第伍話

 人に知れずそそくさと西洋風の街を立ち去り、今後の行動計画プランも決定。目下の問題は『どうやって月華荘に帰るか』だけなんだが。


「薄情だなあ、この街は」


 行き交う人々を眺めながら、駿之介は無遠慮に大きな溜息を吐いた。

 先程まで歩いていた通りから場所を移し、今は少し薄暗い路地裏の壁にもたれかかっている。月華荘の大多数は皇国人ということもあって、彼らに寄り添うべくそれなりに彼らの状況を理解しようと努力していたが、


皇国人おまえら服装で判断するんちゃうの。いや流石に同族を無視するとか意味分からん。どうからどう見ても皇国人だろうが」


 それも諦め掛ける寸前だ。帰り道を教えてもらうために彼は色んな皇国人に声を掛けたが、依然と無視されるかはぐらかされるばかり。服装もちゃんと大石に確認してもらってから外出したんだから無視される謂れはないはず。

 己の無計画性は今になって始まったことでもないから一旦さておくとして、現状をどう解決するのがか先決だ。


「にしても、案内看板の一つもないのは引っ掛かるな……」


 今までの光景を思い返し、脳内の情報を整理していく内に街の所々に設置されていた奇妙な花の銅像を思い出す。

 もしかすると町人達は案内看板代わりに現在地を確認していた可能性だってある。そうなったら、花の知識皆無の駿之介にとって、何の役にも立たない飾り物でしかない。

 おまけにこちとら引っ越してきたばかりの新参者だ。勇か柚辺りに案内してもらうという手もあるが、プライドが邪魔して助けを呼べずにいる。

 まだ陽も高い内に早速二度目の『詰み』に直面するとは。滑り落ちそうになった襟を正すその時、


『皆様、ご機嫌麗しゅうございます。本日もお昼の礼拝らいはいのお時間にやって参りました。オスズヒメ様のご加護を賜りますよう、共に祈りを捧げましょう』


 えっと顔を上げ慌てて周囲を見回すも近くに誰もいなくてホッと一息。

 これまで彼も謎の儀式に参加していたけれど、今こそが偵察する絶好のチャンス。物陰から顔を出す駿之介の姿は傍から見れば変質者のそれと類似したことはさておくとして。


 やはり従うのは皇国人だけだ。低頭する彼らを見て改めて再確認して駿之介は固唾を呑み込んだ。

 日常生活にまで影響された皇国人。何食わぬ顔でこれまで通りの生活を送る共和国人。同じ環境にいる人間なのに、この歴然とした差とは一体。

 

 疑問を解消するには現地民に訊きだすのが一番手っ取り早い。けれどこのことに関しては、どうしてか聞いてはいけない気が駿之介はしたのだ。


(とりあえず礼拝の時間が終わるまでここでやり過ごすか)








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※









 適当に昼食を済ませ、『神社の人間は優しいだよな』という偏った前提で神社を探すことにした。けれど残念なことに土地勘やら地理情報が皆無の駿之介にとって、叶えられそうにない願望に心が折れそうだ。

 歩いていたらいずれ辿り着けるだろう。そのような後ろ向きの思考で出発してはいけないことを、身を以て知った。やがて光明が見えてきた頃には、約三時間後のことだった。


「つ、着いた……ここが織月おりつき神社か……」


 木造大鳥居を見上げながらはだけそうになった襟を直す。

 実際に織月神社かどうかは彼にも分からぬが、これまでに何度も礼拝のお時間で聞いたから思わずその名を口にしただけ。

 大鳥居の左右に従えさせていた石の大灯籠を通り過ぎ、長い石段を上り始める。

 

「あれ……?」


 しかしいざ着いたらまさかの閑古鳥状態に、駿之介は今日何度目になるか分からない嘆息した。今日が休日だからせめて参拝客がいると思っていたのに、これではここに来る意味がなくなったどころか、彼の三時間の労力もパーだ。


「まあ、折角来たんだし、ついでにお参りしてから帰るとしよう」


 また崩れかけた襟を直して拝殿の方へ。伍陌圓の賽銭を投げ、鈴を鳴らし、掌を合わせてもすぐに願い事が浮かんでこなかった。

 長考の末、彼は帰り道を教えてくれる優しくて素敵な人と出逢えますように、とだけをお願いした。


「さて、帰るとしますか」


 口ではそう言っても帰り道が依然として分からないままなのは事実だ。やはりプライドに拘らず、さっさと勇に連絡して案内してもらえば――と、振り返った時だ。


 ――桜吹雪が舞う空の下、巫女は姿を現した。

 

 巫女装束に似た和服の似合う少女らしい楚々とした美貌は硝子細工より繊細さで、一般の巫女とは違うことを如実に語る丁寧で優雅な身ごなし。花も恥じらう優姿を見ていると、総身を震えるような感動が走った。

 可憐だ。

 美しいものを見たら誰もが溜息を零れ出すと言うが、駿之介は息を吐くことすら忘れてしまう。それ程までに見惚れたのだ。


 伽羅色の短髪がふわりと揺れ、柔和な微笑みが向けられる。


「ごきげんよう」


  あ、ヤベ。声掛けられた。


「ど、どうも……」


 盛大にやらかしたことに気付いた彼は、無意識に首を触りながら視線がどんどん下へ落ち。その拍子に襟も少し滑り落ちて何とも言えぬ空気が押しかかり――。


(ああああなんだよ『どうも』って! 『ごきげんよう』ぐらい返せやボケ! タイプの子が目の前にいてどもるとか、中学生か! 実際にどちゃクソタイプだけどなあ! 今こそループの時だよ運営さんんんー!!!!)


 しかし彼の切実な願いにメインメニュー画面すら用意しない鬼畜運営が叶うはずもない。気品溢れる彼女の存在にドギマギし過ぎた結果、振る舞うことすら忘れ素の彼が表面化した。

 終わった。穴があったら入りたい。


「わたくしのこと、ご存知ないですか」


「え……?」


 思わず間抜けた声が出てしまう。

 そう言われると確かにこの『聞くだけで鼓膜の奥に長年取れなかった耳垢を取れて身も心も綺麗に洗われ生まれ変わった感をもたらしてくれる、極上の浄化ボイス』に聞き覚えはある。けど記憶の引き出しは錆び付いて開かず、内心パニック。

 マズい、早く答えないと。


「あー、実はその……日本から引っ越してきたばかりで……」


「まあ」


 小さく驚く彼女の声にとんでもないことを口走ったことに気付き、彼の心中冷や汗タラタラ状態。


(いやああああ! アホか! アホか俺は! 外国人一人も見当たらないこの国に『外国人です』と自己申告するとかバカ正直か! 警察の前に『犯人です』と自白したみたいなもんじゃねえか! うわああ死にてええーー!)


 遺憾なく代々まで語り継がれるべきヘタレぶりを発揮してしまう駿之介。しかし顔の方では笑顔を貼り付けているため、内心の焦りに気付かれる心配はなし――と思いたいところではある。


「いいえ、大丈夫です。ご存知ないようでしたら、お返事をご遠慮頂いても構いませんよ」


 最後に微笑を添える巫女の心遣いが自責に渦巻く心を祓い清めるような気分に駿之介はなった。それも相まって、彼女の周りに後光が差すように見えてくる。

 

(天使や……。ここに天使がおるんや……)


 皇国万歳。美少女万歳。鬼畜キチゲー最高。

 しかしすっかりお祝いムードになった彼の胸中に、


「よろしければ、わたくしとお喋りしませんか」


「はい、喜んで!」


 更に嬉しい誘いプレゼントが舞い降りて、浮かれないように抑え込むのに必死だった。

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