第8話 王子様達

「一人で歩けるのか?」


 気まずい沈黙の末、先に口を開いたのは少年だった。


「歩けるか歩けないかと言われれば、全く歩ける気がしません」


 胸を張って堂々と言うと、少年は心底呆れたような表情になる。若いからか、感情が顔に出過ぎではないだろうか。まぁ、私も人のことは言えないけど。


「なら、助けて欲しいとか、一言ないのかよ?」

「言えば助けてくれるの?」

「そりゃ、悪人じゃないんだから、助けを求められて無視はしないだろ」


 ムカつく子ではあるけれど、悪い子ではないようだ。


「……じゃあ、申し訳ないけど誰か先生を呼んできてくれないかしら?保健室まで連れて行ってもらいたいから」

「なら、俺が連れて行ってやるよ」

「え?どうやって?」


 先生に言って、車椅子でも持ってきて貰うつもりだった。足をついて歩けそうにないし、片足ケンケンでも振動が足に響きそうで無理っぽかったし。


「抱っこ?」

「馬鹿じゃないの」

「馬鹿……」


 少年はムッとしたようだ。


「ちょっと手を貸して」


 少年に手を借りて立ち上がる。すると、小柄な私と同じというわけではないが、十センチも違わないくらいの身長しかない。


「ほら、大差ないじゃない。ギリ抱えられるかもしれないけれど、ヨロヨロされたら私が重過ぎるみたいだし、落とされて違うところを怪我するのは嫌」

「おまえな……」

「それに、今私に関わるのは良くないと思うわ。変な噂に巻き込まれたくないでしょ」


 ミカエルに婚約破棄された令嬢(婚約破棄したのはこっちだっつうの!)として、今の私は悪い意味で注目の的だ。そんな私を抱っこして歩いたら、きっと彼まで噂されるに決まっている。貴族子女は本当に噂好きなのだ。


「変な噂って?」

「さっき一緒にいたの、つい最近まで私の婚約者だったの」

「ああ、なんかそんな話してたな。猿みたいな婚約者だっけ?」

「あなた、どこで話を聞いていたの?」


 少年は心外そうな表情で、ベンチ後ろの木を指差した。


「言っとくけど、あんた等より俺のが先にあそこにいたからな。後から勝手に来て、勝手に聞こえるように喋っていたんだし」

「あそこ?ああ、さすがに上まで気にしてなかったわ。だから降ってきたのね。聞いてたんならわかるでしょ?」

「婚約破棄くらい、珍しいことでもないだろ」


 私は肩をすくめて見せる。ちなみに、少年はしっかり私を支えてくれており、片足立ちでもあまり苦ではなかった。思ったよりも力持ちなのかもしれない。それでも、同じくらいの身長の彼に抱っこされるのはごめんこうむりたい。


「まぁね、あっちが浮気して、その浮気現場に乗り込んで証拠押さえての婚約破棄だから、あっちが百パーセント悪いんだけどさ、周りはそんなこと知らないじゃん。面白おかしく話すわけ」

「え?乗り込んだのかよ」

「言い逃れされたくなかったからね。うちの両親と一緒に」

「すげーな、おまえ。俺は特に面白おかしく話されてもいいぜ。今更だしな。とりあえず、歩いてみようぜ」


 少年は、私の腕をガッシリつかむと、「寄りかかっていいからな」と言いながら一歩足を踏み出す。

 なんとか捻挫している足に体重をかけずに歩け、見ようによってはエスコートされているだけ……にも見えなくはない。夜会でもないのにエスコートって、ちょっとおかしいんだけど。


「よし!このまま保健室に行くぞ」


 一歩一歩、それこそ結婚式の入場の時のようにゆっくり歩く。


 中庭入口まで戻り、校舎に入ってすぐ、目の前に金色の塊が立った。

 塊というか人間なんだけれど、金色の髪色に金の瞳はもちろん、全体的にキラキラしいイメージなのだ。スラリと背が高く、細いが引き締まった体つきをしていて、いわゆる細マッチョ。ミカエルとはタイプは違うが、顔だけならばそこそこイケメンの部類に入ると思う。ただ、この世界ではミカエルのように線の細い、女性に見間違えるような男性がカッコイイとされているので、マッチョ系は今一需要が低い。細マッチョもギリギリ……というのが世の中の女子達の美意識だ。


 私はミカエルなんかよりも、断然こっち派なんだけどね。


 目の前のこの方、うちの学園では有名人物だ。というか、全世界的に有名人だと思う。


 クリストファー・キングストーン、この国の第二王子だ。数いる王族の中で、特に王太子であるアイザック様とクリストファー様は群を抜いて優秀でいらっしゃって、学園にいる時から国政に携わり、すでに国の中枢にはなくてはならない人物だとか。

 将来、アイザック様が王となり、クリストファー様が宰相となって、さらに国が栄えるだろうと期待されている。


「王国の太陽でいらっしゃる第二王子様にご挨拶申し上げます」


 廊下の端に寄るように少年の手を引っ張りつつ、私はクリストファー様に頭を下げる。


 少年、ごめんね。私の体重がほぼ君の腕にかかってるよね。でも、王族に会って会釈で通り過ぎるとかできないじゃん。


「エド、何してるんだ?」


 クリストファー様、声が低くて男らしいな。

 うん?エドって……。


「怪我人を保健室まで連れて行くんだよ」


 少年が挨拶もなく、クリストファー様にぶっきらぼうに言った。さらにとんでもない言葉を口にする。


「真ん中歩いてんなよ。おまえもいつまで頭下げてんだ。重いじゃないか」

「え……あ、ごめん」


 クリストファー様の許しはなかったが、少年の言葉に驚いて思わず頭を上げてしまう。今この子、王族に「真ん中歩いてんなよ」って言わなかった?


「怪我人?エドが怪我をさせたのか」


 少年の不敬な言葉は不問にしてくれたようだけれど、少年の行動に対して詰問するようなクリストファー様の口調に、私は慌てて少年から手を離して一歩前に出る。口の悪い少年だが、親切心で保健室まで連れて行くと手を貸してくれているのに、王族に変な勘違いをされては申し訳なさ過ぎる。


「ち、違います!この子はたまたま私が怪我をした現場にいて、手を貸してくれているだけなんです。私が足を捻ったのは全くの別件で、この子は無関係です」

「この子……」


 クリストファー様は、戸惑うように私と少年を見る。この子扱いをされた少年は、クリストファー様の前で不機嫌さを隠さずに、そっぽを向いてしまっていた。


 いや、目の前にいるの王族だよ?ちゃんと挨拶しようよ。


 私は、さらに慌ててしまい、少年を隠すように立つ。足が痛いなんて言ってる場合じゃない。少年の態度がクリストファー様の不興を買えば、少年だけじゃなく、少年の家にもお咎めが行くかもしれない。聡明な王子と有名な方だけれど、基本貴族は自分勝手で我が儘な人種だ。


「すみません、まだ学園に入学したばかりで、口のきき方を知らないだけなんです。口は悪いですが、親切な子……だと思います。見ず知らずの私に手を貸してくれるんですから」


 少年の分まで頭を下げようとし、激痛でよろめき倒れそうになってしまう。


「おい、だから頭を上げろ。足痛いんだろ、足震えてるぞ」


 後ろから腕をつかまれ、なんとかクリストファー様に倒れこむという醜態はさらさずにすむ。


「あんた、まさか知らないわけないわよね?この方は第二王子様よ。いい?身分に分け隔てないとするって学則に書いてあっても、それは建前なの。上の身分の方には礼儀を尽くすものなの」


 私は腕をつかんで支えてくれた少年に、ボソボソとつぶやく。


「上の身分か。そりゃ、俺より上だよな、兄貴だからな」

「何を馬鹿なこ……アニキ?アニ……兄貴?!」


 私は思わず少年を突き飛ばしてしまい、そのまま崩れるように床にへたり込む。

 少年は、突き飛ばされて壁に頭をぶつけたようで、頭を押さえて「痛えな、おい!」と私を睨みつけた。


 黒髪に黒目。あまりに馴染み安い色味だったからすんなり受け入れてしまったが、この国の王族の特徴は……髪色と瞳の色が同じということ。唯一の例外が王妃様だ。王族の配偶者であるのだから、当たり前な話である。


 確かに、第三王子が学園に入学したって噂があったみたい……アンネローズの記憶を探ると出てきた。

 エドモンド・キングストーン、黒髪黒目の第三王子。


「王国の太陽でいらっしゃる第三王子様にご挨拶申し上げます」


 私は立ち上がることもできずに、その場で頭を下げる。


 やらかしたのは私だったーッ!

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