第17話 ナナヨさん

 

「仕方ない」


 僕は舌でバダガリの足首を掴みブラブラさせてつった足をほぐした。

 え?男にそんなことするのは嫌じゃなかったかって?意外と毎日バトルをしている内に慣れてしまったんだよねえ。でも「のみこむ」のは絶対に嫌なのは変わらないぞ。


 そうこうしている内に出発の時間になった。

「よし、じゃ行こっか!」

 ライラが元気に合図した。


「おい、ま、待て!まだ俺の足が回復しねえ!」

 ライラが呆れたように言う。

「何やってんのさバダガリ。もうそろそろ出発しないと遅れるよ!」


「あ、わ、私ヌメタローさんに教えてもらってちょっとだけ回復魔法使えるようになったので……い、いきます!」

 アルが珍しくバダガリ君に魔法を使うという。おお、ちょっとだけいい関係になったね!いいぞー。


「ヒール!」


 アルが魔法を唱えると額に回復魔法の紋章が浮かび上がる。と同時に黄緑の光がバダガリの足を包む。

 その状態が少し続いた後、バダガリは飛び上がった!


「おおっ。すっげー!速攻で回復したぜ!!サンキューアル」


 バダガリは嬉しそうにアルに感謝し歩き始めた。これは良い兆候だ!出来ればバダガリはアルに回復してもらいたかったからだ。でなければ僕が「まきつく」のスキルで回復させるしかなくなる……。あんまり身体を密着させるような回復術は使いたくないんだ。

 というわけで今後も頼むぞーアル!



 ――そしてやっと僕らは出発した。


 新生イグドールの本部があるロンロンという町についたのは昼を過ぎた頃だった。

 ロンロンはトッスよりちょっと小さめの町だがそこそこ人の往来があるようだった。



 僕達は町につくなり人に囲まれた!


「あれは!……イグ様!?」

「あ、あなた達!そちらの蛇は一体何者ですか?」

「おおーなんということだ!この方はイグ様の生まれ変わりかも知れぬ!」

「あの潤いを閉じ込めたような表皮……素晴らしいです!」

「鱗の光沢のなんと美しいことか!」


 等と色々と称賛に近い何かしらの言葉を投げかけられる。


 あれ?イグって散々悪さした邪神なはずなのになんでこんな崇められてるんだ?

 僕は不思議に思ったがまあそれもネールさんに聞いたらいいか、と考えてその場では何も言わなかった。



 ここでライラが見物人達に話しかけた。

「すいません。新生イグドール教団の本部に行きたいのですかどちらでしょうか?」


 すると、住民の皆さんは揃って「あちらです」と指差して応えてくれた。


 広めの一本道を歩いていくと、周りの家々の入り口付近には高確率で僕の彫刻や銅像が設置されていて、「ようこそ、イグ様!」などと書かれた看板まで目に入った!

 僕は正直いって困惑していた。何だろうこの歓迎ムードは?……僕はうっすらと恐怖すら感じるのだった。



 しばらく歩くと一目でそれと分かるような建物が見えてきた。で、でかい!

 早速門を開け中に入りしばらく奥へ進んだところで意味ありげなオブジェを発見した。


「何か書いてあるぞ?あそこに」


 バダガリ君が指摘した先には文字が彫られた石版が地面に設置されていた。そして、



 ――イグは邪神から平和の象徴へ――



 等と書かれていた。え、どゆこと?今の僕が平和の象徴??


「今のヌメタローさんは平和な感じがします。間違ってません!」


 アルは胸を張って石版に書かれた内容を肯定している。まあ確かに僕はのんびりしてて平和っぽいかも知れないけども……。うーむ、とにかくネールさんと会わないと何も分かんないね。

 とか考えていると、女の人の声がした。



「こんにちは。ようこそおいでくださいました。私が新生イグドールの教主。ネールです」



 僕達は道の奥から歩いてくる一人の女性に釘付けになった。とても美しい女性でどことなく浮世離れした印象を受ける。

 へー、この人がネールさんか!


 するとその女性は上品に微笑んで僕にこんな事を打ち明けてきた。


「久しぶりですね、タロー」


 え!?タ、タロー??……もしかしてそれ人間だった頃の僕の名前?

 ネールさんはまっすぐ僕の顔を見つめたまま、こう問いかけてきた。


「『ナナヨ』……という名前に覚えはありませんか?」


 唐突に出てきた異国的な名前に戸惑う僕。しかし僕のタローという名前もこの辺にはない感じだし。やっぱりこの人と僕は同じ所に住んでいたようだ。


 ネールさんは続けた。

「魔術研究所のギャバッド所長に聞いているとは思いますが、今の私は見た目はネールという魔術師です。しかし、中身は『ナナヨ』という人間です」


 あ!そうか。……所長から聞いていた通りネールさんの体に転生したのが――、このナナヨさんという人で間違いないようだ!


 僕は確認がてら彼女を中身の方の名前で呼んでみた。


「……へー、ナナヨさん……か」


 僕がそう呼びかけると、彼女は目を見開いて太陽のように嬉しそうな笑顔を見せた。と同時に僕は彼女の体全体からあふれるような明るい雰囲気を感じ取った。ああー、なんかいい感じの人だー……。

 そしてなんとなく察するのだ。僕はきっとこの人の恋人か何かだったと。


「……タロー、やっぱりあなたは変わってませんね」


 ナナヨさんは笑顔のまま言った。

「変わってない?人から蛇になったのに?」

 軽くボケてみる。

「もう!そういう事じゃありません。中身の話です」


 ちょっとむくれた顔で話すナナヨさんだったが、彼女が胸の前に手をかざすとその左右の手のひらの間に水晶玉のようなレンズが出来た。こんな魔法あるんだ!?


 そういえば所長が言ってたけど、ネールさんは転生魔法の様な特殊な魔法を使える人として昔から有名だったらしい。



「私、あなたの事ずっと見てました」


 僕はそのレンズのようなものを覗き込むと、そこには僕が映っていた。しかもそのシーンには見覚えがある、間違いない、昔の僕だ!

 するとナナヨさんはスタスタと僕の目の前まで歩いてきた。ん?


 次にナナヨさんは眉をひそめ、指を食い込ませるかのような勢いで両手で僕の胸元を掴んできた!え、なんか怖いんだが……??


 ナナヨさんは眉を吊り上げ、僕の顔を見上げる。


「わ、私というものがありながら何ですか!?色んな女性と、その……いやらしい事ばかりして――!!」


 ええー!?そ、そ、それってもしかして「のみこむ」の事?


「い、いや……あれはあの、違うんだ……」


 僕が言い淀んでいるとアルティーナが助け舟を出したくれた。


「あ、ヌメタローさんの『のみこむ』の事言ってるんですかー?あれは回復魔法なので全然いやらしくないんですよー!」


 アルティーナは笑顔で僕に代わってそう弁明してくれる。うおー!いいぞーアル、そんな風にもっと誤解を解いてやって!


 ナナヨさんはアルの方を向いてしっとりとした視線を送る。アルは続けて屈託のない笑顔でこう言った。


「ヌメタローさんの舌使い、すっごく気持ちよかったですー!」


 おおおおおおおおい!アル!!無自覚に人を煽るのは止めろ!


 僕はその時、僕の首元を掴むナナヨさんの手にかなりの力が加えられている事に気がついた。ひいいい……!!すごく効いていらっしゃる……!


 ナナヨさんはさっきまで怒っていたかと思うと今度は真っ直ぐに僕の顔を見つめて、



「他の人ばっかりずるいです!私も飲み込んで下さい!!」



 と言われ、僕は戸惑うと同時に凄く素直な人だなーと思った。あー、僕この人好きかも……。


「うん、僕は全然構わないよ!……でも、のみこむって僕を好きになる洗脳の効果もあるみたいなんだ。ナナヨさんはそれでも良いのかな?」

 ナナヨさんはムッとしていた顔をちょっと緩ませてハッキリと宣言した。


「私はあなたしか見ていないので、洗脳など無意味です」


 一切の迷いなくそう言い切るナナヨさん。なんか嬉しかった。


 僕の顔は今、ニコニコとしたゆるいモノになっているだろうな。これは多分本当に好きな人の前で見せる顔だと、自分の事ながらそう思うのだった。



「あ、そうだ。一つ言っておきます」



「何でしょう?ナナヨさん」


「あなたの『のみこむ』はお互いの精神にも作用するのでしょう?共に快感を共有出来るように。……なのであなたに飲み込まれている間、私は自分の記憶を思い返してみます。もしかしたら記憶を共有出来るかも知れません」


 ――記憶を共有!?……あ、確かにアルやライラの快感も共有出来たから、そういう事も可能かも知れない……!

 あ、もちろん全身ナメナメするのも忘れないよ?礼儀として。


「分かったよナナヨさん。楽しみだなー、どんな過去なんだろ?」


 僕が口を開けたときチラッと周りを見てみると、アル、ライラ、そしてバダガリ君までもが好奇の眼差しを注いでいた。なんか緊張するなあ。


 などと考えながら僕の大きな口はナナヨさんの足元までスッポリと包み込むのだった。


 パクー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る