第二十五話 おいでませ!湯けむりエルフの村、フェルディナ
日が暮れた頃に一行はエルフの村へと辿り着いた。
中央に流れる川は護岸整備がされており、両岸を行き来しやすくするためにか大きめの橋が幾つか掛かっている。その両側には年季を感じさせる木造建築物が居並んでおり、黒の梁と白壁のコントラストが実に美しい。更に宵の口ということもあってか提灯の火に照らされていていっそ幻想的な風景になっていた。
「ようこそ、エルフの村―――フェルディナへ」
村の入口でこちらを振り返り、両手を広げて歓迎するラティアに三馬鹿は頷いて。
『温泉街だコレ―――!』
歓喜の声を上げた。
●
想像していた森と一体化するようなエルフの村とは違っていたが、最強の保養地じゃないかコレとテンションを上げる三馬鹿はラティアに案内されて村の最奥、村長の家に案内された。
しかしそれは家というよりは屋敷という佇まいの大きさで、更に言うならばだ。
「うーむ。何という趣のある旅館………」
「火サスか連続テレビ小説の舞台になりそうですわね………」
「村の風景もそうだったが、むかーし長距離の合間に寄った山形県の銀山思い出すなぁ………明日には固くなる団子つまんでは蕎麦食ったっけか………あー、腹減ってきたわ」
五階建ての木造建築、庭園から中庭まで完備されたこの屋敷はもう高級旅館と呼んでも差し支えないほどだ。一応、村長宅兼村の集会所ということもあってここまで巨大化したらしいがそれにしても大分日本テイストだ。
何故だろうとジオグリフがラティアに聞いたところ、どうもここのエルフは元はガオガ王国に流れてきた難民だったようで、それを不憫に思った当時の国王―――つまり、ケンスケ・カドラ・サイトゥーンが自分の保養地の管理という名目でこの地を丸っとエルフに託したらしい。
それを恩義と感じたエルフ達はその頃の文化を大事にしている為にそのまま残っているのだ。ケンスケ・カドラ・サイトゥーンが転生者なのは最早三馬鹿にとっては確定的なので、早い話、この地域のエルフ文化の源流は日本なのだ。因みに、別地方のエルフは三馬鹿が想像している通りのエルフ観の所が大半であるそうだ。
またアイツかGJ、と三馬鹿が夜空に向かってイイ笑顔で親指を立てたのは言うまでもない。
「かさす?れんぞくてれびしょうせつ?」
「やまがたけん?ぎんざん?」
沁み沁みしている三馬鹿の言葉を拾ってラティアとカズハが首を傾げていると、来客を感じ取ったかパタパタと奥から出迎えが来た。
「あ、お母さん」
「あらあら。ラティア、お帰りなさい。そちらはお客様?ようこそフェルディナへ。ラティアの母のルディナです」
エルフの女性だ。ラティアの母らしく、長い金髪をアップにしており穏やかな雰囲気が特徴的なのだが、彼女の姿―――正確には衣服を見た三馬鹿はそれどころではない。
流水柄の小紋の留袖に太子間道の帯、そして白足袋―――どこからどう見ても着物であり、彼女の嫋やかな雰囲気も合わさって出てきた感想は1つ。
『女将だコレ―――!』
エルフに着物という和洋折衷に心惹かれた三馬鹿は外人四コマが如き興奮度合いであった。
「お父さんは?」
「厨房よー。川の水位が下がったお陰で川魚いっぱい取れちゃったから。呼んでくるから、お客様を広間に案内してね」
その後、広間に通された一行は村長であるラティアの父と面会した。
「ようこそいらした、客人。村長のラバック・ファ・スウィンだ」
そしてやはりと言うべきか、彼の格好も紺の調理服に挨拶する直前までは調理和帽子を被っており、線は細いが静かな凄みを感じた三馬鹿は再び興奮する。
『板前だコレ―――!』
この三馬鹿、もう完全にエルフの村を温泉地としか認識してない。
「シリアスブレイカーズとカズハ殿と言ったか。君達の事はラティアから聞いている。地竜騒動では娘が世話になった。礼を言う」
ピシリと背筋を伸ばして正座のまま互いに自己紹介をした後、ジオグリフが口を開く。
「そう言えば、川魚が大漁だったと聞きましたが」
「ああ。あまり乱獲は良くないのだが、岸に打ち上げられてしまったのを放っておくのもまた問題でな」
「魔物や動物が食いに来ちゃ縄張り主張するし、腐ると疫病の元にもなるしなぁ………」
「どう処理されるのですの?」
「既に傷んでいるものは魚肥にしたが、それでも食べれる魚がまだまだあってな。当面は村の食事は焼き魚だけだ」
『あー………』
ラバックの最後の言葉に苦いものを感じた三馬鹿は天を仰ぐ。例え好物でも続けば飽きる。とは言え捨てたりするのも勿体ない。全て肥料にしても良いだろうが、川の異変がいつまで続くかわからない以上、ともすればしばらく魚を食べられなくなるかもしれない。
今の内に食い溜めしとけ派と飽きたから肥料にしちまえ派が村を割っているらしい。
その話を聞いて、この世界の食糧事情―――というよりは料理事情を思い出した三馬鹿は額を寄せた。
「なぁ先生。糧食はガッツリ持ってんだっけ?」
「うん。前回のことも反省して一軍動かせるぐらいまで増やした。勿論、嗜好品まで取り揃えてるよ。どっかに閉じ込められても数年は余裕で引き籠もれるぐらいには確保してる」
「ジオの収納魔法、時間停止まで付いてますものね。ということは―――」
幾つか意見を交換した後、三馬鹿は村長の方へと向き直った。
「村長。ちょっとご相談があるんですけど」
●
世界が違えど文明が存在するのならば、調理という概念はある。
単純なものでも煮る焼く炒める―――火を通せば食べられるものの幅が広がるからだ。また、火さえ通せば大抵の寄生虫や細菌は死滅するし、安全性が高まる。故に人類の歴史に調理は食文化として常に寄り添ってきており、この2つは切っても切れない関係にある。
とは言え、この世界の文明レベルは中世である。うま味調味料も無ければ、調理技法1つにしても洗練されていない。少なくとも三馬鹿が持っている知識や経験からしてみれば食えるだけマシ、というのが前提スタンスだ。そんな中でもジオグリフは辺境伯家出身の為にそれなりに良いものが食べれて、レイターはアウトドア趣味が功を奏して粗野な食事にも慣れていたので特に気にしていなかった。
問題はマリアーネである。
基本的に現代っ子で実家暮らし、そして独り身だったので小遣いにも余裕があった。食べ歩きや外食の頻度も高く、畢竟、舌が肥えていた。今世の実家も大富豪なので良いものを食べられるのだが、人間の欲とは際限のないもので、それでは満足できなかった彼女は食文化改革に乗り出す。と言っても難しいことはしない。唸る程にある大資本を用いて素材や調味料を集め、前世の料理を再現。ついでに実家の料理人達にそれを伝授したら家族に気に入られ、気づいたらレストランを開く羽目になった。
それが大体5年程前。今では彼女が呼び込んだ前世料理はロマネット料理と呼ばれ、帝都で新たなムーブメントを起こしている。
「これが噂に聞くロマネット料理………皆さんは料理も堪能なんですね………」
厨房で包丁を振るう三馬鹿を手伝いながら、カズハは次々並べられていく知らない料理の数々に感嘆の声を上げた。
あの後。ジオグリフの収納魔法に収められた数々の食料と大漁の川魚を交換し、「久しぶりに川魚料理でもするか」とレイターが呟いたことによって厨房を借りることになった。
ニジマスのフライ、小鮎の唐揚げ、ガーリックムニエル、昆布巻きと入手した川魚を使った料理を作っていく中でレイターがカズハに声を掛けた。
「ああ、そうだカズハ。ちょいとこれ食ってみな」
そして差し出された小皿には、小さな米俵のような形と色合いのものが2つ乗っていた。
「これは?」
「いなり寿司」
何なんだろう?とカズハが疑問に思いながら、箸で摘んでいなり寿司を口に運ぶと。
「―――!~~~~♡」
「おぉ、モフモフが膨らんだ………!!」
耳がピンと立って、ふさふさしている尻尾がぼわっと一気に膨らんだ。頬に手を当てて至福の笑みを浮かべ、もぐもぐと味わっていることから気に入ったらしい。
「レ、レイター様!これは!?」
「いやぁ、マホラに向かうってんで油揚げは作っておいたんだ。本当はきつねうどんにするつもりだったんだが、米と出会ったからさぁ。ネタ的にはこっちだろうと思ってよ。美味いか?」
「はい!はい!これは、これは素晴らしいです!」
「そうかそうか。まだあるから好きなだけ食え。おかわりもいいぞ」
そんな二人の様子を手を動かしながら眺める馬鹿二人は。
「あの男、とうとう餌付けを始めましたわよ」
「まぁ、健全な内は見守ろうじゃないか。それは俺のお稲荷さんだとかセクハラ始めたらはっ倒すけど。―――さーて、私もラティアに絡みに行ってこよっと」
「男共が色ボケしてますわ。こういう時、独り身は肩身が狭いです………―――何でしょう。今、妙な悪寒が」
何処か遠くでお姉様―――!という不吉な叫びを聞いた気がして、マリアーネは身震いした。
●
一方その頃。
「エルフの村………エルフの村にお姉様が………!」
マホラに突撃してニアミスしたリリティアが、エルフの村に進路を変えていた。
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