第44話:ねこ晴子

 学校での休み時間中の出来事だった。いつものように千葉&天王寺と一緒に雑談していた。


「晴子ちゃんの様子はどうなんだ?」

「やっぱりまだ心配だなぁ……」

「大丈夫。もうすっかり元気になってるよ。1人で買い物にいけるようになったしな」

「そうか。そりゃよかったな」

「これもお前らのお陰だよ」


 本当に数日で治るとは思わなかったしな。それも皆が協力してくれたお陰だ。


「いやいや。ボク達は大したことしてないよ」

「それでもさ、感謝してるよ。俺1人だと手詰まりだったからな。マジでサンキューな」

「よせよ、照れくさいじゃねーか。困った時はお互い様だろ」

「だよね。無事に晴子さんも復帰したことなんだし、そこまで気にすることないよ」

「しかしだな……」

「まったく。出久保は変なところで真面目だよなぁ」


 ため息をはきながら頭をポリポリとかく千葉。

 そんなに変なこと言ったかな……?


「んじゃ、今度ジュースでも奢ってくれよ。それでチャラな」

「へ? そんなんでいいのか?」

「うん、ボクもそれでいいよ。だからこれで終わりってことで。ね?」

「…………」


 いかんな。晴子だけじゃなくて俺まで弱気になってたみたいだ。少し堅くなりすぎてたみたいだ。

 こいつらに相談してよかった。持つべきものは親友だな。


「……にしてもよ。さっきからやけにいい匂いがしないか?」

「あっ。実はボクも気になってたんだよね」

「そうか?」


 そういやほんのりといい香りが漂ってる気がしなくも無いような……


「クンクン……これ、出久保から匂いがするぞ」

「えっマジで?」


 慌てて自分の服を嗅いでみる。

 どうやら香りの発生源は俺の制服みたいだった。


「本当だ。なんでこんないい香りがするんだろう?」

「……いやまて。この匂い、どっかで嗅いだことがあるような……」


 んん?

 千葉が嗅いだことのある匂いだと?

 どういうことだ?


「…………あっ! 思い出した! これ香水の匂いだ!」

「こ、香水?」

「た、確かに……言われてみれば香水っぽい香りかも」


 なるほど。謎の匂いは香水だったのか。

 ……ってまて。俺はそんなものしてないぞ。というか買ったことすらないぞ。

 どうしてそんなものが俺の制服についてるんだ……?


「しかもこれ女用の香水だぞ!」

「おいおい。そんなことまで分かるのかよ」


 犬みたいな奴だな。


「間違いないと思う。姉貴が似たような香水持ってたからな。どっかで嗅いだことがあると思ったんだよ」

「な、なるほど……」

「でも……なんでそんなのが俺の制服についてるんだ?」


 いや、一人心当たりがある。女用の香水を持ってそうな奴が。

 そう。晴子だ。こんなことするのは晴子しかいない。

 どういうわけか、あいつの持っているであろう香水が俺の制服についてしまったんだろう。


「さては……お前、晴子ちゃんが弱ってるときに、抱きついて変なことでもしたんだろ! その時に匂いが移ったんだな!」

「はぁ? んなことするかアホ!」

「いやいや、いくらなんでもそんなことしないでしょ!?」

「だったらなんで香水の匂いが付いてるんだよ!?」

「知るか! 俺が知りたいわ!」


 本当に知りたい。

 仮に晴子が香水を持っていたとして、何で制服にまで匂いが付着してるんだろう。

 もしかして嫌がらせか?


「白状しろ出久保! 晴子ちゃんに何をした!?」

「だから何もしてねーっつってんだろ!」

「ちょ、ちょっと! 2人とも落ち着いて――」


 結局、休み時間が終わるまで千葉に尋問され続ける俺であった。

 晴子め、帰ったら覚えてろよ……




 学校も終わり、急いで帰宅して部屋に向かった。

 ドアを乱暴に開け、寝そべってる晴子に前に立つ。


「ん? なんか用か?」

「おい晴子! お前のせいで酷い目にあったんだぞ!」

「……は?」


 目を丸くしキョトンとする晴子。


「いや、意味分からん。オレが何をしたってんだ?」

「とぼけんな! お前が変な香水つけたんだろ!?」

「………………あーはいはい。そういうことね」


 さすがもう1人の俺。こういう時は理解が早くて便利だ。すぐに状況を把握したようだ。


「いやぁすまんすまん。悪気があったわけじゃないんだ」

「だったら何でこんなことしたんだよ。つーか香水とかいつ買ったんだよ」

「買ったわけじゃないんだ。無料で配ってたサンプル品を貰ったんだよ」


 そういや化粧品売り場で配ってるのを偶に見たことがあるな。そういう所で貰ったんだろう。

 というかこいつはそんな場所まで行ってるのか……


「んでどんな香りがするか気になってな。服につけて試したかったんだよ」

「だからって制服で試すなよ……」

「すぐ近くにあったもんでな。ついやっちゃったんだよ。そういや着ていくのは春日の方だったな。悪い悪い」


 この野郎……全然反省してなさそうな態度で謝れても余計ムカつくだけだっての。


「やっぱ千葉あたりから何か言われたのか?」

「その通りだよ。俺が晴子に何をしたのかしつこく聞いてきやがるんだ。ったく、違うって言ってるのに……」

「なるほどねぇ」


 とりあえず説得して帰りまでには収まっていたが、それまでが面倒だった。


「天王寺が千葉を止めようしたお陰でなんとかなったけど……」

「あいつも苦労してんな」

「それに美雪にまで変な目で見られたし、ほんと最悪な一日だったぞ……」


 美雪は直接聞いてくることは無かったが、話しかけてもそっけない態度だったからすごく居心地が悪かった。


「………………………………へぇ」

「マジ勘弁してくれよ……」

「…………」

「おい、聞いてんのか?」

「……ん、ああ。だからごめんって」


 本当に反省してるんだろうか。

 まぁいいや。もう終わったことだし、これ以上責めても時間の無駄だ。原因も判明したしな。


 今日は色んな意味で疲れたし、漫画でも読みながら休もう。そう思い本を手にとってベッドの上に座った。

 しばらく漫画に没頭していると、すぐ隣に晴子が座ってきた。だけど構わず集中することにする。

 そのまま無視していると――


 スリスリ


「……なにしてんだ?」

「気にするな」


 晴子が体を擦り付けてきたのだ。

 何を考えてるんだこいつは。訳分からん……


「いやいや、さっきの話聞いてたか? 匂い移るからそういうのやめろっての」

「んー」


 スリスリ


「おい、晴子。だからやめろっての。つーか意味分かんねーよ」

「んー……」


 駄目だ……全然止めようとしてくれない。

 というかなぜこんなことするんだ?

 嫌がらせにしては地味だし、行動原理がマジ分からん。

 今日の晴子はいつも以上に変だ。まるで猫みたいなことしやがる。


「猫かお前は」

「…………」


 たぶん逃げても無駄なんだろうな。ならば放っておくか。無視していればその内飽きるだろう。

 とりあえず漫画の続きでも――


「そんなことないにゃん」


 …………


 んんん?

 おかしいな。今ありえないセリフが聞こえたぞー?


「は、晴子? 今のは一体……」

「ん?」

「…………」

「…………」


 ……気のせいだよな?

 うん。きっとそうだ。間違いない。

 色々なことがあって疲れてるからな。そのせいで幻聴が聞こえたようだ。いくら晴子でもそこまでアホなこと言うはずがないだろうしな。

 今日は早めに寝よう。そうしよう。

 明日になればきっと疲れも取れて――


「何でもないにゃん!」


 …………


 晴子が壊れた……


「なぁ。だ、大丈夫なのか? どこか具合でも――」

「大丈夫にゃん」


 おいおい。どうしちゃったんだよ。さすがにここまで馬鹿なことをする奴では――


 ああ。そういうことか。もしかしたらこうなった原因は俺にあるかもしれない。やっぱり短期間で男性恐怖症を克服させるのは無理があったんだ。

 そうだよな。本来ならばトラウマで家に引き篭もってても不思議じゃないもんな。なのに俺が無理に外に連れ出したりしたからか、精神的におかしくなってしまったのかもしれない。


 しばらくは優しく接してやろう。を見て強く心に誓った。


 ごめんよ晴子。無茶したせいでこんなことになるなんて。

 でも大丈夫。安心してくれ。

 俺がきっと元通りに――


「にゃんにゃんっ♪」


 …………………………やっぱり手遅れかもしれない。

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