第11話 担任和泉灯

 地学準備室の教員用の座席には白衣を纏った和泉灯が鷹揚に座っており、その前に生徒と部外者が並んだ。

「やっぱり、一騒動になったか」

 四捨五入して三十路になるにしては童顔。ゆるゆるとしてけだるそうな口調のせいか女性にしては声が低く聞こえる。和泉は二人の顔を窺う。

「校門の辺りでキョロキョロとしている姿を見かけてな。それで招いたんだ。サワ君から事情は聞いた。外国から日本のことを知りたくて来たそうじゃないか。校長には話しを通しておいた。んで、しばらく通学を許可してもらったから」

「先生、そりゃ……」

「龍宮、お前の家の隣なんだってな。若いお嬢さんなんだから、日本文化に馴染めるように、変な輩に巻き込まれんように、面倒見てやればいいだろ」

 謙吾の抵抗を途中で遮ったそれは指示という体裁だが強制であった。他のクラスメートとは違いまだ三ヶ月しか経っていないけれども、この教員がどういう個性かは十分に知っているつもりだ。

「じゃ、そういうことだ。解散」

 話しをまとめられては退出する他にない。

 謙吾にとっては、ただサワの来訪が許可されただけで、思春期真っ盛りのクラスメート達が興味をそそられているだろうアクシデンタルな教室の出来事の解決とかは一切合切、横に置かれたままだった。

 サワがホームステイ的にやって来た外国人であり、謙吾と雪花と面識があるとして、クラスメートの関心を押し切るしかない。ただ、

 ――何で、沖水のこと知ってるようだったんだ?

 クラスでも目立たない女子。謙吾もこれまでは挨拶や一言二言を何度かしただけの女子。休み時間には席で本を読んでいて、昼食もどこかへ行ってしまっている、とにかく一人のことが多い女子。部活にも入っていなかったらしく、すぐに帰宅する姿はよく見ていた。他の女子とも盛り上がる話をしている場面を見たことがなく、最低限の関わりしか持っていないようだった。その女子にサワが声をかけた。それを何か因縁があるのではと勘ぐるのは、当然であった。

 ――よもや沖水がかつてサワを釣り上げたことがあって……。いや、待てよ。あるいは……

「なんだ? 私の顔に何かついておるのか?」

 サワに言われて、自分が彼女を窺っていたと気づき、謙吾は少し居心地の悪いのを感じた。イルカが正体のサワと大人しいぼっち女子との関係にそそられている自分と、謙吾とサワに興味を持っているクラスメート達、その相似関係に気付いたからである。

「なんでもねぇよ」

 誤魔化すように短く言い切り、頭を掻いた。

セミの鳴き声はけたたましく続いていた。謙吾はそれがウザったく聞こえた。

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