第5話 バダガリ


「こっちだよ」


 僕とアルティーナはライラに修道院の中に案内された。


 正直僕は女性しかいないというこの場所に好感を抱いていた。経験上、僕に対する対応の差というのは男と女でかなり違うのだ。

 女性の場合、最初は怖がられるものの回復魔法を使ってあげるとすごく喜んでくれたりするのだが、男の場合「化け物め!討伐してやる!」などと無謀にもいきなりこの僕に攻撃してくることがある。


 僕は基本的に人間とは戦いたくないのだ。人間に敵意もないし取って食うわけでもないのに、挑んでくる男と戦って蹴散らした場合、勝っても負けても(負けることはないが)やってることは魔物と変わりない。襲ってくる男を追い払っているだけなのに下手をすればギルド等で賞金の出る「指定モンスター」扱いを受けるかも知れない。


 ――というわけでここは僕にとって安息の地となる予定だったのだ。しかし――。


「おいっ!なんでダメなんだよ!?俺ァだたここに『聖魔法』ってのを教わりにきただけだぜ?しかも男子禁制っつーから格好も女っぽくしてきてやってんのに何が不満なんだ?ああん!?」


 などと女装したつもりらしい大男が入ってすぐの大部屋の中央に陣取って叫んでいる。……はあ?僕はイラついた。


 その男は他の数十人の修道女に囲まれて非難の声を受けていた。


「いや、あなたどう見ても男でしょう!?」

「それにいきなり現れて聖魔法教えろだなんてふざけてますわ!?」

「早く出て言って下さい!」

「変質者みたいで怖いです……!」


 大男は様々な罵倒の言葉を全く意に介さず自己紹介を始めた。


「俺の名はバダガリ!世界最強を目指しこの世界を旅して回っている。最強の肉体を持ったこの俺がここの聖魔法も習得しちまえばますます最強って寸法よ!ぶはははは!!」


 何いってんだコイツ……僕は呆れて言葉を失った。


「おいアンタ!最強をめざしてるのか何だか知らないけどさ、ここはアンタみたいな無礼な奴が立ち入っていい場所じゃない。帰れ」


 ライラはそのバダガリと名乗った男に向かって堂々と立ち去るように命じた。


 ざわざわ……。

「わっ、ライラさんだ……!」

 ライラが帰ってきた事で他の修道女達に笑顔が見えだした。しかし普通の仲間の帰りを喜ぶような感じではなく、ちょっと照れたような赤い顔をして隣の誰かとヒソヒソと何か話をしている。

 んーこれはライラが人気あるってことで良いのかな?――しかもちょっと恋愛的な方向で。


 一方バダガリという男はこっちを振り向き、あろうことかライラの忠告を挑発とみなした。


「おー。威勢のいいねーちゃんが現れたじゃねえか!それはアレだろ?ここに居座りたきゃー私を倒してみろって事だろ!?フンッ、上等だ!やってやろうじゃねえか!」


 いかにも脳筋という感じのセリフだ。僕はやや憂鬱になりながらライラがどう答えるか見守った。


「ライラさん!こんな奴ボッコボコにしちゃって下さい!」

「そうですそうです!遠慮は要りません。あっちが悪いんですからー!」

 と、周りの修道女達も囃し立てる。全く皆さん調子のいい事だな。


「よーし、じゃあ俺が勝ったら俺に魔法教えろ!負けた出ていくからよう」

「お前が勝っても魔法を教えるかどうかは院長が判断するだろうさ。でもお前、今私に負けたらすぐに出ていけよ?」

「まあいいだろう。お前みてえな小娘にこの俺が負ける筈がねえからな!」


 バダガリとライラの間でそんな会話が交わされる。うーむ、この男おかしな奴だが少なくとも弱そうには見えない。

 ……一応【彗眼】で強さを見ておくか。


 [バダガリ]

 種族:人間

 体力:540

 魔力:3

 攻撃力:299

 防御力:253

 スキル:【バーサク】


 あ、やば。コイツ普通に強いぞ。しかもバーサーカーって……。あちゃー。


「はいはい、熱くなってるとこすいませんね~」


 僕はそんな二人の間に割って入っていった。本日二度目である。


「うおおお!なんだなんだ!?へ、蛇!?」


「きゃー大蛇が!!……え?喋ってる!?」

「ラ、ライラさん!逃げて下さい!!」


 周りの人達の反応はいつも通りだった。やれやれ。


「皆、落ち着いて。この大蛇はヌメタローという私の師匠だから。モンスターじゃないよ」

「え……!?」

 ライラがそう言ってくれたお陰でその場は一瞬で静まった。


 僕は渋い顔をしながら話し始める。

「バダガリ君よ。聖魔法が学びたいなら僕が教えてあげるからこの修道院からは大人しく出ていくんだ」


 これにはその場にいた全員が驚いたようだ。


「え!?ヌメ師匠……聖魔法使えたの?」

「うん、まあね」

「えっ!凄い……ヌメタローさん。何で言ってくれなかったんですかー?私も魔術師なのに」

 それまで黙っていたアルティーナも僕に疑問を投げかける。


 いや、本当は聖魔法なんて使えない。場を収めるための適当な嘘だ。


 前もちょっと触れたけど、僕は人前で魔法や格闘など戦っている姿を見せたくないのだ。

 なぜかと言うと僕が戦闘で力を示してしまうと「もうコイツ一人で良いんじゃね?」みたいな状態になりかねないからだ。非常に面倒くさいしパーティーにとっても堕落の一因になる。良いことなしだ。

 僕が「ヒーラー」という役割に拘っているのもそのためだ。

 そして尚且つ戦闘以外でも悪目立ちしすぎないようにする必要がある。でないと変な輩に目を着けられるかも知れないし――。

 ……そう思ってたのに、僕は今しっかりと変な男に目をつけられている。


「ま、まあ色々とあってね……」

 などとアルティーナには適当に誤魔化しておく。


 しかし僕が聖魔法を使えると言った事で、周りの修道女達がざわつき始めた。


「そ、そんなはずはありません!聖魔法は大聖女見習いの私達の間でしか詳細な使役法は伝わっていませんし。そもそも聖魔法の素質がある人間は10万人に一人と言われています。その……失礼ですが、そもそもあなた人間ですらないのでは?」


 まあ、見た目通り人間じゃないけどね。


「おうおうおう!お前……名前忘れたけど、蛇!お前ホントに聖魔法使えんのかよ!?ちょっと今ここで使ってみろ!!」

 そして今度は修道女達も僕に好奇の目を向ける。

「わ、私達も気になります……本当にあなた――ヌメタローさんが聖魔法を使えるのかどうか……?」


 うわー。この流れはマズイなあ。勢いで言っちゃったけどまずかったなー。

 ……しょうがない。一旦彼を連れ出して……よう。



「バダガリ君。君は何のために聖魔法を求めるんだい?」

 問われたバダガリは不敵な笑みを浮かべて答えた。


「フッ、俺は俺より強い奴がいるってのが不愉快でしょうがねえ性格でな、最初に俺はまず肉体を鍛え上げ上級モンスターさえも素手で倒せるまでに至った。じゃあ次は更なる高みを目指して強え魔法覚えてやんぜ!ってなった訳だ。そう思ってここに来た!」


 ほうほう、まあ分からなくもない。


「なるほどねー。君、結構向上心があっていいね。でも僕に言わせれば肉体的にもまだまだだよ」


 僕の分かりやすい挑発に乗ってくれるだろうか?……と思っていると――。


「おいっ。なんだテメェー。俺をバカにしてんのか??確かに魔法はまだまだだが俺の体は人類最強クラスなんだぞ!」


 おおっ、ノッてきてくれた~よかったよかった~。


「君には足りないものがある。何だと思う?」

「ああん?んなモンねえよ」


 自信満々で否定するバダガリ、では適当に答えよう。


「答えはスピードさ。まさか蛇の僕より足が遅いなんて言わないよね?」

「何ィ!?」


 そして僕はここで条件を出した。

「僕はここから山道を登っていくから、君が僕に追いつけたら聖魔法を教えてあげるよ」


「上等だコラァ!やったんぜ!」


 僕はバダガリの同意の言葉を聞くとすぐさま長い体をくねらせ、修道院を飛び出し山道をかけあがって行った。


 よーし、何とかおびき寄せられたぞ!

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