第拾参話

 数十分前に何の前触れもなく、光風に「街案内してやるから付いて来い!」と半ば強引的な誘い方をされたが。その際、「街案内なら柚も連れて行った方がいいのでは」という駿之介の反論を「偶には男同士で遊ぶのもいいだろう」で返された。

 当初どうして彼だけを指名したのかが気になるが、これで柚を呼ばぬ理由が分かった。


「その様子からすると、さては光風お前、ろくな説明もせずに連れてきたな?」


「うぐ。な、何故分かる……」


「それだけオメエが単細胞ってことだよ! ガハハハッ」


「んだとコラ!」


 光風が筋肉質な日焼け肌の男を追い掛け回しているのを見て、彼らの仲の良さが窺える。「ああ、申し訳ない」と前置きする前髪で右目を覆い隠すメガネの男の声に視線を戻された。


「自己紹介が遅れたな。ボクは矢頭やとう。あっちが武林たけばやしだ。まあ、別に悪いヤツではないが常に五月蝿いのが難点の男だ。彼と共々、よろしくな」


「萱野駿之介です。よろしくお願いします」


 こちらの会釈に涼しげな目礼で受けた矢頭。その後、武林は何もなかったかのようにフラフラと戻ってきたが、


「にしても、あの会長殿の親戚とは見えないくらい……普通?」


「まあ、どちらかと言うと普通だな」


「うん、兄弟は普通だぜ」


 いきなり三人に否定され、駿之介は思わず鼻白んだ。落ち込むものはあったとは言え、彼らの言い分に自分も納得してしまう。もし彼があの自由奔放な大石と同じ舞台に立たされるだとしたら、どうしてもこちらの方が霞むものだ。


「大石さんってそんなに変わってる方なんですか?」


「変というより、何を考えてるのか分からないの方が正しい。支離滅裂な行動を取る癖に後々に来ると全部理に適ってるのがまた」


「会の中でも七不思議の一つに含まれてるくらい、会長殿に関する謎を数えてりゃあキリがねえってのも一つ」


「ほら会長殿、いつものほほーんというか、ぽわわーんというかそんな感じだったな光風」


「そりゃあそうけどよお……。会長殿のことバカにしてねえか? お前ら」


「してねえよ。どうしても擬音になりがちなのは、光風、お前が一番よく知ってるはずだろ」


 うーんと納得し切れない光風をよそになるほど、と駿之介は納得を得た。彼女と過ごした日々はまだ浅いとは言え、武林の言に共感できる部分はあった。


「まあ、逆に会の頂点に立つでもあろうお方が、どうしてあんな能天気な顔でいられるのか、不思議なくらいだけどな」


 ふと、学園長室で偶然出会った生徒会長を思い起こす。塗り固められた笑顔のクラリスと色んな表情を駆使する大石。

 存外、あの二人は似た者同士かもしれないな――当たらずとも遠からず感想を最後に、三人と一緒に街を見て回ることになった。



 矢頭曰く、颯京の人間は全員、銅像の花で自分達の現在地を確認していたことから、ある程度の花に関する知識が必要だ。これは花が大好きな初代皇帝を記念に二代目皇帝がご立案されたもので、最初は首都の颯京だけが実装するはずが、初代皇帝の絶大な人気のおかげで皇国全土に広まることになった。


「ちなみにお前らが通う颯京皇立学園の前にある道は国花の半分にちなんだもので、『瑠璃大通りるりおおどおり』という」


「国花の半分……?」


「確か国花に二つあるんだっけか。一つが櫻と――」


「もう一つは辛い草くらいくさだぁ!」


瑠璃唐草るりからくさ、だ。光風より酷いな、武林。寺小屋から繰り返した方がいいぞ。何なら『記憶力に難あり』と推薦状付きで入らせることができるが」


「酷くね!? その方が憶えられやすいし、別にいいだろうが。なあ萱野?」


「えっ、あ、そう、そうですよね……」


 唐突に話題の焦点に当てられて駿之介は当惑しながらも同調した。それから彼は矢頭の説明を受けながら三人に付いて行くと、いつの間に西洋風の街にやってきた。


「まあ見ての通り、ここは共和国総督府だが。もしこの街に用事がないならなるべく寄ってこない方がいい。ここは共和国人だらけだからな」


 分かったと駿之介は即座に首肯し、改めて誇らしく羽ばたいている共和国国旗を仰ぐ。矢頭の言動の節々からは彼がどれだけ共和国人を嫌っていたのかを伝わってくる。けれど偶々皇国人に生まれたからと言って一生別の人種に嘲笑され蔑まれ続けるのも非常識だ。

 本当にこの二つ人種の間に一体何があったと言うんだ――と、ちらりとコンビニを見た時だ。空色の長髪を持つ知人がせっせと働いていた。


「悪い、ちょっと買い物が」


 そう言った駿之介は共和国人でぎゅうぎゅう詰めになったコンビニに駆け抜けた。


「なあ光風、本当に会長殿の言う事に従うつもりか? とてもじゃないが、萱野は会長殿が言った通りの男ではないと思うぜ」


「いいんだ。会長殿のご命令あらば従うだけ。今までもそうしてきたじゃねえか」


「いや、そらぁそうだけどよ……。ほら、なんだか急進派の勢いが凄くてさ。こんなところで見回りしててもどうせ繋がるわけがないっていうのに……」


「繋がるさ、きっと。オレァ一生会長殿に付いて行くって決めてたからな」


「……」










※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※











 金髪の波の中に黒髪の者が混じれば、すぐに露見されてしまうのは致し方ないことではあるが。それでも大蔵の仕事ぶりが気になって仕方がなかったため、こうして潜入したわけだが。


「いらっしゃいませ~」


「……っしゃいーせー」


 視界の端に映った彼女の存在を確認したとはいいものの、物凄いやる気のなさになんだか半ば拍子抜けした。どうせ近くに寄ったのならついでに見学させてもらおう――そう駿之介は思っていたが。


「ありがとうございました~」


「ぁ……ざぁしたー……」


 恐らく猫の手でも借りたいのだろう。そんな微妙なフォローがポツリと思い浮かび、人混みを縫うようにお菓子コーナーに寄った。「ここの教育、一体どうなってんだ?」と思ったのはさておくとして。

 チョコターズの袋を見つけては即手に取り、再び大蔵のいるカウンターを見やる。

 オープンしてからそんな日も経っていないため、足を運ぶ客も少なくはない。駿之介を除いて、ほとんどの客は共和国人ではあるがそれでも大蔵は臆さず業務を続ける。


「お会計伍点で1785圓です。丁度頂きます。ありがとうございましたー」


(その超絶やる気のない声と表情をなんとかしてれば、完璧なんだが)


 けれど逆に言えば、慣れないなりにも大蔵なりに頑張っている。初日のはずなのに本当大したものだ。そろそろお暇するか――彼が帰ろうとした矢先に、


「ねえねえ。キミ、かわいいね。どう? この後、どっか飯でも食べに行かない?」


「――は?」


 一触即発になりかねない出来事に遭遇してしまった。

 

「すいません。今仕事中ですので」


「お? 仕事が終わったらオッケーってこと?」


 後ろにはまだ沢山の客がいるのにも関わらず男性客がカウンターに寄り掛かり、堂々とナンパしている。しかも、複数あるレジの内に大蔵のいる一台しか稼働していない状況だ。長蛇の列に加え、男性客の身勝手さに苛立つ客も続出。

 店員にとって、これ以上ない最悪な展開だ。

 他の店員に知らせて店長を呼んでもらおうとするか。目下の最優先事項は事態を収拾することだ。無論、共和国人でもない駿之介がやるべきことではないが――。


「すみません、未来永劫ナンパ受け付けておりませんので、お引き取りください」


「なんだあその口の利き方は? それはお客様に対しての口調なのか? 全くこんなのを雇うだなんて……店長はどこだ!? 店長を連れて来いッ!」


「すみません。今店長不在でして、もし何か用事がございましたら代わりに私が言付かることもできますが、いかがでしょうか」


「はあ!? おまっ、ふざけんなよ!」


 知り合いが絡まれる上にその渦中にいる知人が一方的に油を注いでいるのだ。

 彼女から男性客を引き剥がしたいのは山々だが、一刻も早く店長に知らせた方がいい、と駿之介は判断した。


「お客様こそ、おふざけが過ぎたではなくて? そろそろ手を、離してもらえません? お仕事の邪魔になっていますので」


「このクソビッチめ! お客様は神様だろうが!」


「では、神様であろうお方が、こんなか弱き少女の手なんか握ったら、そのお手が穢れてしまいます。本当の神様でしたら、こんな人間ごときに構う必要なんてどこにもありません。ご理解、頂けますでしょうか」


「この……ッ!」


 大蔵に向かって振り下ろされた拳が顔面に直撃。刹那の後、大蔵の身体が吹っ飛ばされ背後にある陳列棚に強く頭を打ち、血がポタポタと落ちる――それが本来ならば、起こり得た未来だっただろう。

 ――完全に振り下ろされる前に第三者が掴んで強引に止めさせた。

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