26話 六章 悪魔降臨(3)下

 派手に吹き飛ばされたサードは、前触れもない爆発の衝撃に驚きつつも、すぐに体制を整えて地面に着地した。


 地面に埋められていたのは、起爆物だったらしい。そう遅れて理解しヒヤリとした直後、胸がドクドクとして数秒ほど動けなかった。


「……おいおいおい、俺じゃなかったら確実に大怪我してるとこだぞ!?」


 あの威力からすると、多分、踏み込んだのが普通の人間であったとしたのなら、確実にアウトな代物のような気もする。


 先程話に聞いていたこともあって、小さい女の子みたいな生徒会長補佐エミルが、喜々として運動場に爆発物を設置する光景が想像された。味方ですら見分けがつかない地面に爆薬を設置するとは、何事だとゾッとした。


 サードは考えて早々、思わず「アホか!」と一人でツッコミの声を上げた。


「埋めるとか危険過ぎだろうがぁぁあああ! なんなの会長補佐、あいつは何がしたいんだよ、味方を殺してぇのかそれとも邪魔したいのか、どっちだ!?」


 すると、大きな独り言に、こう近くから答える声がした。


「――やれやれ、あなたも巻き込まれましたか。見事に宙を飛んでいましたが、よく無事でいられるなと感心致しました」


 辛辣な敬語口調を聞いてすぐ、それが誰であるか分かってしまった。


 サードは、それだけでなんだか酷い疲労感を覚えた。ゆっくり目を向けてみると、そこには冷ややかな美貌をした生徒会の副会長レオンがいた。


「…………副会長、普通さ、もっと違う感想があるんじゃね? 俺、足元が爆発して、めちゃくちゃ宙を飛んだんだけど?」

「ありません。それよりも、効率のいい倒し方もあったのでは? あまりに雑で汚い戦いには、心底呆れました」

「ああ、なんだ魔獣の方が、お前見てたのかよ? ――というか、そっちの感想こそ求めてねぇわ! 爆弾だよ、爆弾の方!」


 サードは主張したものの、レオンはそこを聞き流して勝手に話しを続けた。


「私の方は『死食い犬』を先に仕留めたのはいいのですが、ユーリス先輩のもとへ行くまでに爆弾トラップ区域が出来ており、引き返した先に転がり込んできた三秒爆弾を避けるのに手いっぱいで、ソーマの助太刀には間に合いませんでした。土煙で会長の姿も探しきれない状況で、どうしようかとすぐそこで待機していたところです」


 なんだか、それはかなり迷惑を被っている状況なのでは、という気がしてきた。爆弾トラップ区域だとか、転がって来たという『三秒爆弾』という言葉が既に物騒だ。


 それを涼しげな表情で語ったレオンを見て、サードはこう言わずにいられなかった。


「会長補佐は何してんだ、邪魔か? 邪魔してんのか? 迷惑な戦い方をさせないように、お前らの方で前もって注意くらいしておけよ!」

「エミルは、爆弾をメインに使用している訳ではないのですよ。あれは、ただの趣味です。そして、前触れもなく大剣を振り回しますので、へたをすると巻き添えをくらいますから近づきたくありません」

「お前、本当はあいつのこと嫌いなのか?」


 気のせいか、他の生徒会メンバーを語る時と、エミルを語る時のレオンの言い方には温度差を感じた。しかし同時に、その口振りからは、生徒会メンバーの中でも、エミルは『会長補佐を務めるくらいに強い』のだという事も伝わってきた。


 爆音が続けて上がり、周囲を覆う土埃が増えた。それを一瞥したレオンが、腕を組んでこう言った。


「剣の魔力解放が早くなければ、あの魔獣はてこずる相手かもしれません。私たちの聖剣は、内側に眠る魔力を解放しなければ、効力は半分までしか引き出せませんから、魔術が不得意なソーマには不利な戦闘開始でした。ユーリス先輩は戦闘魔術師ですので、基本的に魔砲弾を撃って対応されますが、あちらもスピードのある敵だと少々不利ではあります」

「にしては悠長にしてるよな、副会長?」

「彼は独自に短縮詠唱が可能な術者ですし、魔法の複合発動もお手のものなので、自分でどうにか出来ると思います。私たちと違い、最年少で討伐部隊に参加し魔物との戦い経験も多いお方(かた)ですから…………ですから正直、経験も浅く魔術操作も未熟なソーマは、もう駄目かと思いました」


 レオンが視線をそらし、ぽつりとそう呟いた。


 訝しげに首を傾けたサードは、ふと、その背中から血の匂いが漂ってくる事に気付いた。ちらりと盗み見てみると、激しく打ち付けられたように制服が所々綻び小さな血も滲んでいた。組んだ腕の先を辿れば、その手にも擦り傷がある。

 

 先程、ソーマの危機に気付いた時、レオンは対峙している魔獣を無理やり倒してでも駆け付けようとしたのではないだろうか――という想像が脳裏を過ぎっていった。


 もしかしたらレオンは、誰よりも全員の無事を願い、みんなで生きて戻ることを望んでいるのではないだろうか。余裕がない状況の中でさえ、こうして全員の戦いを目に留めて気を配らずにいられないほど……。


 だから、こちらの戦いも見ていた?


 今更のように気付かされて過ぎっていった可能性や憶測を、サードは胸の底にしまった。すると、一つの足音が近くで止まって、どこか呑気な響きを持った例の戦闘魔術師の声が聞こえてきた。


「二人とも無事だったんだね、よかったぁ」


 頬に煤をつけたユーリスが、こちらを見て安堵した様子で笑った。彼の柔らかい色素の薄い金髪は乱れ、制服の所々に焼けたような痕跡もある。


 レオンと共にそちらを振り返ったサードは、思わず凛々しい眉を顰めて尋ねた。


「おい、会計。お前なんで所々焦げてんの? 爆弾にでも引っ掛かったのか?」

「ん~、最終的に『死食い犬』を業火で焼き尽くしたからからねぇ。防御魔法の耐熱度もギリギリの威力で放ったから……まぁ、そのおかげもあって、俺の近くに埋まっていたエミルの爆弾は全部吹き飛んでくれたんだけど」


 エミルの爆弾には苦戦した、とユーリスが吐息交じりに呟いた。


 やはり、奴は邪魔しているのでは、とサードは思った。


「ユーリス先輩であれば、『会長の魔力』を追えますよね?」


 お願い出来ますか、とレオンが片手を交えて尋ねる。ユーリスは考えるような間を置いた後、「実は、それがねぇ」と気の抜けたような声で言って人差し指を立てた。


「彼、すぐ『上』にいるんだよね。もうずっと悪魔とやり合ってるよ」


 珍しくサードとレオンが「は?」と声を揃えた。


「うん、そういう反応が返ってくると思った」


 そう前置きを挟み、ユーリスは説明を続けた。

 

「下は騒がしいからと言って、悪魔が膨大な魔力で透明の足場を作っちゃったんだよねぇ。皆の集中力が欠けたら困ると思って、一旦、俺の魔法で見えなくしてあるんだ。今のところ、ロイ君は危ない状況ではないから安心して。こっちが上手く動かない方が、彼の注意がこちらにそれて不利になると思うし」

「しかし、見えない状況にしたら、私たちの方にとっては不利になるのではありませんか? いつ上にいる悪魔から攻撃をされてもおかしくはない。もし会長の動揺を誘うために攻撃を放たれたとしたら、回避するのは難しいですよ」


 レオンが懸念を伝えると、ユーリスは「今のところは平気そうだよ」と肩をすくめて見せた。


「悪魔は今、ロイ君との戦いに夢中みたいだし。そもそも俺たちの血も『宣誓契約』に含まれているから、悪魔は魔法攻撃は仕掛けられない。ひとまず戦いに交えてくれるまでに、こっちの『死食い犬』を倒しておけば、俺らも後で悪魔との戦いに集中できる」


 その時、近くで一際大きな爆音が上がって砂埃が舞った。運動場の砂埃の向こうから魔獣が迫る気配を察知して、サードは反射的に身構えた。


 気付いたユーリスが、「風よ! 我が声に応えよ!」と左手で素早く魔術陣を切った。直後に強風で砂埃が吹き飛ばされ、エミルの華奢な背中と、彼に殺されて絶命した『死食い犬』の光景が目に飛び込んできた。


 エミルは、正面から魔獣の開いた口に大剣を突き刺していた。彼の身体よりも長い大剣の刃は、魔獣の喉から心臓までを正確に貫くような軌道だった。


 呆気に取られて見つめていると、こちらに気付いたエミルが「ん?」と可愛らしい声を上げて振り返った。


「あ! みんな無事だったんだね~」


 彼は可愛らしい声でそう言うと、まるで重量感を覚えさせない軽い動きで、魔獣の口に突き刺していた大剣を引き抜いて近寄ってきた。

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