第6話


         ※


 俺たちは駆け足でグラウンドを横切り、校門から飛び出した。

 俺、摩耶、美耶の順で、弦さんの横付けしてくれたクラウンの後部座席に飛び込む。

 俺たちの浴びてきた雨のせいでシートが濡れてしまったが、この際仕方がない。


「皆様、ご無事ですか!?」

「はい! 大丈夫で……だよな?」


 月野姉妹が揃ってサムズアップするの確認し、無事です! と運転席に呼びかける。


「では皆様、シートベルトを――おや? あれは……」

「んっ!?」


 月野姉妹を押し退けるようにして、俺は反対側の窓を覗き込んだ。校舎の方に身を乗り出すと、見えた。二つの人影が泥水を跳ねながら駆けてくる。

 あれ? 二つ? 誰と誰だ?


「ちょ、ちょっと、お待ちなさいなのでーす! 風見柊翔、どうしてボクを置き去りにするでーすか!?」

「げっ、ルリア! 追ってきやがった!」

「ちょっと柊翔! あの女、あんたの知り合い?」


 摩耶の問いかけに、俺はカクカクと頷く。


「弦さん、助手席側のドアを開けてください! もう一人来ます!」

「はッ」


 この事態を予想していたかのように、弦さんは向かって左側のドアの施錠を解いた。俺は手でメガホンを作り、思いっきり声を張り上げた。


「ルリア、早くしろ!」

「ボクだって必死でーす! ボクも乗せてほしいでーす!」


 ちょうど足を滑らせたルリアが、べちゃり、と珍妙な音を立ててぶっ倒れた。


「うわっ!? おいおい柊翔、なんなんだよこいつは!? 泥だらけじゃねえか!」

「俺のダチ。ルリア・フォスターだ」

「初めましてですね、レディース! ボクのことは好きに呼んでくれーい!」


 勢いよく助手席に飛び乗るルリア。って、どうして助手席に座る体勢でそんな跳躍ができるんだよ。


「おい、あたいや美耶は承知してねえぞ! 突然飛び込んできやがって、スパイか何かじゃねえのか!?」

「それは誹謗中傷にあたるでーす! でも、あなたの慎重な物事の考え方を、ボクは高く評価したいでーす! 少なくとも、柊翔よりは勢いがあって考えが分かりやすいでーす!」

「ああ、それは言えてる――っておい! どうして比較対象を俺にするんだよ、俺まで馬鹿にされてるみたいじゃねえか!」

「ば、ばかぁ!? あたいのことか? 誰が馬鹿じゃい、トンチキ野郎!」

「ちょっと待って! 暴力は止めなよ、お姉ちゃん!」

「むきー!」


 収拾のつかなくなったクラウンの車内で、弦さんだけが涼しい顔をしていた。


「皆様、今ツアーも盛り上がって参りました。どうぞ存分にお力を振るってくださいませ」

「弦さんにだけは言ってほしくなかったですよ、それ!」


 俺は声を張り上げたが、弦さんは気にしやしなかった。


         ※


 十五分ほど経って、俺たちは邸宅に到着した。弦さんがクラウンの車体を周って、スムーズに扉を開けていく。


「さっきより酷いな……」


 降り注ぐ雨粒を睨みながら、俺たちは急いで玄関前のスペースに走り込む。


「まったく、最近の台風ってのは……あれ?」

「どうかなさいましたか、柊翔様」

「もう一人いませんでしたっけ? ほら、グラウンドを走ってきた……」

「葉桜舞様、ですね。大丈夫です。わたくしの後方に別の高級車が待機しておりまして、無事乗り込まれたのを確認しております」

「そうですか……。よかった」


 俺が胸に手を当てて、ふう、と息をついていると、背後から肩を掴まれた。


「うわっ! ……ってルリアか」

「何なんでーすか? そのあからさまな落胆の意思表示は!」

「いや、だってさ、好きでもない相手にベタベタされても対応に困るだろ」


 何気なく言葉を投げる。俺とルリアはその程度の仲なのだ。

 が、しかし。


「あれ? なんか涼しくないか? 皆、寒いとか感じない?」


 雨に濡れたからかな。いや、それにしても寒すぎる。ふっと顔を上げ、周辺の状況を確かめる。弦さんはクラウンを車庫に入れるため、今ここにはいない。それは普通なのだが。


 女性陣、沈黙。

 ……俺、何かマズいことを言ったのだろうか? というか、これは一種の修羅場というやつなのだろうか?


 俺がどうするべきか測りかねていると、予想外のところから打撃が来た。


「えいっ!」

「ぐぼはぁっ!?」


 誰かが俺の背中に、思いっきり頭突きをかましたのだ。

 たまらず俺は前のめりに転倒し、アスファルトに勢いよく額を打った。いてぇ。


 じんじん痛む額を押さえ、なんとか振り返る。その視線の先にいたのは、美耶だった。

 まさか今、頭突きをかましたのは美耶だっていうのか?


 膝を震わせ、いかにも私ビビってます、というオーラが凄まじい。

 だが、それでも瞳は強かった。なんなら、その眼力だけで俺をハチの巣にできそうな鋭さがある。


 そりゃあそうだよな。俺は異性であるルリアを、事実上拒絶するような言動を取ったのだ。

 恋愛感情がどうこうという話を別にしても、気遣いのない、デリカシーに欠ける言葉を発してしまった。


「あ、あの……。ごめん」

「誰に対して仰ってるんですか?」

「えっと、ルリア……と、美耶、それに摩耶にも」

「へ? あたい?」

「だって考えてもみろよ、もしお前が俺のことが好きだったとして、俺から、好きでもない相手だ、って言われたら傷つくだろう? まあ、そういうことだよ」

「そ、そうなのか」


 俺はがっくりと俯いて、ちょうどお辞儀をする格好で摩耶の前に佇んだ。

 そんな沈黙があたりを満たす。と思われたタイミングで、弦さんがこの場に戻ってきてくれたのは幸いだった。


「皆様、雨の中で大変だったでしょう! どうぞ邸宅にお入りください! 直ちにシャワーとタオルを準備いたします!」


 弦さんは正面玄関の前に立ち、網膜認証システムを使って開錠。ゆっくりと観音扉を開いた。

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