第捌話

卯月 壱拾捌日



 朝食後。駿之介は柚と調査の件で話し合いをしに部屋を訪れたわけだが、


「入るぞー。柚、お前に相談が――」


「クソッ外人共め! オラオラ、全員まとめてケツを出しな。そんでテメエらだけでファックしてくったばれッ!」


 まさか暴言の嵐に迎えられるとは。

 柚が一度に五つのゲームを同時操作していることに自体が驚きなのだが、それぞれのジャンルはバラバラだったことに二度吃驚。


「クソ、普段から腰を振るしか能のない奴らに弄ばれるようになるなんて。はあ?! ここに来て仲間全員死亡かよ。クソ、肉壁がもうないんじゃ勝ち目は……。ヤベ、気付かれ――あああ死んだ!」


 とんでもない偏見を吐き出した上に終いに「ファック」と強く机を叩いた彼女の後ろ姿は少々悲しいな気もするが、そもそも仲間を肉壁として扱ったような人間が負けたのは自業自得だと駿之介は思う。むしろ、最良の結末さえ思っている。

 だが、彼女が暫く落ち込むのかと思いきや、まるでゾンビの如く忽如復活して一心不乱にキーボードを叩き始める。


「こうなったら以上、オートエイムbotと時間無制限シールド作って仕返してやる……! あ、そうだ。最近壁貫通とかが流行ってるじゃねえか。ぐへへへへ、三種の神器が揃えば誰にも負け――」


「こらこら、チートはめーでしょ」


 善良な市民としては目前の犯罪を見逃すわけにはいかず、犯人の可愛らしい頭に軽く手刀をかます。しかし、


「お、なんだ駿兄か。今妹が壮絶な復讐劇を企んでる真っ最中だから邪魔しないで……」


 一切動じなかった彼女を見ると、些か敗北感を覚えたのは否めない。


「一体何があったの」


「一戦負けただけなのに、外人からグローバルチャットで煽りが飛んでくるんだよ……!」


「え、これだけで同時にこなしてるのに、負けたのはたったの一回……?」


 最早超人レベルと言っても過言ではない、羨ましすぎるマルチタスクキングスキルを前に感嘆しない人間はいないだろう。復讐劇の準備をしている今この瞬間でも、彼女は他のゲームを操作しているがいずれも勝利を収めた。


「しかも、わざわざ、日本語で! 『おまえマジへたクソ』って! ご丁寧にカタカナ変換しやがってッ!」


「それでムキになった、と」


「違うんだよ駿兄。あたしはただ、あたしを笑い者にしたシットな連中に中指を立ててファックしたいだけなんだ……」


「一体どこでそんな汚い英語を勉強したんだ……?」


 『固有パッシブ:煽られ耐性0』が付きそうな妹にどこか呆れた目で見下ろす駿之介。確かに彼女を煽った外国人が悪いが、それでも妹の暴走を止めなければ。


「チートはめーって言ってるでしょ? 後で運営にバレたら承知しないからな」


「大丈夫大丈夫。こういうもんは早々にバレはしないって。それにチーターなんて幾らでも転がってるから運営もこっちに気が回らないよ」


 しかしどれだけ彼が諭そうとするも怒涛の勢いでチートプログラムを仕上げていく柚の勢いを断ち切ることはできず、挙句の果てにその晴れ舞台の最前列の席へのチケットを譲ってくれる展開になった。

 こうなったら以上梃子でも動かぬから大人しく妹の華麗な勇姿を見届けようじゃないか、と説得を断念して見守る側に回った。



 柚が戦いの準備をしてから十五分後――戦争の幕が開けた。他のゲームは既に閉じていることが鑑みるに、どうやら本人も全力で挑むつもりのようだ。チートの有無を関係なしに先程の屈辱は相当悔しかったと見受けられる。

 フェーズが開始したと同時に柚もチートを発動アクティベート。たちまち敵が次々と倒れていく。自分が作り上げたチートが通用している――そのことに調子こいた彼女は更に狂人化した。


「ヒャハハハハ、新武器&アイテムゲット♪。こんないいものを独り占めしてるから、殺されるんだよバァーカ! ざまあみろ。痛えなおい! 死体を漁ってんのに、撃ってきやがったのはどこのおファック野郎だあ? 隠れてないで堂々と勝負しなあ!」


 チートを使っているヤツにだけ言われたくない台詞ナンバーワンをここぞとばかりかます妹の言動に内心で敵の方を同情する駿之介。

 試合が始まる前に、柚が吐いた言葉があまりにも下品過ぎるから彼女に「下品な言葉の前に『お』を付けなさい」と彼が進言したのだが。


「あはっ♪ 岩の後ろで隠れても無駄無駄。こっちの弾はな、どんな物でも貫通できるんだよっ! あはははは、どうだあ! 隠れているのに、撃たれた気持ちはぁ! 悔しいだろう! ざまあ、おファックでおシットな方がお似合いだよお!!」


「……」


「おファックユー! 人のタゲを横取りにしやがって……! その頭ぶち抜いてやる! あん? なんだぁセフティー掛かってるぅ? ちっ、んだよ仲間かよ。ハッ、命拾いしたもんだな!」


 うん、全然綺麗に聞こえないな。反省した。

 見れば仲間の二人も彼女の行動にドン引きしている。元はと言えばこんな野獣を戦場に放った兄にも一応非があるから何とも言えぬ気持ちが胸中を充満したわけだが。


 結局試合は柚のチームで圧勝で幕を閉じた。むしろ、このような虐殺は世界中のあらゆる試合にとって失礼だというもの。

 画面にはデカデカと『YOU ARE CHAMPION!』という金色の文字が表示されていた。


「やった! やったぞ駿兄! アハハハ、あのおファック野郎共に正義の鉄槌をかましてやったぞ!!」


「ワア、スゴイデスネ」


 ありったけの淡白な拍手を送ったつもりなのだが、すっかり自分の世界に浸っている柚の耳に届いていないようだ。それにその様子だと、画面の異変にも気付いていない。仕方がない、と悪女みたいな高笑いをしている柚の肩を指でつんつん。


「なんだよ駿兄。いいところなんだから邪魔――」


「いや、水を差したようで悪いが、なんかログイン画面に戻ってないか?」


 え、と深褐色の双眸が見開く。素晴らしい成績で埋め尽くされたリザルト画面がいつの間にかログイン画面に切り替わった。

 嘘、と柚は急いで入力しても不正行為の疑いの通告が出ていて絶句している。迅速な対応の神運営に感謝しかないが、今は落ち込んでいる彼女を慰めるのは優先事項。


「フラグの回収、お疲れさん」


 項垂れる柚に向かってそのような言葉は禁句に等しい。

 そう、『煽られ耐性0』の柚にとっては。


「大体、駿兄があんなフラグ立つようなこと言ったから出禁されたんだよおー! 悪いのは駿兄だああー!」


「んなっ!? 実際にチート使ったのも捜査したのもお前だろうが!」


「はあ!? 妹は何も悪くないですうー。ただちょーっとだけ強くなりたいだけなのですうー! 悪いのは煽ってくるおファッキンな外人共ですうー!」


「理不尽すぎるだろうが! 八つ当たりにもいい加減しろ! こうなった以上誰が上なのか、今度こそ分からせてやらぁ!」


「上等だ! 掛かって来いや!」










※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※











 仲直りの抱擁を交わした後、早速調査のことについて話し合うことになったが、彼女から聞いた情報に駿之介は驚かずにはいられない。


「え、ない? 本当に皇国に関して何一つも?」


「うん……これ、明らかに異常だよ。政府の統制ってヤツかな?」


「若しくは皇国人の誰一人もネットを使わない……とか」


「それ、楽観的過ぎない?」


 だわな、と同調するも不可解な現状にどうにもしっくり来ない。

 幾ら皇国人が技術を忌み嫌うと言って、全ての皇国人が一切使わないのはどう考えても無理がある。政府の統制が進んでいるとは言え、自国に関する全ての情報を削除するような政府が存在するはずがない。


「なんか……この国の闇の片鱗が見えたようだね……」


 返答の代わりに、黙り込む駿之介。

 これまでの出来事を思い返すと、柚のような考えに辿り着くのにも頷けるからだ。

 かと言って手ぶらのままで皇国を闊歩するとかあまりにもリスクが高過ぎる。地道に情報を集めている内に何かが起きては、後手に出ることになる。

 ここは一つ、強硬手段を取らせて様子見をするのも悪くはない。


「柚お前、ハッキングできるのか?」


「初歩的なものなら……ま、まさか駿兄」


「流石妹だ。理解が早くて助かる。――試しに総督府のサーバーをハッキングしてみろ」


「おっしゃ! いっちょかましてやるか!」


 無茶振りに案外ノリノリな柚にフッと口角を上げる駿之介は「何か分かったら知らせてくれ」という台詞を最後に部屋を出る。

 襖を閉める前にパソコンと向き合う彼女の後ろ姿を見て微笑まくしくなり、今度こそ閉め切った。


「遅過ぎです」


 自室に戻った早々、予想外の来訪者に文句を言われるも駿之介は首を傾げるだけ。


「あれ? 会う約束なんてしたっけ」


「大蔵さんが面接に行ったと聞いて急いでここへ来ましたが……無駄でしたね」


「悪かった。今度メッセを入れてくれ」


「ええ、そうします」


  勇の返事を受け流し、彼女と向かい合う形で腰を下ろすと――。


「では、攻略会議を始めましょうか」

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