第9話 一ヶ月ぶりの投稿

 動画の投稿をやめてから三週間、五十嵐はその間、魂の抜けたような状態で生活をしていた。


(動画の投稿をやめただけで、まさかこんなに無気力になるとはな。今はもう大好きなギャンブルさえ、する気が起きない)


 五十嵐はこの三週間、パチンコ、麻雀、競馬等のギャンブルを一切せず、今まで投稿した動画に寄せられるコメントをチェックするだけの生活を送っていた。

 そのコメントも、今はその動画に関するものはほとんど無くなっている。


『なんで新しい動画を投稿しないんですか?』

『五十嵐さんが食事してる姿を観たいです』

『タクシーネタをもっと見せてください』

『あまり間を開けすぎると、誰も観なくなりますよ』

『ていうか、まだ生きてますか?』


(このまま投稿を控えてたら、俺自体の存在を忘れられるのも時間の問題だな。かといって、投稿するわけにもいかないし……)


 ほとぼりが冷める頃合いを見計っていた五十嵐は、そのタイミングをなかなか見定められないでいた。


(もしかしたら、コメントが来なくなった時が頃合いかもな。よし! じゃあ、それに備えて、次の動画の準備をしておくか)


 五十嵐は次の投稿をパチンコ店に勤めていた頃に経験したことと決め、この三週間ずっと暗い顔をしていたのがまるで嘘のように生き生きとした表情で、どのエピソードを話すか延々と考えていた。





 一週間後、ついにコメントが来なくなった五十嵐は、ここぞとばかりにスマホをアイチューブの『中年の星』に合わせ、焼き肉弁当とお茶を用意しながらスタートボタンを押した。


「どーも、五十嵐幸助です。いろいろと諸事情があって、動画を投稿するのは、ほぼ一ヶ月振りとなってしまいましたが、みなさん俺のことを憶えていますか? えっ、もう忘れたって? おいおい、たった一ヶ月しか経ってないのに、もう忘れちまったのかよ。仕方ない。じゃあ今から、俺がどんな投稿をしてたか思い出させてやるから、よーく聞いとけよ」


 久しぶりなせいか、五十嵐は冒頭の挨拶を飛ばし気味に済ませ、タレのかかった牛肉を美味そうに頬張りながら、次の話題へと移った。


「俺は、飯を食いながら今まで経験した仕事の話をするという、画期的なことをやってたんだ。その中でも、タクシー運転手時代の話をした時は、コメントがめちゃめちゃ送られて来てさ。一瞬、自分が人気アイチューバーになったのかって、勘違いしちゃったよ。はははっ!」


 五十嵐はご飯の上に肉を置き、それを一気に口の中に放り込んだ後、続きを喋り始めた。


「今回は残念ながらタクシーの話じゃなくて、パチンコ屋の店員をしてた頃の話なんだけど、タクシーに負けないくらい面白いから、みんな最後まで観てくれよな。じゃあ早速、いくぜ。そもそも俺がパチンコ屋の店員になったのは、単純にパチンコが好きだったからだ。あの軍艦マーチを聞いてるだけで、なんか心が躍るっていうか、わくわくするんだよ。でも、最近はどの店も軍艦マーチが流れなくなって、ちょっと物足りないんだよな。まあそれはいいとして、今から俺がパチンコ屋の店員をしていた時に、一番記憶に残っている話をするから、よく聞いてくれ」


 五十嵐は付け合わせのポテトを口の中に放り込み、それをお茶で流し込んだ後、続きを喋り始めた。


「これはパチンコ屋の店員あるあるなんだけど、店の中にキレイな女性店員がいると、ほとんどの男性店員が好きになるんだ。俺が勤めていたパチンコ屋は割と広くてさ。女性店員が五人もいたんだ。その中に飛び切りかわいい子が一人いたんだけど、当然のように、男性店員たちはその子のことを好きになってさ。もちろん俺もその中の一人だったんだけど、あまりにもライバルが多かったから、半分あきらめてたんだよ。そしたらなんと、彼女の方から俺にアプローチかけてきたんだ」


 五十嵐は弁当をすべて平らげ、お茶を美味そうに飲み干してから、最後の締めに入った。


「俺は周りの目が気になりながらも彼女と交際して、一年後にゴールインしたんだ。その時はほんと幸せでさ。こいつとなら一生幸せに暮らしていけると、本気で思ってたんだよ。でも、俺のギャンブル好きが祟って、結局別れちまったんだよな。とまあ、これがパチンコ屋の店員をしてた時に一番記憶に残っていることなんだけど、よく考えたら、パチンコのことをまったく話してなかったな。はははっ! まあ今更俺が説明しなくても、ほとんどの人はパチンコ屋がどんな所か知ってるよな? 知らないっていう奴は、今すぐネットで検索してくれ。それじゃ、今日はこれで終了する。じゃあな」


(ふう。久しぶりなせいか、今日はやけに疲れたな。でも、寝る前に編集だけはやっておかないと)


 五十嵐は疲れた体にムチ打ちながら編集を終えると、タイトルを【職場結婚】とし、一ヶ月ぶりに投稿ボタンを押した。



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