第一章:快適な拠点作り〜不穏な気配〜

 姉の怒鳴り声に空気が凍る。事態を把握しようと全員で父の携帯を覗き込んだ。


「あんた何時まで付いてくる訳!? あんたみたいなのとコラボなんてしないから!」


「どうしてですか!? 私頑張ってレイさんと並べるくらい強くなったし、配信者としても上位にランクイン出来るようになりました! 何がいけないんですか!?」


「あんたが非常識な人間だからよ!! 人の話も聞けない奴とコラボなんて真っ平御免だわ!!」


 見覚えのない女性と姉が叫び合っている。どうやらファンチが迷惑行為を行っており、そのせいで時間を食っているようだ。


「本当にいい加減にしてくれないか。俺もレイもコラボはしないと言っている。それなのにこんなに長時間張り付かれて迷惑なんだ」


 兄の感情を抑えたような声に、あの兄貴が切れている!? と密かに驚く。俺の記憶では、兄は一度も怒ったことがない位、穏やかな人だ。そんな人が怒るなんて、この女、何しでかしたんだ?


「ナツさんには話してません! 関係ないでしょ!? 割り込んで来ないでください!」


「最初に言ったけど、配信中だしコラボと言うとこのチャンネルでやるって事だ。君がレイのファンなのは分かるが、俺にも迷惑が掛かってるんだ。理解してくれ」


 いい年してるんだから、と複音が聞こえる。これは相当キレてるぞ。


「あらあら、これだとご飯までに時間がかかりそうねぇ〜」


 母の困った声に「それは困る!!」と父が叫んだ。立ち上がった父はテントに戻るとすぐに出てきて「誠も付いてこい」と言ってセーフエリアの出口に向かう。


「え、ちょっと、親父!?」


 急な親父の行動に携帯と父を交互に見やりながら立ち上がる。短剣はテントに置いてきてしまったが、ブレスレッドは付けたままだし、そのまま後を追っても大丈夫か?


 ダンジョンのセーフエリアを出る危険性と今の装備を照らし合わせ大丈夫だと判断した俺は父の後を追う。


 多分父は早く夕飯が食べたいのだろう。ただ基本的に我が家は一家団欒で飯を食べるから、兄と姉が帰ってくるまでお預けになる。父はそれが嫌で二人を迎えに行くつもりなのだろう。


 そこまでは分かるが、一体どうやってあの女性を引き剥がすつもりなんだ?


「あんたとコラボする位なら誠とコラボするわ! あんたとやるより数百万倍ましでしょうから!!!」


 そんな事を考えていると、携帯から姉の怒鳴り声が再度響き渡る。……何故か俺に矛先が向いた気がしたんだが気のせいか?


 思わず立ち止まり振り返る。女が姉の言葉にキャンキャン騒いで居るがどうでもいい。いや、どうでも良くないけど。


「私とナツのチャンネルはコラボはしない! したとしても誠としかしないわ!! これは決定事項よ! あんたが泣こうが喚こうが絶対に変えないから!」


 啖呵を切る姉はきっとふんっ! と息を吐いて腕を組んでいるのだろう。その鋭い目つきで女性を睨んでいるのは想像に容易い。……俺が関わらなきゃ姉貴は何時も堂々としてんなぁくらいの感想だったのだが。


 ああ姉よ。なぜ俺を巻き込んだ。


 俺は平穏なニートライフを送るためにここに来たのに、早くも崩れ去りそうな予感がして頭を抱えた。

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