第2話 レンタル彼氏

「もぅどぉしたの、リョウたん。変な声出しちゃって。かおりんの可愛さに、溜息が出ちゃったとか?」


 彼女はツインテールを揺らして、彼の顔をのぞき込んでいる。


 私はすぐに目を逸らし、心を無にするように努力することに集中……できるはずもなく。帰るための扉はすぐそこなのに、彼と同じ空間にいたい気持ちに、嘘はつけなかった。


 もぅなんなのよ、あの卑怯な程の顔面偏差値。私の過去の遍歴になかったっつ〜の。


 それと5年前のあの日、私は彼の車に眼鏡を忘れていたのだ。慌てすぎてたのもあり、50メートル程歩いて気がついた。振り向くと車はまだ同じ場所に駐車されていたけれど、私に戻る勇気はなかったのだ。


「ねぇ、リョウたん」


 今度は甘ったるい彼女の声が耳に入ってきた。なんだろう、この薄暗い間接照明の雰囲気も手伝ってか、艶めかしいにおいがだだ漏れしている。


「今日はここでして欲しいんだけど。だめかなぁ〜」


「ん?ここで?恥ずかしくないの?」


 彼は、焦っていると言うよりも、冷静に彼女を見つめている。


「じゃあこっちにおいで」


 彼は優しく微笑み、彼女を隣に座らせた。さすがに、私は目を逸らし、意味もなく自分のテーブルを凝視する。店内に充満する濃厚なコーヒーの香りに助けを求めるように、私は目を閉じた。


 数分にも感じるような静寂の後、彼女の吐息がもれる。飴玉を舐めているかのような、艶っぽいいやらしい音が……


「もうどぅしたのリョウたん。こんなところで。やめてぇ〜くすぐったいよぉ」


 あーー。私の理性が弾けとんでしまう。ゆっくりと目を開けると、彼女を抱きしめ、こちらを見てニコッと笑う彼の姿があった。彼女は猫のように彼の胸に顔をうずめ、スリスリしているではないか。


「かおりんは、このリョウたんのにおいがたまらなく好きなの。知ってるでしょ〜。しばらくハグハグしてて」


 思わずはしたない想像をしていた自分の思考回路が恥ずかしい。かおりんさん、ごめんなさい。勝手に勘違いしすぎたわ。


「あ。でも〜リョウたんがどおしてもキスしたいんなら、してあげてもいいんだよ〜」


 彼女は、彼を見上げて可愛すぎるキス顔でせまっている。それを涼しい顔でスルーしている彼。あー油断した。やっぱりこういう展開なんじゃないのよぉ〜。


「はい、お待たせしました」


 この状況に屈することなく、癒やしの笑顔でマスターはコーヒーを運んできてくれたのだ。私はそのホットコーヒーを、急いで飲み干そうと口に運ぶ。しかし、もぅお腹いっぱい、胸いっぱいなんだから!


 それでも隣の会話は容赦なく続く。


「明日は、えっと誰の番だっけ?」


「明日は月曜日だからマリーの番」


「レンタル彼氏もさ、毎日だと疲れない?」


 なに、レンタル彼氏って何?そんなの聞いたことないんだけど。てことは彼女はお客様ってこと?


「そんなことないよ。みんなの癒やしになれたら嬉しい。かおりも彼氏の浮気で悩んでるんでしょ。ほら、おいで」


 彼はまた彼女をギュッと抱きしめ、優しい微笑みを投げかける。


「私、あんな彼氏と別れてリョウたんと付き合えばよかったー。そうしようかな?どお。いい提案じゃない?」


 そう彼女が言い放った瞬間、彼は抱きしめていた両手を高く上にあげた。


「お客様。これは失礼いたしました。レンタル彼氏の掟として、お客様との恋愛はいたしかねます。もしもこれ以上のことをお望みであれば、契約違反により即契約解除となりますが、いかがいたしましょうか?」


 彼女は左右小刻みに首をふり、ツインテールを揺らしている。


「冗談だよ〜そんなのやだもん!はい、いい子にします。リョウたんは好きになりません。だって、複雑すぎて、かおりんメンタルヤラれちゃうし〜」


 いやいや、わたしこれ何を見せられてんのよ。ま、でもあのイケメンならレンタル彼氏も納得しちゃうかも。思わず見惚れちゃうもんね〜。


「あ。でもかおりそろそろ仕事の時間じゃないの?注文まだだし、今日はでようか?」


「あ!そうだったーー。さっすがリョウたん。職場まで送ってくれる?その前に〜ちょっとお化粧なおししてくるね」


 彼女は、紫色のバックを片手に立ち上がり、私には目もくれず、足早にトイレに向かい歩いて行った。すれ違いざま、フローラル系の上品な香水の香りがふわりと鼻をくすぐる。


 すると、彼はこっそりと立ちあがり、油断していた私のところに歩みよってきた。


「やっぱりそうだよね。あの時の女の子だ!あ、ごめん、今日は時間ないんだ俺」


 そう言って裏側に何やら走り書きを残した名刺をテーブルに置き、席に戻る。何事もなかったかのように、彼はスマホをいじり始めた。


 数分後、トイレから戻ってきた彼女の気配を察し、私は慌てて彼が置いていった名刺を自分のバックに押しこんだ。


「ごめんなさい、マスター。今日は注文なしで。また来るね〜」


 そう言い残すと、ふたりはしっかりと腕をくみながらお店を出ると、派手なエンジン音とともに、消えてしまった。


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今回は2話目をお読みいただきありがとうございます。


本文に出てくる「レンタル彼氏」とは、事実とはことなるモノであり、私の中の空想の職業でありますことをご了承ください。





 



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