第一章:快適な拠点作り~母は大物か鈍感か~

「ピクシーが喋った!?」


 父の叫びに思考を取り戻す。それほどまでに目の前に起きた出来事が衝撃的だった。


「お母さん!」


 姉が悲痛な叫びを上げる。万が一ピクシーが敵意を向けてきたら、一番近くにいる母は無事では済まないだろう。


 だが、かと言って攻撃してしまえばそれこそ母だけでなくここにいる全員の命が危ない。ここには数えきれないほどのピクシーが居り、その数を捌きながら崖を登るなんてトップ層でも無理だろう。


 母を除く全員が緊張で身を強張らせる。それに対しピクシーは母から視線を逸らすことなく、口を開いた。


「オマエカラ、コトバマナンダ。ソノホウガ、イシノソツウハヤイ」


 そう言ったピクシーは手をひらひらと振る。


「テキイハナイ、ニンゲンハコウイウトキニコウスルノダロウ?」


 降参するように両手を上げたピクシーに俺は兄と姉、そして父に視線を送る。


 皆それぞれに厳戒態勢にあり、何時でも戦える体勢を整えている。恐らくピクシー側もそれに気づいており、母に話しかける振りをして俺たちに伝えているのだろう。


「あら、わざわざ有難う。でも誠から、ここのピクシーちゃん達は攻撃してこないって聞いているから知っているわ。あ、誠っていうのは私の息子ね」


 にこにこと話を続ける母に思わず顔が引きつる。いくら俺が言ったからってそこまで堂々とするのは止めてくれ。何かあった時心臓が止まってしまう。それにピクシーは残虐な性格として有名だ。言葉が通じるから信じるのは間違っている。


「ソウカ、ソレナライイ。ワタシハキク、オマエタチガクチニシテイルモノハナンダ? トテモイイニオイヲシテイタ」


 母の言葉にフッと笑ったピクシーは手を下ろし、興味深げに母の持つサンドイッチを見つめる。母はあら、これのこと? とピクシーにサンドイッチを近づけた。


「ごめんなさいね、これ私の食べかけなの。まだ残っているから、良かったらピクシーちゃんも食べてみる?」


 お口に合えばいいんだけどねぇ。なんて言いながら、母は漸く固まっている俺たちを見た。


「あらあら、どうしたの皆して。そんなんじゃピクシーちゃん達もびっくりしちゃうじゃない。腰を下ろして。ほら、せっかくのピクニックなんだからそんな怖い顔しないの」


 図太いのか鈍いのか。恐らく鈍いのだろう母の言葉にさらに顔が引きつる。


 どうしようかと悩んでいると、父が完全に腰を下ろした。


「そうだな。いや、失礼。ピクシーが話をできるなんて聞いたことなくてね。母さんのご飯は美味しいから、皆も食べると良い」


 父はそう言って顔に皺を寄せて笑った。いや、親父!?


 突然の態度の変えように思わず父を凝視する。だが父は一瞬目配せするだけで直ぐに温和な態度に切り替える。


 ……仕方ない。何がどうなるか分からないが、今のところ確かにピクシー達はこちらに敵意を向けてはいない。こちらが攻撃しなければそのまま帰ってくれる……ことを願おう。


 そう心中で折り合いをつけた俺は、ようやくいつの間にか上げていた腰を下ろした。


 頼むから、何事もなく終わってくれよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る