Street Agency

@Winter86

# 1 サビついた現実 ①

 教育機関アカデミーになんて行くだけ無駄だ。


 卒業するだけの価値があるとは言うけど、家の家賃を滞納してまで通う価値が本当にあるのか甚だ疑問だ。


「おれも働く」

「ダメよ。アカデミーがあるじゃない。」

「母さん、アカデミーの学費払うので精一杯じゃんか。おれも働けば今よりはマシになる」

「あなたはアカデミーの学生、でしょ。それにまだ子供よ。お金を稼ぐのは母さんに任せなさい」


 そう言って母さんは朝から晩まで休みなく働いている。

 そこまでしてくれているのに、逃げ出すなんておれには出来なかった。

 



「はぁぁ?高けぇーよ!」


 突っ掛かって来る勢いで荒げた声が、明かりの乏しい研究室に反響する。


「値上がりしたんだ。文句があるなら、おれじゃなくてエクセルに言え」

「チッ、足下見やがって……」


 エクセルの名を出した途端、さっきまでの威勢はどこかへ行ってしまう。

 赤いラインの入った制服、アカデミー二年の男はおれの手からデバイスを強引に奪うとお金を床に撒き散らす。


 出て行く際、男が研究室の扉を閉めたので辺りが一気に暗くなった。これじゃあ、床に落ちてるお金が見えない。


 サイバーシティではもう見なくなった携帯端末を取り出し、ライトを点ける。散らかったお金を集め、デバイスの代金分あったのを確認した。


 ここで違法デバイスを取引するのはもう何度目になるだろう。

 違法デバイスは覚せい剤や大麻、違法ドラック同様に快楽を得る手段としてサイバーシティで横行している。

 使ったこともなければ、使うつもりもないおれにはその良さがよく分からない。


 それにこんなこと別にしたくもない。

 ただ、自宅の家賃を免除してもらう代わりに違法デバイスの売り子をしている。


「こんなところで何をしているんだ」


 研究室を出て、少し進んだところで教員に呼び止められる。

 いつもはこんな所に誰かがいるなんてことはない。あの研究室は使われてなければ、この階そのものが倉庫のような使われ方をしている。 


「何もしてません。適当に歩いてただけです」

「そんな嘘、通じるとでも……貧民の生徒か」


 振り返ったおれを見て、教員の男は顔をしかめた。


「信じてもらえなくてもいいです」

「ああ信じないとも。貧民の言うことが信じられるとでも?」


 全員が全員そうとは思わない。

 だが、この教員のように話の通じない人間がここにはいる。


「もう、授業が始まるんで」


 おれは教員に背を向け、歩き出す。

 初めからまともに対話する気のない相手と話しても時間の無駄だ。


 大企業による出資で創設されたアカデミーはサイバーシティ一の教育機関とも言われる。卒業出来れば大企業への就職が約束され、学歴として海外でも大きなアドバンテージとなる。


 事実、講義の内容は最先端を行っている。中でもテック工学については他の教育機関の追随を許さないほど、教員や機材ともに優れている。


 しかし、それは表向きなものだ。

 アカデミーへ通う生徒の大半がサイバーシティに本社を置く、企業子息や令嬢たちだ。おれのように入試を受け、入学する人はほとんどいない。単純に入試の難易度もあるが、それを上回るくらいに学費が高い。


 アカデミーは学力よりも財力がなければ入学出来ない。


「セーバルさん、遅刻です」


 教室の自動ドアが開くとホログラフィックで形作られた人形ひとがたの人工知能———リマインドからの叱責が飛ぶ。


 人工知能リマインドを中心とし、囲うように設置された椅子に生徒が目を閉じて座っている。基礎的な講義は全て人工知能リマインドによる仮想空間上で行われるからだ。


 叱責に対して返す言葉はない。

 黙って座席に着く。

 肘掛けに備え付けられたハイエンドインターフェース―——HEIケーブルを伸ばし、手首の入力端子に差し込む。


 テック工学の飛躍的な発達と共に人類は進化した。


 所謂、サイボーグと呼ばれるものだ。身体改造が普通となるサイバーシティでは中枢管理ウェアを移植インプラントしていない人間はいない。お金のないおれでも、旧式ではあるが埋め込んでいる。


 中枢管理ウェア――—テック管理及び総合システムウェア。脳と脊髄を中継し、首裏に埋め込まれる。また同時にHEIによる出力を受ける入力端子を手首に移植インプラントする必要がある。


 HEIケーブルから送られてくる情報を中枢管理ウェアが処理し始める。

 生徒全員の侵入ダイブを可能とする仮想空間の構築は膨大な情報量となる。旧式の中枢管理ウェアではかなりの負荷が掛かってしまう。


 中枢管理ウェアの移植インプラントされた首裏にちょっとした熱を感じる。


 大企業による出資、大企業による技術提供によって、この仮想空間上での講義は実現している。技術力で言えば最先端を行く。そんな代物なので旧式の中枢管理ウェアだと処理しきれない時がある。


 しばらくして首裏に感じていた熱が収まる。


 エラーコード:113


 これも何度目になるだろうか。

 中枢管理ウェアへの過負荷が原因で起こる。移植インプラントされた中枢管理ウェアは熱を持ち過ぎると一部の機能を停止し、過熱化オーバーヒートを防ぐシステムが備わっている。


 手首からケーブルを外す。

 この椅子は座り心地が良い。大手企業の子息・令嬢が通うだけあり、こういった細かなところにも抜かりがない。高い天井には星間投射がなされ、昼間なのに満天の星空が広がっている。


「エラーですね、セーバルさん。テイクドックへ連絡を入れておきます」


 人工知能リマインドが気付かなければ、ここで眠ることも出来ただろう。


「……直して来ます」

「次の講義には間に合わせてください」


 満天の星空と椅子の座り心地は惜しいが、立ち上がって教室を後にする。


 アカデミー内には優秀なテイクドックが雇われている。旧式であろうと中枢管理ウェアの不具合を修理してもらえる。

 いつもはそこへ行く。

 けど、今日は少しサボりたい気分だった。

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