第玖話
『こちら本部。金髪オンリーワンと大蔵さん、状況の報告をお願いします。どうぞ』
『こちら金髪オンリーワン。既にカードキーを手に入れたよー。今は近くのお手洗いで待機中う! どうぞっ!』
『こちら大蔵。今は本を抱えて教室に戻る最中よ。もし私の出番がもうないなら、このまま戻らせてもらうわ。どうぞ』
「でかしたぞ、二人共! よくやったな」
別働隊の快挙に思わず待機位置から立ち上がりそうになった駿之介。巫女姫様を取り巻く大乱闘が悪化しているのにも関わらずだ。
第一
作戦が滞りなく進めるよう各自が任務完遂したら後方支援に回るという手筈になっているはずだが、ここで大蔵が脱落したとなると支援者一人減ったことになる。が、すっかりタイミングを見逃した今、それは詮無いことだ。
「んー? おーり? ワン? 作戦中ってんのにいきなり犬の鳴き声をしやがって、こんな時まで何してんだ久遠のやつ……」
『こちら金髪オンリーワン。ちょっと男子、聞こえてますけど? どうぞ』
「すまんな。光風のやつただ混乱してるだけだと思うから、許してやってくれ」
ここでも話に付いて行けない兄弟に助け舟を出すと、
『こちら本部。司令官(仮)、内容を言う前にまず自分の暗号名を言ってください。それと、終わりにどうぞを付けてください。どうぞ』
「妹よ、まさかと思うが……その司令官(仮)は俺のことか? どうぞ」
『こちら本部。当ったり前じゃないですか。あと、さらっとこっちの素性をばらすの止めて……! どうぞ』
「はあ……こちら司令官(仮)。分かったよ、どうぞ」
予想外の攻撃を受けた駿之介は大人しく引き受けることにした。
オペレーターの柚曰く、身元バレを防ぐために作戦中に暗号名で名乗らないといけないとのことだが。そもそも各隊員に付ける暗号名なんて柚がその場のノリで付けることになった以上、いつ自分に暗号名の呪いが降り掛かるのかは分からない。
一時的にとは言え、最愛の妹にダサい名前を付けられたら必然的に落ち込むであろう。そんな駿之介の心情をお構いなしに光風は面白れえ、と膝を叩きながら大爆笑している。
「ほっとけ」
『こちら本部。ちょっと狂犬、笑ってないで任務に集中してください。どうぞ』
イヤホンの向こうで吹き出す声。無論、柚ちん天才かという感想も単純に笑いを堪えようとしている声も全部筒抜けになった。
「はあ!? ちょっ、ふざけんな! なんでオレだけ動物になってんだよ! おかしいじゃねえか!」
「こちら司令官(仮)。よかったじゃないか。俺なんて存在そのものすら(仮)なんだぞ? もっと喜べ。どうぞ」
「嬉しかねえ!」
『もう~、ちょっと男子笑わせないでよ~。こっちはお手洗いに籠ってるんだから笑いを堪えるの、大変なんだぞ~』
「こちら司令官(仮)。こりゃあ失礼したな、金髪オンリーワン。犬の代わりに謝るわん。どうぞ」
再度吹き出す笑い声。
我慢ならないとでも言わんばかりに、眉をピクピクさせる光風。
「おい兄弟、オメエ、わざとやってんだろ……?」
「いやいや、これはお前のコード――暗号名だから使っただけだ。気にしないでくれ」
「だったら、その笑顔止めろ!」
必死に笑いを堪えているところを光風に指摘されてもすぐに止められるはずもなく。とうとう堪えかねた駿之介は咎める視線から逃げるように、思いっきり顔ごとを逸らしては小さく失笑。
『もう~。これじゃあ、他の人にお手洗いの個室で用を足しながら笑う変態だと勘違いされたらどうすんのよさ~』
「つーか、なんで大蔵だけ『大蔵』のままなんだよ! 不公平じゃねえか!」
『こちら本部。ななな何を言ってんっすか……。大蔵さんにコード、あ、暗号名付けるなんて、恐れ多いというかなんというかむにゃむにゃ……。どうぞっ!』
先程の二人が協力して情報収集した様子から克服したと駿之介は思ったが、どうやら大蔵への苦手意識がまだ払拭していないようだ。
『こちら大蔵。どうでもいいけど、早く始めてくんない? どうぞ』
『逃げたね』
「逃げたな」
「逃げたな」
『こちら金髪オンリーワン。本部よ、そのまま付けちゃいなYO! どうぞぅ!』
『ちょっと、勝手に決めないでよ!』
『こちら本部。い、い、い、いいんですか!? では僭越ながら、簡潔に……ツ、ツンデレなんてどうっすか? どうぞ!』
哄笑の衝動を堪え切れず、またしてもプッと吹き出す一同。
笑いを我慢し過ぎて腹が痛くなるわ腹筋はひくつくわで結構辛かったが、なんだかんだ言ってこれまでの不安と緊張までも笑い飛ばした。
とは言え、大蔵には申し訳ないことをしたのも事実。
『なっ、ツ、ツンデレじゃないしっ! はい、もうこれでお役目終わりでしょっ、切るわね!』
「あ。逃げやがったなあいつ……」
『ありゃりゃ、いじりすぎたかな? あとで謝らないとだね』
「こちら狂犬。オレをいじるのがいいという理由にはなってねぇだが……? ったく、理不尽すぎるぜ。どうぞ……」
しょんぼりモードに入った光風に、慌ててコホンと咳払いをする駿之介。
「じゃあ、本部。作戦を始めてくれ。どうぞ』
『こちら本部。では作戦開始まで、あと十――』
「こら、もうそんなに時間がないんだから、カウントダウンを飛ばしてくれ。どうぞ」
『こちら本部。そんなあーカッコいいじゃないっすか、カウントダウン。あと司令官(仮)、また自分のコードネームを忘れたよ。どうぞ』
「ああもう! こちら司令官(仮)、とっとと始めてくれ! どうぞ!」
『こちら本部。それではこれにて作戦開始します。各員、ご武運を』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
夏目は入口の壁から頭を出し、横目で監視カメラの位置を再度確認。彼女のいる厠は廊下の突き当りに位置する。一見好条件に見えるが、生憎そう上手く簡単には行かないのは困ったものだ。
地下室へと通じる階段を面した壁に一台、事務室の正面入り口を面した壁にも一台目視した。つまり、彼女が二十秒か三十秒の間で同時に二台のカメラを通り抜かなければならない、ということになる。
付近に生徒もいなければ、見回りの先生もいない。いるのが先程から事務室の窓口でだらしなく欠伸をしていた職員一人のみ。こちらの存在に気取られぬよう、細心の注意を払わなければいけないが――。
(まあ、元々存在感薄いんだから多分大丈夫っしょ)
始める前に既に成功したかのような自信満々の様子で個室の扉を開けるとオペレーターの声が鼓膜を震わす。
『こちら本部。金髪オンリーワン、今動けます? どうぞ』
「こちら金髪オンリーワン。いつまでも行けるよー。どうぞー」
『こちら本部。それじゃあ、カウントを合わせて。三、二、一……映像切り替えました。リクエストの通り、タイムリミットは三十秒しかありません。ご武運を』
「りょーかいっと――さーて、いっちょやりますか」
助走を付けることも準備運動もなく。右足を少し後ろに引いて地を蹴り上げ、疾走。身軽に十二段の階段をひょいっと飛び降り、方向転換してはまた跳躍。その姿はまるで風に乗って加速するかのよう。
八重歯を輝かせながら走る勢いを殺さず、素早くカードキーをセンサーの上にかざした。機械室の距離は凡そ120
「こちら金髪オンリーワン。たった今機械室に侵入したよ~。どうぞー」
『えっ、早くないですか!?』
『え、今ので世界記録更新したのでは……』
「いや~、脚に結構自信あってねー。しっかし外はおニューなのに中はお古なんだぁ?」
分電盤の前に施錠された鉄格子を見下ろし、ニヤリと笑う。やっぱそう来なくちゃね、と懐から愛用のピッキングツールを取り出し施錠を試みると、
『はへ? なんのことですか?』
「いいんや、こっちの話――と」
あっさりと開けられた鉄格子を押し開け、目的の分電盤へ接近する夏目。一目で見れば彼女が何を操作するべきかは明確ではあるが、
「こちら金髪オンリーワン。電源のパネル?に着いたよー。どーぞ」
『こちら本部。お見事です。それで、ブレイカーは見つかりましたか? どうぞ』
「こちら金髪オンリーワン。ブレイカーってこの赤いレバーのようなものなんだよね? どーぞ」
『こちら本部。はい、その認識で間違いありません』
多少の芝居をしないとむしろ疑われるのはこちらの方。慎重に越したことはないだろう。
『それでは皆さん、カウントに合わせて、次のフェーズに移行してください。どうぞ』
『ふぇーず? ってなんだ?』
光風の呑気な声に夏目が笑みを零れ、ふと昔事を思い起こす。
敗戦後、大石が行く当てのない人間をかき集め、同じ屋根の下で共に生活する目的とした隠れ家――月華荘。
元々やや年季の入った建物だったが、今はどの住人にとってかけがえのない住処になった。当初大石、光風、小夜の三人だったのが夏目が住むようになって。
『つまり、柚が数え終わったら、俺達の出番だよってことだ』
『ちょっと駿兄、本名バラさないでよ! 妹を死なせるつもりか!』
『なんだよ。内輪なんだから、別にいいじゃないか』
『よくないやい! 他の誰かがこの通信を聞いてるかもしれないじゃん……! 謝って。今すぐ妹様に謝って!』
『ああもう。はいはい、すいませんでした! これで満足か?』
萱野兄妹が引っ越してきて、より一層賑やかになって。
『本当、随分呑気なものね』
大蔵も月華荘の一員になった。最後に勇も引っ越してきたが相変わらず何を考えているのかが分からなく、時々食事の席にすら顔も出さず。大石が放っておいてくれと言ったが逆に彼女がそうした意図がまるで見えて来ない。
『あれ? 大蔵お前、通信切ったんじゃなかったのか。なんでまた』
『なんだよ。いちゃ悪いって言いたいわけ?』
『い、いや、別にそうは言ってないが……』
そしてどうしてこの二人が会話するとすぐ喧嘩になるのが夏目にも理解できない。二人の間に何かあったのかが気になるが、尋問を開催するのはまた後日のお楽しみに取っておくことにした。
「え~、見たいなら、本部に戻ればいーのに」
『い・や・だ』
「ええ~、照れてるのかよ。かわいいかよ」
『照れてなんかないしっ。それよりも本部、早く始めて。さっさとこの茶番を終わらせましょ』
本当、このメンバーと出会えて、よかった。
一人一人の顔を思い浮かべた夏目はブレーカーに手を掛けて、次の指示を待つ。
『こちら本部。分かりました。では、カウントに合わせて――三、二、一!』
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