第4話偽傭兵退治

 

『口出しするつもりはなかったが、聖女と言っていたか?』

「やっぱり、そう聞こえたか」


 もし本当に聖女がいるんだとしたら、なんでだ? あいつらは傭兵なんか使わないで自前の聖騎士団を使って移動するだろ。

 だとしたら、すでにどこぞから攫ってきた後か? いや、だがそれにしては警備が緩いというか、気が抜けすぎている。

 しかも、ここは教会があるコールデルの近くだ。こんな場所で悠長に野営なんてしてる余裕はないだろ。

 となると、攫ってきたわけではなく、なおかつ聖騎士団を率いない聖女が傭兵に同行してるってことか? ……なんでだ?


「大丈夫だ。こっちに来い」

「急げよ。今んところは薬で寝てるが、相手は聖女だ。ここまでホイホイついてきた間抜けだが、毒耐性の魔法とかそういう道具を持っててもおかしくねえ」

「わかってらあ。文句言うくれえだったらてめえも手伝えや」


 どうやら聖女は自主的に傭兵と行動を共にしていたようだが、それがこいつらのことを偽物だと知っての行動なのか、それとも傭兵だと騙された結果なのか……。

 どちらにしても、ここで聖女が危険に晒されているということは間違いようのない事実だ。


「聖女か。何がどうなってるんだよ、ったく」

『よりにもよって、厄介なのが来たものだな。……どうする? そなたは教会には関わりたくはないのだろう? 聖女を助けるとなれば、必然的に繋がりができることとなるぞ』


 確かに、俺は教会なんかと関わりたくない。あのクソッタレな組織に関わったところでいいことがないのは過去の俺が証明している。

 だが、ここで助けないとなればきっとあの聖女は悲惨な目に遭うことになるだろう。それが犯されるのか売られるのか殺されるのかはわからないが。とにかく真っ当な結末とはならない。


「しっかしこの聖女様、随分と世間知らずだったな」

「聖女なんてこんなもんらしいぞ。俗世で汚れると聖女の資格を失うとか何とかで、箱入りで育てられるらしい」

「の割には外に出すんだな」

「多分あれだろ、巡礼聖女の方なんじゃねえの」

「巡礼聖女……って何だ? 他にもなんか種類あんのか?」

「いや、俺もよく知らねえけど、教会で生まれつきの聖女と、才能あるからってんで一般人から迎え入れた聖女の二つがあるみたいでな。教会のはそれこそ箱入りで育てられるんだが、一般人からの方はすでに教会の外を知ってるから外行きの仕事はそいつらに任せるとか何とか。箱入りの方は式典や貴族達の屋敷に送って治癒を施す……だったか?」

「いや、聞かれても知らねえけどよ。そんな違いがあったのか。まったく知らなかったわ」

「まあ俺たちみたいなのが聖女と接することなんざほとんどねえからな。俺だってちっと耳に挟んだ程度だ」


 偽傭兵……いや、賊達が聖女の所属について話をしているうちに、俺は行動を起こすべく周囲の状態を観察し、動き方を考えていく。

 そして……


「何にしても、聖女だってことに変わりはねえんだろ? だったら問題ねえさ」

「まあそうだな。『聖女様』を売っ払えば、かなりの金になる。そうすりゃこんな仕事なんざしなくても済むようにならあな」

「——まあそれも、ここから生きて帰る事ができたらだがな」


 音を消して賊達の背後へと回り込み、声をかけると同時に賊の内一番後方にいた一人の首を刎ねた。

 そしてそのまま隣にいた者の首も、同じように切り飛ばす。


 流石にここまでやればこの賊達も警戒し、剣を交えることになるだろう。そう思っていたのだが……


「何言ってんだよ。ここは大した危険はねえんだぞ。生きて帰るなんて余裕だっての?」


 どうやら仲間が殺されたことにまだ気づいていないようだ。こいつら、油断しすぎだろ。

 おそらく自分たちの計画がうまくいきそうで気が緩んでいるのだろうが、それにしても緩みすぎだろ。


 てっきり反撃が来ると思って警戒していたのだが、その警戒も無駄になってしまった。

 どうするか。このまま斬ってもいいんだが、聖女がいるらしいテントの中に入り込んだやつもいるし、そいつを誘き出すためにもちょっと手間をかけるか。

 ついでに、この程度なら余裕そうだろうし、なんのつもりで聖女を捕まえたのか聞くために、こいつらは殺さずに処理するかね。


「そうか? でも、想定外なんてのはいつだって起こるもんだろ」

「何いってんだよ。想定外なんて、そう起こらねえから想定外って——っ!」


 一旦剣を振うのをやめた俺は、剣を鞘に納めつつそのまま賊達の話に乗るように声をかけたのだが、そこでようやく俺の声が聞き覚えのないものだと気付いたのだろう。賊の一人がこちらへと振り向き、倒れている仲間を見て驚きに目を見開いた。


「今更かよ。遅すぎだっての」

「誰だてめえ!」


 あまりにも遅すぎる反応に呆れていると、俺のことを見つめていた賊が気を取り直し、剣を抜きながら怒声を上げた。


「誰でもねえ。通りすがりの傭兵だ。お前らの首、大した金にはならねえだろうが……」

「こ、殺せ!」

「とりあえず寝とけ」

「ぐげ——」


 切り掛かってきた賊の剣を躱し、拳を顔面に叩き込んでまずは一人処理する。


 殴った賊が倒れた方向にいた賊は、咄嗟のことで避けることも堪えることもできず、飛んできた仲間に押されて尻をついた。そんな隙を見逃すことなく、側頭部を蹴り抜いて〝おやすみなさい〟だ。


「なん——」


 外にいた二人を処理していると、テントの中に入っていた賊が出てきたので、テントから顔を出した瞬間に先ほどと同じように頭を蹴り抜いておしまいだ。


 死んだのは二人で、気絶が三人の合計五人。ひとまずはこれで荒事終了だ。


「はあ……だりい」

『さて、良かったのか? 教会との繋がりは一つでも少ない方が良いのではないのか?』

「この程度じゃ繋がりとも言えねえだろ。旅人が賊に襲われていた旅人を助けた。よくあることだ」


 教会との繋がりができることは嫌だが、この程度のことじゃ繋がりとは言えない。旅人が困っていた、族に襲われていたから通りかかった傭兵が助けた。それだけのことだ。お礼をされることはあるかもしれないが、金銭をもらってそれで終わる話だ。


「とりあえず、ふん縛っとくか。手配書にゃあ載ってなかったはずだが、それでも賊ってだけで金にはなるだろうし」


 手配書の出ている賊は、首や本人の証明となる何かを持っていくだけで懸賞金がもらえるが、こうした手配書が出ているかもわからないような賊はそうではない。その場合、殺しても問題はないのだが金にはならないため、面倒ではあるが街まで連れて行くと〝賊を退治した〟ということで報酬が出る。

 もっとも、その報酬も大した額ではないのだが、まあ傭兵として根無草な旅をしている俺にとって、金はあればあるだけいいものではある。


『街まで運んでいくのが手間ではあるがな』

「まあな。それとも、お前が食べるか?」


 〝こいつ〟なら、この賊達も美味しくいただくことだろう。


『これをか? 遠慮しておく。私はグルメなのでな。このような見窄らしい者どもなど食べれば腹を壊す』

「悪霊の分際で何言ってんだか」

『誰が悪霊——』

「これはいったい……」


 クロッサンドラと無駄話をしていると、不意に聞いたことのない声が聞こえてきた。

 その声がした方へ振り返ると、どうやら件の聖女様がお目覚めになられたご様子で、テントから四つん這いのまま上半身だけを出して驚いた表情を浮かべている。

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