第29話:入れ替わり?
「おい――きろ、―――子」
なんだよ……もう少し寝かせろよ……
「さっさと起きろ。いつまで寝てるん―――子」
うるせーな。起きればいいんだろ。
「おい!
「わかったっての……」
ゆっくりと上半身を起こし、アクビをしながら軽く目を擦る。
「ったく……今日は休みなんだからもう少し寝かせろよな……」
「何言ってんだ。お前が買物に行こうって言ったんじゃねーか」
……そんなこと言ったっけ?
いや待て。晴子の声がおかしい。なんというか男のように低い声だ。
さすがに変だと思い、隣に振り向いた。
するとそこには――
「……な、なんで俺が居るんだよ!?」
「はぁ? 意味わかんねーよ」
そこには晴子ではなく、〝俺〟が居たのである。
「お、お前誰だよ!? 晴子はどこいったんだよ!?」
「……寝ぼけてるのか?
「へ?」
どういうことだ……?
ふと、気になって自分の体を見下ろす。胸元には二つの膨らみがあった。まさか――!
急いで手鏡を取り出し確認する。
そこに映っていたのは〝俺〟ではなく――
「は、晴子になってる……!?」
「大丈夫か? まだ寝ぼけてるなら顔でも洗って来いよ」
……ははーん。解ったぞ。
これは夢だ。
試しに頬を
うん、痛くない。夢だなこりゃ。間違いない。
「おい聞いてるのか?
「……ああ。悪い。少し混乱してたみたいだ」
目の前には俺の――春日の姿をした人物が居た。
なるほど。今の俺は晴子になってるってわけだ。春日と晴子が入れ替わってるということか。
だけどなんというか、俺が俺に向かって晴子と呼んでいるのはすごい違和感があるな。……ええい! ややこしい!
「えーっと、それで何の用だよ。晴――じゃなかった。春日」
「だから買物行くんだろ? さっさと支度しろよ」
「あー……そうだったっけ?」
「おいおい。しっかりしろよ……」
しかしなんつー夢だ。まさか俺達が入れ替わるなんてな……
まぁいいや。どうせ夢だし。楽しむことにしよう。
とりあえず着替えよう。そう思い上着を脱いだ。
「ちょ……いきなり脱ぐんじゃねーよ!」
「何だよ突然叫んだりして」
何故か春日は顔を赤らめてそっぽを向き始めた。
「と、とにかく! オレは先に下で待ってるからな!」
言い終わると同時に部屋から出て行ってしまった。
なんであいつは慌ててたんだ?
服を着ようとしたときに気付く。
……そういや今の俺は晴子だったな。つまり上着を脱いだら下着姿になるわけだ。そうなると当然、ブラを着けただけの格好になる。そんな俺の姿を見たから春日は慌ててたんだな。
ふーむ……
着替え終わり、玄関で待っていた春日と一緒に出かけることにした。
隣には春日が居て一緒に移動中である。
しかしなんというか、変な気分だ。俺の姿をしたやつが、普通に動いているだけですごい違和感がある。自分が写っている動画を見るのとはまた違う感じがする。双子の人はこんな心境なんだろうか。
「……なんだよ。オレのことジロジロ見たりして」
「い、いや。なんでもねーよ」
「……?」
うーん。やっぱ不思議な感覚だ。どうも慣れない。
………………そうだ!
晴子がやってたことを思い出し、それを実行してみることにした。
春日の腕に抱きつき、胸を押し付ける。
すると――
「お、おい! 何するんだよ!?」
「ん~? 別にいいじゃねーかよ。こんな風に抱き付かれたこと無かったくせにぃ~」
「そうじゃなくて……! 当たってるって……」
「何がだ?」
「だ、だから……」
……何これ。超面白い!
相手が俺だからな。何をどうすればどんな反応するか手に取るように分かる。
まー確かにこれは楽しいな。もてあそびたくなる気持ちもよく分かる。しかも遠慮する必要も無いしな。
春日が顔を赤らめて取り乱す姿を見ると、笑いが止まらない。晴子の奴め、いつもこんな気分だったんだな。道理でいつもからかってくるはずだ。
「くっくっくっ……」
「ったく……」
分かりやすいなーこいつ。
どうせ今頃、『くそっ晴子め、いつもからかいやがって……! それにしてもムカつく笑顔だ』なーんて思ってるんだろうなぁ。
「早く行こうぜ。春日」
「わ、わかったから離れろって!」
あー楽しい。愉快愉快。いつでも遊べるおもちゃを手に入れた気分だ。
案外この姿も悪くないかもな。しばらくは退屈しなさそうだ。
春日で遊びつつ歩いていると、離れた所に美雪が居るのを発見する。
「おーい美雪ー!」
「……はる君?」
「偶然だなこんな所で会うなんて。買物帰りか?」
「うん」
美雪は重そうな買物袋を両手で持っていた。
「ずいぶんと量があるんだな……そうだ! オレが家まで持っていってやるよ」
「……いいの?」
「ああ。いつものお礼みたいなもんさ」
さすが俺。予想通りの行動をしてくれる。
「悪いけど晴子は一人で買物いっててくれ。オレは美雪を送っていくからさ」
――――え?
「んじゃ行こうぜ。美雪」
「うん……ありがと……はる君」
まてよ……
「じゃーな。晴子」
「またね……はるちゃん」
おい……なんで
春日は俺だぞ――
「ま、待てよ!」
どんどん離れていき、二人の姿が小さくなっていく。
手を伸ばし近づこうとするが、なぜか一向に距離が縮まらない。
「待てってば! 美雪!」
そうか。俺は晴子なんだ。
だから美雪が春日を選ぶのは当然で……
違う!
春日は俺だ!
くそっ!
なんで近づけねーんだよ!
「美雪! 美雪ぃぃぃぃぃ!」
二人の姿が見えなくなり、視界が真っ白に染まっていく――
「――ッ!?」
ここは……俺の部屋か。よかった……
それにしても変な夢だったな。
「大丈夫か? うなされてたみたいだけど」
隣には晴子が心配そうに見つめていた。
「いやな、すげー変な夢見ちまったんだよ」
「ふーん? どんな夢だったんだ?」
「んーと……」
あ、あれ? 何の夢だったんだっけ?
「……思い出せん。何で覚えてないんだ……」
「おいおい」
「うーん……」
必死に記憶を探るが、一向に思い出せなかった。
「すごく楽しかったような……とても悲しかったような……」
「夢なんてそんなもんだろ」
「んー……」
スッキリしない。モヤモヤする。
起きた直後は覚えてた気がするんだけどな。
うーん……まぁいいか。どうせ夢だし。
時計を見ると丁度いい時間だった。すぐに起き、朝食を作るべく部屋から出ることにした。
食事をする頃には夢のことはすっかり忘れ去っていた。
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