第15話 科学

 昨日はここの部屋を借りて寝ることになった。だが、あまり眠れなかった。司令官さんが言っていたことが頭の中でずっとぐるぐるしていたのだ。死んでしまった魔法少女たちを思うと、胸が痛くなる。

 今日は怪人が出た時に備えて待機を命じられている。私はテレビで天気予報を見ながら、何も手につかずに部屋でボーッとしていた。


「琴音、しっかりして」

「ヴァイス……」

「今琴音がしっかりしないと、他の魔法少女が心配するよ」

「そうだね……。ごめん……」


 ダメだなあ……私。あまり気にしすぎるのも良くない。昔からの悪い癖だ。他人の苦しみに共感しすぎてしまう。

 時計を見ると、ちょうど10時を指している。


「……先輩たちは今何してるの?」

「奈々美は筋トレ、瑠夏はお菓子食べてるよ」


 何というか、イメージ通りというか、緊張感ないな……。まあ二人とも戦いの時は違うんだけど。


「琴音、やっぱり気になる?」

「うん……。昨日聞いたあの話……」


 私は不安をヴァイスに吐露する。ヴァイスは私の目の前で座り込んだ。猫らしく丸まって。


「魔法少女は死ぬことがあるってこと?」

「うん……」


 あまり考えたくはないが、そうだとしたら恐ろしい。魔法少女といえども私はただの人間だ。もしエンデ・シルバーの幹部が強くて、負けそうになったら……。想像しただけで悪寒が走る。


「なんで私たちが命を懸けて戦わないといけないの!? おかしいよ!」


 つい机を叩いて大声をあげてしまう。おかしいな、私。なんで怒ってるんだろう。


「私、怖いよ……。自分が死ぬのもそうだけど……」


 声が震える。涙で視界がにじむ。


「自分以外の魔法少女が死んでいくなんて嫌だ! みんな……、みんな死んじゃうんだ……!」


 涙で前が見えない。私だって死にたくない。だけど私以外の魔法少女が死んでしまうのはもっと苦しいことな気がした。


「……そうだね。琴音が言う通り、魔法少女には危険が付きまとう。僕みたいな魔物はともかく、ただの人間の琴音にとってこんな危険な戦いは間違ってるのかもしれない」


 ヴァイスは私の涙をそっと拭ってくれた。


「だけど魔法少女には使命がある。だから頑張ってくれるかい?」


 ヴァイスは私に優しく語り掛ける。使命か……。魔法少女になったからにはその責任があるのだろう。でも私はどうしても納得できない。


「ねえ、ヴァイス……」

「ん?」

「私たちにしかできないことなの……?」

「エンデ・シルバーの怪人は物理的な攻撃が効かない。警察も自衛隊も手が出せないから、僕たちにしかできないんだよ、この仕事は」

「……」


 そう言われてしまうと、黙り込むしかない。それに反論できるほど私は頭がよくないし、明確な理由もない。でもやっぱり納得はできなかった。


「気が進まないけど……、やるしかないってことだよね……」

「分かってくれたみたいだね」


 分かったかと言われれば、どちらかと言うと分かっていない。分かったことにするしか、今私にできることはなかった。

 11時を回ろうとしていた。このまま何事もなく終わればいいのだが、当然ながらそう上手くはいかない。


『怪人が街に出現した。各員、指示された場所へ向かえ!』


 通信装置に出動命令が届く。とうとう来たか……。地図を見ると、赤澤先輩、青山先輩とは違う場所へ配属されている。つまりは私一人で戦わなければならない。


「行こうか」

「……うん」


 ヴァイスに促され、部屋の隅にあるワープ装置に乗る。崩壊した東京へ、いざ出発。


 ☆


 私が派遣されたのは、東京駅周辺。他のエリア同様、瓦礫が散らばり道路には穴が空いていた。


「先輩たちのいるところとはだいぶ離れちゃったな……」


 私は辺りを見渡す。しかし怪人の姿は見当たらない。


「もう少し歩いてみようか」


 ヴァイスも私と一緒に辺りを警戒する。少し歩いて広い道路に抜けたところには機械化された戦闘員たちが大勢いた。


「たくさんいるよ……」

「うん、これは骨が折れそうだね」


 戦闘態勢に入る。先手必勝だ。私はシュバルツを取り出し、戦闘員の集団に突撃した。

 戦闘員は数こそ多いものの、それぞれはあまり強くない。シュバルツでなぎ払って一斉に倒していく。


「えい!」


 戦闘員は怪人と違って喋らないから、逆にやりづらい。ぐわー、とか言ってもいいのに。ひたすら倒す倒す。しかしなかなか終わりが見えない。


「まだいるのー!?」


 どこから湧いて出てくるのか分からないが、倒しても倒しても新たな戦闘員たちがやってくる。もう100人は倒したはずだが……。さすがに疲れてきた。終わりの見えない戦い。不安を感じつつも、ひたすらシュバルツを振るう。

 300人ほど倒したところ、ついに戦闘員は現れなくなった。


「やったの……?」


 だがまだ気配を感じる。見上げると、壊れかかった看板の上に少女が座っていた。


「なかなかやるわね、魔法少女」


 緑色の髪はツインテールにしており、白衣のようなものを羽織っている。右腕には私同様、ブレスレットが装着されていた。頭にはゴーグルをつけており、見るからに科学者といった感じだ。


「あなたは何者なの……?」

「私はエンデ・シルバー幹部……、グルーン・サイエンスよ! 覚えておきなさい!」


 グルーン・サイエンスと名乗る少女は白衣を翻しながら飛び降り、私の前に立つ。この少女がエンデ・シルバー幹部!? そういえば、以前司令官さんが言っていた。幹部には私と同じくらいの歳の人もいると。


「あなた……、なかなか強い魔力を感じるわね。私の部下にしてあげたいくらい。だけどあなたは魔法少女。敵は始末するわ」


 そう言うと、彼女はどこからともなくフラスコを召喚した。その中には緑色の禍々しい液体が込められている。


「【ポイズンフィールド】」


 グルーンが詠唱するとともにフラスコから液体が飛び出る。その液体は勢いよく吹き出し、地面に広がった。これは間違いなく毒。その見た目は恐ろしく、触ったらどうなるかを予感させる。この技によって私が踏める地面は限られてしまった。


「さて、ここからよ」


 右腕には鋼鉄のアーム、左腕には光線銃が装着される。

 次々と放たれる緑色の光線。地面に当たると、その跡が焦げていた。それをかいくぐりながら、私はグルーンに近づく。


「くらえ!」


 シュバルツを振り下ろす。しかし相手も悪の組織の幹部。すぐにはやられてくれない。右腕のアームで防がれた。


「ぐっ……」


 しばしの睨み合い。互いの力は拮抗していた。金属がぶつかり合う音が響き、火花が飛び散る。

 少しずつ押し負けてきた。すぐ後ろには毒の床が。これ以上力勝負を続けていると、毒に足を突っ込んでしまうだろう。


「くぅっ……!」


 私は思わず声を上げる。やはりグルーンの方が力は上のようだ。


「やるわね……。張り合いがある方が好きよ。でも、いつまで耐えられるかしら?」


 グルーンの力がさらに強くなる。毒の床はすぐそこまで迫る。


「まだ……、負けない!」


 何とか押し返した。戦いは振り出しに戻る。


「なかなかやるわね……。それなら!」


 グルーンは再びフラスコを召喚し、緑色の液体を噴出させる。だがさきほどと違うのは、その液体の粘り気。


「【スライム】!」


 どろどろしたスライムが意思を持ったかのように動き出し、地面を這い回る。さらに足元が悪くなった。


「避けられるかしら!」


 さらに光線銃での砲撃が激しくなる。光線を避けることばかりに気を取られてスライムや毒の床に足を取られそうだ。

 踏める地面はもはやほとんど残っていない。さきほどのようにグルーンに近づくことができず、避けてばかりになってしまう。

 さすがはエンデ・シルバーの幹部。単純な戦闘力だけでなく、戦略の面でも強いようだ。


「このまま毒の床に沈めてあげるわ!」


 次々と放たれる弾幕。だんだん避けきれなくなってきた。

 私の脇腹に光線がかすめる。


「痛っ!」


 思わず後ずさりしてしまう。そして足元の光景がさらに絶望させる。


「スライムが……」


 足にまとわりついて動けない。そうしている間にもグルーンがアームを大きく振りかぶっている。

 私の腹部に強烈な一撃が打ち込まれた。


「……!」


 重たいパンチで吹き飛ばされ、後ろのビルに激突。声を上げることもできない。グルーンは私のもとにゆっくりと歩いてくる。


「自分の無力さを理解したかしら? 死にたくなければ一つ取引をしましょう」


 グルーンは不敵な笑みを浮かべる。


「私は決して魔法少女が憎いわけではないの。ただ、計画のためにはあなたたちの魔力が必要なの」


 手を掲げて話し続ける。


「あなたの魔力をくれたら、命だけは見逃してあげる。どう? 悪い話ではないと思うけど」


 心臓が揺れるような感覚が走る。きっと彼女は世界征服のために魔力を使うのだ。

 自分だけの保守のために世界を危険に晒すか、命を懸けて目の前の敵に抵抗するか。

 答えは決まっている。

 シュバルツで体を支えながら立ち上がる。そしてグルーンに向かって叫ぶ。


「私は魔法少女……。世界の平和を乱すやつは……、許さない……!」

「死を選ぶのね……。それがあなたの選択なら仕方ないわ。消えなさい」


 ああ……、言ってしまった。このまま私は死ぬのかな……。

 いや、そうはいかない。必ず、生きて帰らなければ。

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