雫と一緒に○○



 金髪女子と遊んだ夜、俺はいつもより遅めの帰宅だった。

 玄関の鍵を開けて、誰もいない家に「ただいま!!」と元気よく挨拶しておく。


「おかえり」


 うん、良い返事だ。

 小学生の道徳の授業で習ったが、物を大切にすると心が宿るという。毎日寝食を過ごしているから、この家にも自我が芽生えたのだろう…………ハッピーバースデートゥーユー!

 今度、ケーキを買って祝ってやらなければならないな。


 俺は荷物を持って自室に行こうとすると、肩を誰かに掴まれた。

 振り返ると、そこに無表情の雫がいる。

 我が家の中もかくやという部屋着で佇む彼女の露出された肩に思わず視線が吸い寄せられた。きめ細い肌っていうのは、見ていると何処かイケない事をしている気分になる。


「肩、見過ぎ」


「雫。ただいま」


「肩に挨拶しないで。……さっき、おかえりって言ったけど」


「さっきのは俺の道徳心に応えたこの家だろ」


「…………幸せな脳みそね」


 呆れられた顔になった。

 うん、無表情よりは断然いい顔だと思う。笑顔だと尚良し。

 でも俺は雫の笑顔より怒った顔の方が好きなのだ。作り笑いなんかより人間味、彼女らしさがあって見ているこちらの胸が温かくなる。


「お風呂、湧いてるけど」


「疲れたし、もう寝るよ。いまベッドに入ったら秒で眠れる自信がある」


「汚いからやめて」


 な、何で雫が俺のベッドの汚れを気にするんだよ。

 そりゃ不衛生って思われるかもしれないが、俺は風呂に入ったら途中で寝落ちしてしまう未来が目に見えているから入浴は避けたいのだ。


「俺のベッドなんだし、別に良いだろ」


「わたしも寝るんだから汚いのは嫌」


「え?」


「何?」


「雫も寝るのか………じゃあ風呂に入らなきゃダメじゃんかよ」


「寝間着は置いておくから、このまま行きなさい。…………眠いなら背中くらい流そうか?」


「子供じゃないんだぜ? そこまで面倒見て貰わなくて大丈夫。でもヤバかったら呼ぶわ」


 雫に礼を言って、風呂場へと方向転換する。

 俺のベッドはあまり大きくないから一緒に寝たくは無いけど、雫が寝るというのなら仕方無い。

 雫の口から告げられる内容は、大体が決定事項だ。

 だから、俺に拒否権はほとんど無い。

 やれやれ、中々に横暴な幼馴染み様だこと。



 ……………あれ、そもそも何で雫が家にいるんだ?



 はたと俺は立ち止まる。

 今日は晩飯も要らないと言ったので、彼女がこの家にいる事はおかしい。

 まさかとは思うが、ご飯を作って待っていたのではないだろうか。何せ、カップ麺アンチな彼女だから俺にカップ麺を食わせまいと食事を用意していたに違いない。


 俺に溜息をついて、脱衣所に入る。

 服を脱いで、生まれたままの姿になって風呂場へ入る。

 既に浴槽に溜められた湯から上がる熱気で暖められた浴室は心地よく、思わずそこで眠りそうになる魔力があった。


 俺は頭、体、顔の順番に洗っていく。

 人によって洗う順番が変わり、順番によって性格診断も出来るらしいのだが、雫は聞いても教えてくれないのでどんな性格かも分からない。


「大志、ここに服とタオル置いとくよ」


「ありがとう!」


「…………背中、流さなくていいのね?」


「おう」


「そ」


 雫が浴室前の脱衣所から去っていく。

 何事だろうか、そんなに俺の背中を流したかったのだろうか。もう子供じゃないのだから、そこまで世話を焼かなくていいのに。

 それにしてもこの感覚、痒いのは分かっているのに何処を掻いても違うし分からないもどかしさ…………ああ、痒いけど痒いところに手が届いてない!


「んー?」


「どうしたの」


「雫、俺がどこ痒いか分かる?」


「…………手が届かないんだ?」


「まあ、そうとも言えるしそうでもない」


「ちょっと待って」


 雫が脱衣所でごそごそと何かしている。

 痒い、ひたすらに痒い、ちょっと痒い!

 早く見つかってくれと掻き毟ること三十秒後――浴室の扉が開けられる。


「入るね」


「おお、来てくれたか。助か――――??」


 ようやく来たかと、俺は振り向いて固まった。


 そこにいたのは、裸身の雫だった。

 肩だけでなく全身をさらけ出し、申し訳程度にタオルで前を隠した彼女がいる。


「いや、雫が掻くの?」


「どこが痒いの?」


「え、だから雫が――あ、そこそこ」


 背中を洗ってくれる雫に感謝し、身を委ねる。


「雫はもう風呂は入ったんじゃないのか?」


「少し体が冷えたから」


「お腹出してるからだぞ。ちゃんと温かい格好しろよ」


「出してたの肩だけど」


 体を洗い終わり、俺は顔を洗う。

 その間に、雫は先に浴槽に浸かっていた。

 あまり大きくないから俺が入れないのだが…………というか、俺がいるのに普通に入ってきたのは普通なのだろうか。

 雫が自然体なのでそのままにしてしまったが、女子と風呂に入るって常識的なのだろうか。


「あんまりジロジロ見ないで」


 視線に気づいた雫に叱られてしまった。

 顔も洗い終わって、俺も浴槽に入る。

 隣に並ぶように、膝を抱えている俺たちは文字通り肩身の狭い状況だった。


「俺、今日だけで二人も女子と知り合っちゃったよ。…………このままいけば、半年でゴールインじゃないか?」


「………そうね。恋人はできると思う」


「後は料理とか家事を頑張れば、もう雫も心配せずに済むぞ。安心して自分の事ができるだろ」


「…………」


 何故か雫が黙ってしまった。


「どうした?」


「ねえ、私ってアンタにとって邪魔?」


 雫が膝に顔を埋め、呟くように訊いてきた。

 そんな唐突な質問に、俺は思わず笑ってしまう。


「邪魔に思ったの、一回しか無いって」


「………アンタは、私のご飯嫌い?」


「少なくとも今まで食った中で一番美味いぞ」


「私と一緒に登校すると、鬱陶しいって思う?」


「誤解されるのはアレだし、視線が集まるから皆を鬱陶しいとは思っても、雫自体をそんな感じに見たことは無いぞ」


 一つずつ答えていく。

 ほとんど何も考えず、思ったままを口にダダダ漏らしにしただけだ。


「なら――将来、私が隣にいても平気?」


「平気だろ。雫が将来俺の隣にいるかどうかは知らんが」


 俺がそう答えると、雫は立ち上がって浴室を出ていった。

 何だったのだろう、一体。







 風呂を済ませて、俺は自室へと戻った。

 ベッドの上では、雫が寝転がって読書している。まるで自分の部屋のような寛ぎ方に笑ってしまう。

 俺はその隣に寝転がって内容を横から覗いた。


「恋愛物の小説か」


「何かおかしい?」


「生徒会長と付き合い始めたのに、リアルより虚構の方が面白いのか?」


「リアルと虚構は別物でしょ。大志だって、ゲームで恋愛物の………ギャルゲー?とかやってるじゃない」


 雫に言われて確かに、と納得した。

 現実で彼女ができたって、二次元の嫁は何人いても浮気した気にならない。それが駄目だという人もいるってゲーム内のヒロインも言っていたけど。

 俺も恋愛したいなぁ。


「でも俺も普段から美少女と生活してて非日常感無いから、あんまり恋愛系ゲームのヒロインで萌えた事はないぞ」


「私で満足してるんだ?」


「満足っていうか、見飽きたっていうか、何番煎じですかって感じ?」


「…………」


 裏拳で思い切り腹を殴られた。

 何故だろう、褒めたのに殴られるというのは。この威力は明らかにツンデレが発揮できるものではない。

 痛みに呻いていると、隣でこちらに向けて寝返りを打つ雫と至近距離で視線が合う。



「アンタは、私だけで丁度いいのよ」



 囁くように言われた後、「おやすみ」と彼女は目を閉じる。

 そのまま眠ってしまった雫の寝顔を眺めながら、俺も寝ることにした。…………の後に部屋の電気を消して、また寝直した。





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