一旦足を止め、聖女のことを見つめる。
そんな俺に反応し、聖女も立ち止まり俺のことを見つめ返す。
今の俺たちは真剣に相手のことを見つめあっている状況であり、側から見れば恋人のように見えたかもしれない。
だが、交わされている視線に込められた念は、そんなくだらない感情ではない。
無言のまま十数秒ほど見つめあっていると、聖女が口を開いた。
「確たる証拠もなく誰かを疑うことは悪き事です。誰かが怪しくとも、私は誰も疑いません。私はすべての人を信じています。人は、あなたが思うほど悪い存在ではありませんよ」
……こいつは本当に、ところんまで『聖女様』やってんだな。確かにこいつは聖女ではあるが、ここまでとなると、むしろ珍しいくらいだ。やっぱりこいつは他の奴らとどこかズレてるんだろうな。
だが、こんな考えのやつに何を言ったところで、聞き入れられることはないだろう。何せこいつは、〝人を疑わない〟のだから。人を疑えと言っている俺の言葉なんて、そもそもが聞き入れる余地がないのだ。
そのことを理解した俺は、大きくため息を吐き出し、聖女から視線を外して歩き出す。
そんな俺の様子を見て何を思ったのかわからないが、聖女も俺の後ろをついて歩き出したが、先ほどまでとは違い、俺たちの間は数歩分離れていた。
「無条件で誰もを信じるってことは、その実誰も信じてないってことだって理解してんのかよ」
疑った上で無実を信じるというのであれば、それは真にそのものを信じていると言えるだろう。
だが、疑うという過程を省いて最初から信じていると言い張るのは、それは信じているのではなく疑うことをやめただけだ。
それは、疑ったらまずいことになると理解しているから、に他ならない。
誰も彼もを信じていると言うことは、誰も彼もを疑っているということを耳障りのいい言葉に変えただけでしかないのだ。
それに……
「人は、お前が思うほど良い存在じゃねえよ」
その呟きは、誰にも拾われることなく空に溶けていった。
「——それでは、これでお別れですね」
村を出て、途中で一晩野営をしつつシュルミッドへと戻った俺達だが、馴れ合いもここまでだ。何だったら村で別れたかった所をここまで一緒にきたんだから、十分すぎるくらいだろう。
これで聖女と一緒にいる所を見られて目をつけられでもしたら、また逃亡生活になるんだから、一緒にここまできたことを感謝してほしいくらいだ。
「もう会わないことを祈ってるよ」
本当に。これ以上関わって厄介ごとを起こされるのはごめんだぞ。
「祈るとは、どなたにですか? 神様は信じていらっしゃらないのでしょう?」
思いもよらない返しをされ、驚きのあまり目を見開いて聖女のことを見返すが、そうして見た聖女の顔は少しイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
『くくっ。確かにその通りだな。さて、お前は誰に祈るのだ?』
クロッサンドラも聖女の言葉で笑いながら問いかけてきたが、誰に祈るんだろうな? ……未来の俺に対して、か?
『なら、その祈りはあまり意味のないものになるやも知れんな。何せそなたは厄介ごとを引き寄せる星の下に生まれてきたのだから』
そんなことはないだろ。なんて失礼なことを言うんだ。厄介事を引き寄せると言うのであれば、それはお前の存在のせいだろ。お前を手放せばすぐにでも俺は一般人に戻ることができるぞ。
……まあ、問題は厄介ごとの種である聖剣を手放すことができないということだが。
「では、私も未来のリンドさんに祈っておきます。いつかまた、お会いしましょうね」
俺が黙ったままでいると、聖女はクスリと小さく笑ってから街の中へと消えていった。
……ほんと、もう会わないことを祈ってるよ。俺たちが会うことになるなんて、それは厄介事が起きた時だけなんだから。
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