断章 サイゴノマホウショウジョ その2

トモが翌日の昼にギルドの二階に登ると、酷い酒の匂いがした。

メテオラもエステルもぐでんぐでんになっている。

その姿にトモはドン引きしていると、後ろからちょいちょいと昨日のメガネの受付嬢が手招きしてトモを呼んだ。


「ごめんなさいね。今の今迄飲んでた見たいだから……、とりあえず冒険者証を用意したから今日は一旦持って行って。 あと出来たらメテオラ様も……」


トモはため息をつくとメテオラをその小さな背に背負いギルドを後にする。往来の人々の視線が痛かった。

これでは旅に出る訳にはいかないだろう。もう少しこの街で滞在することになりそうであった。


――その三日前、トモたちがファルトの街に着いたすぐのこと。


夕日に照らし出された石造りの吹き抜けの祭壇には、数人の神官服の老人たち。

そして中心には白銀の髪が夕日に煌めく女性が神に祈りを捧げていた。

跪き一心に祈る姿は堂に入っており、周りにいる年嵩の老人たちに負けぬ威厳を見せていた。


すでに5時間ほど祈りを続けている。

その祈りは神に届いていないのかと、老人たちは不安になるが祈りを続ける女性――クーデリアは疑うことなく一心不乱に祈り続けた。

夜の帳が降り、かがり火の焚かれ始めた。なおもなにも動きがない。

老人たちが祈りが届かないことに嘆き始めた頃、やっとクーデリアを中心に光の魔法陣が現れる。

その光は徐々に文様を円形に綴り外周を一周するように、描かれていく。

そして最後の一文と共に円が繋がると、激しく光が瞬いた。


光が収まると、そこには黒い少女がいた。髪も瞳も黒く、服も喪服かと思うほどの黒いドレス。しかしデザインは派手でどうにもちぐはぐな印象だった。

少女が召喚されたことに老人たちは落胆の色を隠すことができない。頼りない細い腕は、彼らが望む英雄の姿とはかけ離れていた。

さらにその少女は傷だらけであり、今にも死にそうなほど浅く呼吸をしており、目線も虚ろだった。


「お前たち! 早く魔法薬を! そして彼女を休ませるのだ!」


始めに口を開いたのはクーデリア王女だった。

その言葉に慌ただしく走りだす者。死に掛けの勇者が召喚された焦燥に立ち尽くす者。己の命運が潰えたと嘆く者。反応は様々だが、状況が好転したとは誰も考えてはいなかった。王女一人を除いて。


翌日、大量の魔法薬、回復祈祷を駆使した結果、召喚された幼き少女は目を覚ました。少女は最後に見た光景を思い出す。銀色と赤い光、それは怪しく煌めいて彼女の心に深く残っていた。


漆黒の少女――ヴァイスは己の身体を見回す。

どうやら魔法少女の変身は解けている。支給品の祖国D軍の詰襟には砂と血に塗れひどく汚れていた。真っ白なシーツには泥と血の大陸が描かれていた。

誰かが運んでくれたのだろう。申し訳ないことしたなと思ったヴァイスだが、辺りを見回しても謝罪すべき相手は見つからなかった。


ヴァイスの寝ていた部屋は、天井が高く清潔で中世的で豪奢だった。

このような部屋は地球ではもう見たことがない。物語の世界の話だ。

夢を見ているようだった。もう叶わない夢の世界、未だ自分が見た目通りに少女だったころの夢、王子様に連れられ宮殿をはしゃぎながら歩く夢。

その夢の世界に迷い込んだような気がしていた。


ヴァイスが思考の世界に没入していると、ドアがコンコンと叩かれる。

誰か来たようだ。ヴァイスは「どうぞ」と返事をした。


「よかった! 起きてくださったのね?」


入室してきた銀髪の女性は最後にヴァイスが見た銀髪の女性だった。

どうやら彼女が助けてくれたようだ。ヴァイスは内心、余計なことをと失礼なことを考えた。


(あのまま終わらせてくれれば面倒がなかったのに)


「ひどい傷でしたので治療いたしました。勇者様、お加減はいかがでしょうか?」


「勇者? 傷の調子はいいよ。 残念なことに。 なぜ私を助けた?」


「あなたは私、この国の王の代理、クーデリア・アルデイドが勇者としてこの世界に呼びました。 我が国を救っていただくためにお助けしました」


「? すまない。 話がみえないが、クーデリアここは地球ではないのか?」


「地球? 勇者様の世界ですか? おそらく違うと思います。 異世界から勇者の資質を持つ者を呼び出すのが我が家系の力と聞いています。 なにかこの世界に来る前にの事を覚えていらっしゃいませんか?」


「確か……祝福を与えるという光があったような……」


「それです! やはり勇者様は我が召喚にお答えいただいたということですね! ありがとうございます」


ヴァイスの答えにクーデリアは嬉しそうに微笑む。

そして、今の状況を理解したヴァイスは己の逃げられぬ闘争の日々に自嘲した。


(望み通り地球から魔法を取り除いても、私は戦いからは逃れらないということか)


「それであなたのこの国を守るため、私に戦えというのか」


ヴァイスはその深淵のように深い瞳を真っすぐ見据え、銀髪の女性に問う。


「お為ごかしは申しません。お願いします。今我が国は、包囲をされており、蹂躙される寸前でございます。その力お貸しください」


「状況も敵も私の力がどこまで通用するかは判らないが、私の力を振るうというのは死神との契約となる思え、私はこの命の限り戦い続けて直に破滅する。その先も共に歩む覚悟はあるのか?」


その言葉にヴァイスは、己を使う先に破滅が待ち受けることを告げる。

死神と道を歩む覚悟はあるのか問うたのだった。その言葉に、


「道連れは私だけにしてくださいましね? 民には手心を加えてください」


笑顔でクーデリアは答えるのだった。


「それは貴方の手腕次第だ」


ヴァイスはその答えに肯定も否定もせず、布団を持ち上げ起き上がる。

まずは湯浴みだ。死ぬにも身ぎれいなまま死ねるに越したことはないと思ったのだった。

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