第11話 静かな忍び者

「み、皆……っ」

「お前の声は誰にも聞こえない。


"深海の領域"


この空間にいる限り、外部に一切気づかれず…まるで深い海の底のいるかのように動きが鈍くなる」


 部屋の中でライは必死に他の団員達に状況を知らせ脱出を試みようとするが、彼の魔法により声が届かず身動きが取れない状態になってしまっている。

ベッドの上で寝ているエミルも気づいていない。


(エミル…エミル……起きてくれ……っ!)



「さあ…どうする?」

「君は一体……何者…なんだ……?」


 呼吸が苦しくなり、拳を握りしめる力も徐々に弱まってきてしまうライ。追い詰められている状況で彼は微かな声で少年に名前を尋ねる。


「…マルクス・シルベスター……海賊だ」


 少年の名はマルクス・シルベスター。落ち着いた茶髪で左目には眼帯をつけており暗い紫色の三角帽子を被っている。

 見た感じ、ライと年齢はそこまで変わらないようだった。


「そんなことを聞いて何の意味がある…?」

「そうすれば…皆に君が誰か…わかってもらうためだよ……!」

「…?」


 ライはわずかな望みにかけてマルクスのナイフの持っている手を右手でグッと握りしめた。マルクスは少し驚き手を離す。わずかに刃の先端に手が当たってしまい、切り傷を負う。


「ぐっ……!?」

「お前……馬鹿なのか…?」


 マルクスが落としたナイフをライは足で踏みつける。


「これで、もう使わせないよ…!」

「フン…忘れたのか?ここは俺の領域だ。出る方法を探さない限りはお前に抵抗することなど出来ない」


 深海の領域の中ではここを出なければ抵抗する方法はない、とフッと笑うマルクス。

領域の真上から小さくて細い水の矢が出現してライの周りを完全に包囲する。


「これでもまだ抵抗するつもりか?」

「!!」

「…魔法組織に入ったことを後悔するんだな」


(くそっ…どうすればいいんだ…?)


 身体能力の高いライだが動きを制限されてしまっているため素早く回避することが出来ない。彼はもう攻撃を耐えるしかないのかと目をつぶる……



___



 何かが見えたような気がしたライが片目を開けると、暗い領域の外側から一筋の光が見えた。


「…あれは…?」



「お取り込み中失礼、こいつは?」

「暁先輩…!」

「だからその呼び方やめろって…」


 領域の外から暁が刀を持って中へと侵入してきた。


「は…一体どこから…!?」


 領域を破られて焦った顔をするマルクス。


「ちょっとしたやり方…かな?


"夏の熱波"


暑さで少しずつ溶かしていたのさ」

「…っ!」

「不思議な力を持っている人がいるんだなぁ…」


 暁は四季に関する魔法を使うことが出来る。夏の暑さを刀に力を込めて魔力を放出し領域を溶かしていたのだ。


「見かけないやつだな、魔法組織に所属している訳ではないのか」

「あんな戯れ場所などに俺は興味ない」

「そんなことまで言ってないんだけどな…」


 マルクスは群れを嫌いその存在そのものを否定するかのような言い方をする。魔法組織に所属していないのもその理由があってのことだろうか…。


 話をしていると下の方からジョージィの声がする。


「な、何があった!?」

「ボス…!!」


 ジョージィはすぐに状況を把握しライに自身の銃を渡す。ライはマルクスの顔に銃を突きつける。


「今度はこっちの番だ!」

「状況が逆転しただけで強気になるんだな」


 マルクスは冷静な態度で長い槍を取り出し彼も同じくライの顔に槍の先端を向ける。互いに一歩も引かずに膠着状態が続く。


「お前…もしやそれの使い方知らないだろ」

(ボスが使っていたやり方を思い出せ…!)


 ライは引き金を引くが、マルクスの言う通り扱ったことがないので簡単にかわされてしまう。


 攻撃を仕掛けたことにより手が空いたマルクスは槍でライの目を突こうとする。暁が破った領域の効果が先程よりも薄れているためライも瞬発力を活かして回避する。


「危なかった…!」

「身体能力だけは一人前…か」


 両者ともに交戦をしていると、ようやく騒ぎに気づいたエミルが起き上がった。ふらふらとしながらも両耳から領域の範囲で振動で起こし、周囲に影響が出ないように小さな音を出した。

 彼は戦いをやめるように促していたのだ。


「エミルが戦いをやめさせようとしている…?」

「この犬…何を……?」

「こいつがもうやめろだってさ。今日はこれで引け…!」

「そんなこと誰が従うか……!」


「おい、二度は言わねぇぞ……ここから消えろ……!!」

「……ふ」


 ジョージィの鬼気迫る気迫にマルクスは何も言わずに去っていった。

 何とか危機を逃れたライ。ジョージィが彼のことを心配して手の傷に包帯を巻く。


「ありがとうございます…ボス」

「しっかし奴は結局何だったんだ…?」


手当をしてもらい、ようやく眠りにつくライ。


___



 翌朝、起きたが若干寝不足状態だったライはボケーっとしてしまう。それを見ていたローラは面白がって彼の頬をつねる。


「シャキッとしなさい……よっ!!」

「痛っ!!!…やめてくださいよぉ…!」


 数分経ってからやっと目がスッキリしたライ。昨日起きたことを団員達を集めて話した。


「夜遅くにやること全部終わってから寝ようとしたらいきなり襲われて……」


 当時の状況を皆に話しているライ。話を聞いていたカヨはジョージィにある可能性が浮上しているのではないかと質問した。


「ボス、そいつはまさか…黒兵派こくへいはじゃ…?」

「いや、その可能性は低い。気配を感じなかったからだ」

「あの、黒兵派って何ですか?」


 ライが黒兵派について尋ねる。それは恐ろしい勢力だった……。


「簡単に言えば、この世の全てのものに抗っている…運命を捻じ曲げようとしている者達のことだな」

「私達も戦ったことがある。特徴としては黒い魔力を持っているんだ。非常に危険である」

「じゃあさっきのマルクスは…」


 マルクスも同じ黒兵派じゃないかと疑問に持つが、ジョージィはそれを否定する。


「さっき言ったように黒い魔力の気配を感じなかったからだ。ただし黒兵派ではないからと言って信じていいかと言われたらそんなことはない……油断はするなよ?」


 黒兵派はカヨが言っていた通り非常に危険勢力ではあるが、そこに属していないから安全という保証はないと語るジョージィ。彼らは御伽の夜光団とも対峙したことがあるらしく、今後ライにも危機が迫るかもしれない…。


(そう言えば確かここの魔法組織は再結成したとか何とか…それってまさか……!)


 ライが御伽の夜光団に加入する数年前、ここは絶体絶命の危機に陥っていた。しかしそのことを話そうとする者は誰一人としていなかった。彼もその雰囲気を察していたのか聞くのを躊躇う。


 御伽の夜光団と黒兵派の因縁が明らかになった時、再結成した本当の理由がわかる。


(俺がここへ入るまでに何があったんだろう…?)

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