19話 五章 閉ざされた学園、魔獣の襲来(3)上

 悪魔と戦うのは『次期皇帝』と、彼に仕える『聖騎士』の末裔たちである。


 聖騎士は、三大名家の聖剣士の後継者と、一つの戦闘魔術師の名家の後継者の四人で構成されている。百年ごとに先祖返りの如く優秀な後継者が誕生し、いつの時代も悪魔と戦う『次期皇帝』の元に集まるのだ。


「うーんとね、ショックを受けているところ悪いんだけど、もう一度言うよ、サード君。変身魔法は戦闘系に不向きとされているけど、俺は優秀だから、変身系も幻術も得意なんだよね。以前ソーマ君に猫になる魔法をかけたら、サード君と遭遇したみたいでさ。話を聞いたら面白そうだったから、俺も仔猫になってついて行ったんだけど、覚えてる? 人懐っこい金色の仔猫がいたでしょ?」


 優秀な戦闘魔術師の説明を聞きながら、サードは知らされた二つの事実に現実逃避したくなっていた。ただただ、呆然としている。


 強固結界で学園が完全封鎖されている今の状況で、彼らが学園敷地内にいるというのは大きな誤算である。彼らを殺させないための計画という目的の一つが、そのせいでかなり危ういことになっているのだ。


 そして、あの可愛らしい生き物が偽物であったという事実が、とくに衝撃がデカすぎてショックが二倍だった。


「…………俺の、癒しだったのに」

「あはは、ごめんねぇ。変身魔法って色の特徴は残るし、金色の色素を持った猫はいないから、気付くかなぁと思っていたんだけど。サード君ったら、全く気付かないんだもん」

「『金色の猫がいない』とか教えてもらってねぇよ。チクショー、どうりで人間みたいな反応をするわけだ……」


 思い返せば、あの灰色の仔猫はソーマの髪の色と同じである。けれど、魔術に馴染みがないサードとしては、変身魔法を疑えと言われたって困るのだ。


 すると、ユーリスの隣で、レオンが絶対零度の視線を送ってきた。


「あなたは癒しの象徴を、平気でソファへぶん投げるのですか? どういう神経をしているのですか。おかげでひどく目が回って、すぐには動けませんでしたよ」

「お願いだから黙っていてくれないか、副会長。あの珍妙な形をした可愛いちんまりとした癒し系小動物が、お前だったなんて思いたくない」


 無情な現実を突き付ける二名の存在に耐え切れず、とうとうサードは両手で顔を覆った。レオンが「珍妙生物ではなく、兎です」と指摘する声も聞こえないまま数十秒ほど苦悩し、それから、たっぷりもう数十秒ほど真剣に考えた。


 ここに自分以外の人間がいる時点で、計画の大きな痛手である。むしろ辛辣な言葉を吐き、こちらの計画を頓挫させるような存在は必要ないし、中身がどうであれ、あの小動物の方が断然可愛いに決まっている。


 サードは、毅然とした表情で顔を上げると、生徒会の副会長と会計に指を突き付けてこう言い放った。


「よし、分かった。じゃあ、お前らは動物の姿でいろ」

「何が『分かった』になるのですか、あなたは馬鹿ですか? 誰が好んであのような姿になると?」

「え、趣味じゃねぇの?」


 色々と考えた結果、サードは自身の結論を無垢な目で言う。


 すかさずレオンが「お前はバカなのですか、違います」と返すそばで、ユーリスが「妙な誤解をされている!?」と小さな悲鳴を上げて説明した。


「違うからね、サード君。俺は確かに変身魔法使ってよく散歩したりするけど、今回は忍び込むために動物に変身しなくちゃならなかっただけだし、ソーマ君の場合は、嫌がる顔見たさに、罰ゲームで仔猫にして外に放り出してみただけだからッ」


 それはそれで、ソーマへの扱いがひどいようにも感じる。


 サードは、つい、生徒会の中で唯一の一学年生である彼の立場を同情した。顔に付着した返り血を袖で拭いつつ、「で?」と低い声で訊く。


「なんでお前らがここにいるんだよ。会計はさっき、理事長からの話を聞いたばかりじゃねぇのか?」

「この件に関しては、理事長にも許可をもらっているよ?」

「は?」

「俺たち、名演技だったでしょ? いやぁ、事前の打ち合わせの時に、ロイ君に反撃しないようにねって説得するのは、本当に大変だったよ~」


 一体どういうことだ? 理事長は『国』を裏切ったのか?


 そんなこと有り得ない。だって理事長ほど冷静に物事を捉え、判断し、決断を下せる人間であれば、計画の重さは理解しているはずである。何より彼は、そのためにサードが学園に送り込まれたことを理解して協力していた人間だ。


「知らされたのはね、つい最近なんだ」

「さい、きん……」

「事前に理事長から計画を知らされて、協力を得ていなかったら、俺たちもここまでは動けなかったと思うよ。去年あたりから外に戦闘魔術師が混じり始めて、変だなぁとは思っていたんだけど、その時はまだ確証が何もなかったんだよねぇ」


 こちらの思考を見抜くようなタイミングで、ユーリスがそう言ってきた。


 計画を打ち明けて協力したのは、理事長自身の意思であるらしい。どうしてそうしたのか推測もつかなくて、サードはただただ押し黙っていた。


「俺たちの年に『月食の悪魔』の再来があるとはいえ、中級以上の強い魔剣を所持した騎士が、学園内の守衛になるなんてのも妙でしょ。どんなに隠そうが俺は人間の魔力を見破れるから、彼らに気付けたわけだけど」


 階下から、戦うような戦闘音と破壊音が響いてきた。学園内にはユーリスやレオンの他に、残りの聖騎士であるエミルとソーマ、それから『次期皇帝』であるロイもいるのだろう。


 獲物が一人でなく、しかも校舎内に散っている状態であれば、『死食い犬』が数を散らしてそれぞれの方へ向かうのも当然だ。


 その可能性にすぐ思い至らなかったことについても、サードは自己嫌悪のような苛立ちを覚えた。この計画は、『彼らが殺されてしまう状況を回避するため』にあるようなもので、だからこそ自分はここにいるのに――


 それを知っていて、なぜ理事長は彼らに味方したんだ。


 サードが苛々して考える中、ユーリスは勝手に話し続けた。


「学園が変り始めた頃を遡ってみると、異例の特待生がいて、入学初日に風紀委員長に任命される出来事に行きあたった。そこで俺は、その『きっかけ』から考えてみる事にしたんだ。ちょっと観察してみると、サード君の近くには、必ず例の騎士か魔術師の誰かが張り込んで、まるで警戒して見張るような殺気を向けていた」


 そもそもね、とユーリスは自身を抱きしめるように腕を引き寄せて、わざとらしいくらい呑気そうに首を傾げる。


「君の過激な防衛反応は、元戦闘用奴隷であるからだ――と誰もが信じて疑わなかったけど、少し考えてみるとさ、たとえば十歳そこいらで救い出されたのであれば、あそこまで高度な暗殺術を身につけていないはずなんだよねぇ」


 まだ『死食い犬』を全部倒していない中、へたをしたら怪我をするかもしれない『次期皇帝』やら『聖騎士の子孫たち』が好き勝手に動き回っている状況で、無駄な時間を消費するような立ち話を続けられてもたまらない。


 さっさと本題に入らないユーリスに対して、サードは沸々と苛立ちが込み上げた。低い声で「おい、会計」と呼んでギロリと睨みつけた。


「黙っていれば言いたい放題だな。そんな暗殺術なんて、俺はお前に披露した覚えはねぇけど?」

「俺は君に接近する際に、魔法で気配を完全に断っている。その状態で人間を感知するには、心音、熱、僅かな風の動きだけで捉える方法があるけど、俺が知る限り、十年そこいらで身に付けられるものじゃない。俺も戦闘系の魔術師として訓練は受けているけど、サード君の技は、どれも一瞬で相手を再起不能に出来る穏やかじゃないものばかりだ。――まぁ、いつも君自身が、ギリギリのところで止めてくれているわけだけれど」


 ユーリスが話すそばでは、レオンがこちらの様子を見守りながら仁王立ちしていた。まるで魔獣がこないかを確認するかのように、時々辺りに目をやる。


 素人にとって対処の難しい『死食い犬』も、この日のために鍛練を重ねてきた彼らにとっては強敵ではないのだろう。だからユーリスは、メンバーの代表のように、今のうちにこちらと話すことにしたのかもしれない。


 任務の失敗は許されない、きちんと遂行しなければならない。つまり勝手に飛びこんできたとはいえ、彼らに大怪我をされたらアウトだ。


 サードは、眉間に皺を寄せて考えた。揃いも揃ってクセが強く、こちらの言うことなんて聞かないような人間だ。彼らが殺されないよう注意しながら、当初の計画通り悪魔を倒さなければならない状況を想像すると、頭が痛い。


「サード君のプロフィールを調べると、君は十歳くらいまでにはサリファン子爵に救い出された、とある。そこから手厚い教育を受けているというのに、礼儀作法の一つもまともに出来ていない点も気になったんだ。実際、入学したばかりくらいに君が学食で食べている姿を見た時は、びっくりしちゃったよ。なんか、こう、ワイルドに食べてるなぁ、というか……」


 これまでスムーズに話していたユーリスが、そこで初めて言葉を詰まらせて、ぎこちなく視線をそらしていった。


 違和感なく学園生活に溶け込むため、サードは入学から一週間ほどは、理事長の指示で他の生徒たちと同じ時間帯に学食を利用していた。


 箸やウォーク、スプーンやナイフの使い方を、半年間訓練していたものの、慣れず苦戦する様が伝わる食べ方だったようだ。リューにも「独特ですね」と言われたことは覚えている。


 そこまで酷い使い方はしていないつもりだったが、学園の生徒として溶け込むどころか悪目立ちしている気がして、結局あの日以来、食堂へは寄らず購買のオニギリかパンで栄養補給を済ませていた。


 それを思い返したサードは、「悪かったな、不器用で」と唇を尖らせた。

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