第9話 アメリア

 

 怒りの表情で女子二人を睨みつけるバダガリと凛として睨み返すライラ。


「……まあまあ今は仲間割れしてる場合じゃないでしょ」

 いやー、割って入るのコレ何度目だろうか?


 僕はバダガリ君の首に舌を巻き付けて引っ張り二人をゆっくり引き離した。

 ライラとアルは相変わらず厳しい目つきでバダガリを見ている。


「フン!」


 憤慨するバダガリ。君はもっと落ち着いた方がいいね。


「あ、あの、本当に良いんですか?何と言えばよいか……とにかく感謝します!」


 ライラ達から受けたダメージがちょっと回復したらしい夫の方が謝辞を述べてきた。

「危険なはずなのに人の子供を助けようとしてくれるなんて、私からも感謝する。ありがとう」

 続けて妻の方も、まあ僕も子供は好きだしね。……変な意味でなく。



 ――そういうわけで僕とバダガリ君は夫婦に道案内をしてもらい、山の中へと入っていく。首元にくくりつけた皮の袋に偽の魔術書を忍ばせて……。


「しっかしよー。魔術書を盗んでその夜の内に引き渡させるとは……敵も動きが早えな」


 とバダガリ。確かにそうなんだ。相手は何か焦っているのかも知れない。それに高確率で敵が素直に子供を引き渡さない気がするので場合によっては戦闘になるかも……。


「ま、実際に会ってみないと何も分かんないね。ところで皆さん、相手の出方次第で作戦は変わるけど、一応さっき話した通りでいいね?」

「は、はい。頑張りましょう!」

「ふふふ、血が滾るぜ!!」


 皆さん気合は十分なようだね。よし!


 僕らは前を歩く夫婦について、しばらく山道を歩いていく。そういえばバダガリ君にちょっと気になっていた事を尋ねてみた。


「ところでバダガリ。キミ、強くなってどうするんだい?目標とかあるの?」

 バダガリはニカッと笑って答えた。


「目標?世界最強の人間になる事自体が目標だ!理由なんかねえ。最強ってのは男なら勝手に憧れるもんだ!オメーも男なら分かんだろヌメタロー?……まあ男っつーか雄か。ぶははははは」


 うーむ、まあ分からんこともないが……。

「子供なら分かるけど君みたいに大人になってもそう思えるのはある意味才能かもね、――ちなみに今後、僕とも戦いたかったりする?」


 もしそう思ってたら嫌だなあ。どうやってあしらおうか……。と考えていると意外な返事が返って来た。


「いや、俺はひとまず人類最強になりてえから蛇のオメーは後回しだ。それに恐らくヌメタロー、オメー相当強えだろ!?俺の勘が言ってるんだ、間違いねえ!」

 お、いいぞー。分かってるじゃないか!


「だから当面の目標はアイツだ。あの女!」


 女?僕は直感でライラが思い浮かんだ。しかしバダガリにすぐ否定された。

「ライラとかいう修道女の事じゃねーぞ。お前アメリアって魔術師知らねーか?」


 つい最近聞いた名前だなーと思うと同時に、憎たらしいサラとバルガスの姿が脳裏に浮かんだ。


「昔その女に魔法で手も足も出ずに負けちまってよ、悔しかったから何回も挑んではボコボコにされて、挙句ストーカーだとかで王室の騎士の奴らに捕まるしよ……屈辱だったぜ」


「……キミ昔からそんな感じなんだね」

 僕は呆れたが根性があると言う見方もあるのではないかと思ったり思わなかったり。


 そんな話をしていると夫婦の妻の方が口の前に人差し指を立てるポーズで「そろそろ待ち合わせ場所だ」と合図を送ってきた。


「………………」


 さっきまであれほどやかましく喋っていたバダガリはそこからピタッと何も言わなくなる。え……不気味なんだが?




「……!?」

「……」


 待ち合わせの大岩まで30メートルというところまで歩くと誰かの声が聞こえた。そして火魔法によると見られる明かりが灯っていた。


 あ!あれは……!?


「はー。こんな所で夜明けまで待たされますの?私早く帰りたいですわ。バルガス、椅子!さっさと出して!!」

「は、はい……」


 バルガス!?


「ねえサラ?この私が加入してあげたんだから今後必ずホーリーは有名になっていくわ。だから私達はもっと目立った行動をしないといけないと思うの。S級モンスターのいるダンジョンを攻略するとかね。なのに何?なんでよく分からない組織のお使いなわけ?バカじゃないの?」

「……くっ、アメリア。これは君が加入する以前から受けていた依頼だ……不服かも知れんが我慢してくれ」


 そしてサラ!どうやら今は依頼を遂行している最中のようだ――。今回の魔術書の件だとは思うけど一体どんな使なんだ?


「フンッ」


 アメリアはさっきまでバルガスが背負っていた椅子に足を組んで座り悪態をついた。さっきからめちゃくちゃ威張り腐ってんなー。

 ってゆーかなんで新入りのハズのアメリアにあんな風に良いように扱われてるんだ?サラもバルガスも先輩風を吹かせて新人はこき使ってやるとかなんとか言ってたのにアイツら……。


 ここでアメリアはやや面倒くさそうに任務内容を再確認した。


「……ま、いいわ。それで今回私はその夫婦の持ってきた聖魔法の魔術書が本物かどうか鑑定すれば良いのね?」


 サラはすぐ答えた。

「あ、ああ。頼むよ。その場ですぐ鑑定出来るのはアメリア、君だけなんだ」

「ホーッホッホッ!魔術書の鑑定なんて私にかかれば一瞬よ!」

 調子に乗るアメリアだがこの後サラが不穏なセリフを言った。


「問題はその時。夫婦が偽の魔術書を持ってきたり、入手に失敗し子供を返せと言ってきた場合――」


 それを聞いていた僕らに緊張が走った。


「適当に蹴散らせ!とのことだ」


 ……なるほど。つまり今回戦いは避けられないって事だな。

 夫婦の表情は当然ながら険しいものになっている。


 まああっちがそう来るならこちらもやるしか無い。

 それと、この場にイグドールの人間と人質の子供はいないのだろうか?いるとしたらどこに?それもコイツらから聞き出さなきゃ。

 しかしアメリアが加わったパーティー相手とはやりにくいなぁ……。


 そう思いながら隣を見ると今ちょうど話題にしていたアメリアが現れたことで、バダガリ君が瞳をギラつかせていた。


「出やがったなーあの女!……今に見とけ」


 と小声でつぶやいていた。個人的な因縁より作戦を優先してくれよ?



 しばらく奴らの様子を観察していたらアメリアが椅子から立ち上がった。

「あ……私(わたくし)ちょっとお花摘みに行って来ますわ。失礼~」

「あ、ああ」


 ん?こっちに向かってくるぞ!いや、どうしよう……。

 僕達四人は静かにアメリアの動向を監視した。彼女は横を通り過ぎ立ち止まって下着をずらし、それからしゃがんで用を足し始めた。

 周囲に液体がこぼれるようなサウンドが響き僕らはなんとなく背徳感に包まれた。

 バダガリも夫婦も複雑な表情をしている。


 僕はこの時【慧眼】でアメリアのステータスを確認した!


 [アメリア]

  種族:人間

  体力:88

  魔力:34954

 攻撃力:61

 防御力:45

 スキル:【魔導ブラスト】【対魔法・物理シールド】【オートヒール】……他


「あ、こりゃマズい。アメリアの魔法一つでこのメンバー(僕以外)全員一掃されてしまう……道理であの二人がヘコヘコしているワケだ!」

 僕はすごく小声でバダガリ達にそう伝えた。ちなみに僕が戦うのはやはり想定に入れていない。


 ここで焦った顔のバダガリが僕に聞いてきた。

「お、おいヌメタローお前アイツなんとか出来ねーか?アイツは常に防御シールドを張ってっから不意打ちも効かねえんだよ」

 そうなんだ……。

「アメリアさえ何とかなりゃー後の二人は俺達が倒してやる!なあ?」

「は、はい!」


 うーむどうしようか……。僕は考えてるうちにサラの言葉を思い出した。



 ――『大蛇のお前の姿が恐ろしすぎて加入を止めたとのことだ』――。



「そうだ、彼女は蛇である僕が苦手だそうなんだ。そこをついてみよう!」


 僕は皆に指示を出した。

 アメリアが僕に対してどんな対応を取るかで戦況は色々なパターンに枝分かれするが――。


「バダガリ君。それと後の二人。そっちは頼んだよ」


「っしゃ!任せろ。行くぞお前ら!!」

「はい」


 ――というわけで僕はアメリアに、三人はサラとバルガスの方にそれぞれ静かに忍び寄っていく。


 アメリアの方を見ると用を足し終えて下着を履き直しサラ達の方へ戻るところだった。よし、ゴー!!


 シュルシュルシュルッ!


 僕はアメリアを囲うようにぐるっと円状になった。ちなみに大蛇である僕の全長は20メートルを超える。まあもっと長くなることも巨大化することも出来るのだが普段はコレぐらいで十分だ。


「え!?何?誰!!?」


 アメリアも流石に何かの気配を感じ取ったようで警戒心をあらわにした。

 僕はそっとアメリアに後ろから近づいていく……。


 火の魔法で辺りを照らしたアメリアが後ろを振り向くとそこには僕の顔があった。


「やあ」


 引きつった表情のアメリアは叫び声を上げようと口を開けた。


「きゃ……――――――」

「おっと、静かに!!」

 ズルゥッ!!


 僕はアメリアの口に自分の舌をねじ込んで声を封じた!


 そして――。

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