魔法少女、龍に食われる

艶めかしく舌を出し、トモを見定めるように見る女。

先ほどまでいた龍が変化したその姿は女のトモにも美しく、ドキリとする色香を纏っていた。

トモは変身したことにも驚いたが、その姿の艶やかさにもことさら驚いていたのだ。


「あの……すいません。 なにかごようでしたでしょうか?」


トモは絞り出すように言葉を発する。今度は噛まずに言えた。


「何、森で暴れておるのがいると聞いて、話をつけに来たのじゃ。 素直に聞いてくれれば、荒事にはせんから安心せい」


「はぁ……、わかりました。気を付けます。それじゃ!」


トモはこの突然の龍の来訪の意味がいまいちわかっていないようだ。

すかさず相棒が注釈を入れる。


「マイスター。おそらくこの龍は、森から出ていけと言っております」


「え? なんで? やだよ! お外怖い!」


どうやらトモは完全に森に帰属したつもりらしい。


「ふむ。それはインテリジェンスアーティファクトかの? 随分賢いようじゃ。持ち主と違って」


「一応私は生命体ですよ。 厳密にいえばですが、ところで龍よ。 わが主はこの通り外に出るのを嫌がっております。 その変身魔法のやり方を教えてくれれば無理やりにでも出ていかせますが、いかがしますか?」


クーリガーはこの機を逃さずトモを森から離れさせたいようだ。

その言葉にトモはギャーギャーと喚いている。

せっかく見つけた怖い人間のいない世界に相当に未練があるようだ。

早めに治療が必要だろう。それも荒療治が。


龍は人の形をとった様に思いのほか話が分かる。

気前よく魔法の仕組みを教えてくれたのだ。

どうやらこの世界は音声による発声か刻印をしたアイテムがないとまともに魔法が発動しないようだ。

というのも世界のマナが濃すぎて、下手に魔法を使うとすぐに誘爆するのだ。なので神々が魔法にルールを設けた。

そのためクーリガーは魔法をいままで碌に扱うことができなかったようだ。


「つまり、この世界の言葉に変換しないと私たちの魔法は使えないと……。 しかも聞いた限りでは、その文章は安定させるためには長くしないといけない。 実践で使える魔法は極端に減りそうですね」


「ふーん。 大変だね」


トモは他人事の様に聞いている。


「……、マイスター? あなたの得意な魔力に頼った強引な砲撃呪文をこの世界で撃ったらどうなると思います?」


「え? 知らない」


「自爆して辺り一面が消し飛びます」


「え? なにそれ怖い」


間の抜けた会話をしていると、龍は話に入ってくる。


「あんたら随分と物騒な話をしてるけど、そもそもそのお嬢ちゃん何者なのじゃ? なんでこの森で生きていけてるのじゃ? あんたのおかげってわけでもないだろう?」


クーリガーはその問いにどう説明したものかと思ったが、トモが先走り話始める。


「私、勇者らしいよ! すぐ追い出されたけど」


「勇者?」


そういうと龍は目を細め、トモを凝視する。

その瞬間トモは何かそんな不快感があった。


「何かした?」


「ふむ。 何をされたかはわからないが何かされたかぐらいには気づくか、ただのアホという訳ではないようじゃの」


くっくっと笑いながら龍は愉快そうに話す。

その態度と、先ほどからの言いざまにトモはむっとする。


「さっきから馬鹿とアホとか、ひどいんじゃない?」


「ふっ、これはすまなんだ。 思ったことが口に出る質でな。 してわしはお主の恩寵ステータスを見たんじゃよ。 しかし、これは酷い。 唾だけつけて、なにも与えてはおらんとはな。 しかも恩寵を授けた神は隠蔽しておる」


「そういえば、その恩寵ってなんなの? それ見られたら、私追い出されたんだけど?」


「恩寵というのはな。この世界の神々が作ったこの世界のルールじゃよ。 人や魔族を相争わせて勝利するため、神々の力の一端を分け与えているのじゃ。 そして勇者というのは人族側の切り札とされるものじゃ」


「へ、へー」


クーリガーは黙って聞いていたが、これはダメだと思った。

トモにこういった込み入った話は向いていない。


「その先は私が聞きましょう。 続けてください」


「あっ、あぁ。 ほんとにこの子だいじょうぶかい?」


「あまり大丈夫じゃないので、私がいるのですよ」


「あはは、私は勇者~ いざゆけー」


どこに行くというのだろうか、何が行けというのだろうか。

大口を開けて、自分の世界に旅立つトモをほっといて話は続く。


「んで、その子。勇者として、来たにしてはおかしいことが多すぎるのじゃ。 まず恩寵がすべて0ってのはこの世界じゃ、生まれたばかりの赤子以下ってことじゃ。 そして、称号や神技スキルが隠蔽されている。 なにかあるかもしれないが、勇者の称号ではないと思う。 最後はなんでこの森の魔獣を倒せてるんじゃ? ここは恩寵平均で3~4桁の巣窟でその子は生きてる。まったく理解できないのじゃ」


「おそらくそれは、この世界のルールに縛られていないのだと思います。素の魔力で、どうにかしていますから」


「? お前たちやはり召喚者なのか? いきなり追い出されたと言っておったが、どこに降りた?」


「国の名前はわかりませんが、ここから南の方ですね」


「神聖皇国じゃと? その見た目でわざわざ?」


「なにかおかしいことが?」


「あそこは純粋な人間主義の国じゃ、その子のような魔族に近い見た目の者がいればすぐに迫害されるに決まっておる。 勇者として呼んでおいてわざわざそんな手間のかかることをする理由がわからんのだ。 お前たち、ここに来る前に神に会わなかったのか?」


「神? あぁあの白いむかつくやつ?」


トモは神という単語に反応してこちらに戻ってくる。

相当に恨みは根深いようだ。


「調停神 ヘルモルトじゃな……。 お主随分と面倒な相手に目をつけられておるぞ? やつが下界に干渉するとなると、相当に悪辣なことが起こるに違いない」


「随分くわしいのですね。あなたは」


トモはまた、自分の世界に戻っていた。


「それはそうじゃの。 わしら龍は神とは潜在的に敵同士じゃ」


「敵? そうなると、私たちは神に遣わされた勇者ならあなたとも敵になるという事ですか?」


「それは……、お前たち次第かの?」


龍はそういうと、髪を巻き上げ魔力で威圧する。

その力はトモを現実世界に引き戻すのに十分な効力があった。


「私は、巻き込まれて迷惑してるんだからね!」


半泣きになりながら、トモは敵ではないとアピールする。


「まぁ、そんなのはわかっておるわい」


すぐに威圧をやめ龍はもとの色っぽい態度に戻る。

どうやら戯れだったようだ。

しかし、本気で怯えるトモに毒気が抜かれてしまったようだ。


「そういえばほかにヘルモルトは何かしろとは言わなかったのかの?」


「あーそういえば……。エーレンゼルの神がこの世界に来たから何とかしてくれって……」


「エーレンゼル? なんじゃそれは?」


「ここ以外の異世界。 私たちの世界を侵略しようとしたから、私が倒した? ――らしい。でも殺しきれなくてこの世界に逃げてきたって言ってた」


「異世界の神がこの世界にじゃと? まさかそんな筈が……。 いや倒した? もしかして、祟り神化して神性を失って力の塊として渡ってきたのか? それならあり得る……」


龍はトモを見ると続ける。


「名乗るのが遅れたな。 わしはメテオラお主の名は?」


「柏木智子。トモでいいよ。 こっちの丸いのはクーリガー」


「ふむ。トモにクーリガーか……。お主らどうやら相当に厄介ごとの種を持ち込んでくれたようじゃの。 しばらく一緒に行動させてもらえんか?」


「え? たべない?」


「人など食べんわ!」


「じゃあいいよ。 あんま悪い人? 龍じゃなさそうだし」


そういうとトモたちは凡そ2週間ぶりに森をでることになったのだった。

初めての異世界の友人、龍のメテオラを伴って。 







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