第十九話 逃げる三馬鹿、その道中での前世話

 ポカポカと心地よい日差しの中、街道を一台の馬車が軽快に走っていた。黒塗りのちょっと豪奢な車に、黒い影の馬―――三馬鹿が手繰る馬車である。調査の時よりは速度を落として、しかしそれでも並の馬車の1.5倍ぐらいの速度を維持したまま走り続ける。


 そしてそんな御者台からはリュートの二重奏と、こぶしの効いた歌声が流れてくる。


「あなたとぉー超えたいぃー」


 手綱を握りながらレイターが一旦貯めて。


「ニヤカンドぉ、超ぉえぇー」

「超えたらアルサード共和国に行っちゃうよ」


 歌い終えると同時に馬車内でリュートを弾いていたジオグリフが突っ込みを入れる。


「と言うかその歌のAメロが不穏すぎるのですが………特に今の私の場合………」


 同じようにリュートを手にしたマリアーネが疲れたように呟くと、ジオグリフとレイターは顔を見合わせて。


『誰かに取られるぐらいならあなたを殺していいですか?』

「ひぃっ………!」


 クレイジーサイコレズに絶賛進化中の美少女リリティアの影に怯えるマリアーネに、ジオグリフとレイターは苦笑した。指さしてゲラゲラ笑いたいところだが、自分にも被害が来そうなのであんまり笑えないのである。というか、ヤンデレ相手に逃げるというのは悪手でしかないというのが分かっているが妙案が浮かばなかったのだ。


 道中が暇なのもあって、こうして御者を持ち回りしつつカラオケ大会をしているのだが―――やはり現実逃避でしかない。げに恐ろしきは元日本人の習性である。明日やろうは三馬鹿野郎とも言う。


「しかしあれだね、レイの選曲見事にトラック野郎だね」

「そういう先生も見事にSFだらけだな。むせるぜ。姫が意外と雑食だが」

「まぁ心ぴょんぴょんするのも好きですが。―――ほら、私達の子供時代のオタクって、迫害されてましたでしょう?」

『あー………あったなぁ、オタクイジメ』

「私も受けましてねぇ………。高校進学を機に、メジャーどころも押さえるようにしましたわ」


 昨今のオタクは案外市民権を得ているものだが、昭和の終わり頃に起こったとある連続幼女誘拐殺人事件を契機に世間は大々的にオタクバッシングに走った。犯人がその手の趣味を好んでいたのもあるのだが、まだ未成熟なジャンルであったことも手伝ってか元々それ程大人達の理解のなかったオタク文化は暗黒期に突入する。


 元々オタクと言う言葉が広まったのは「コミケに集まるような薄暗い奴ら」という侮蔑、嘲笑をした無理解な大人差別主義者によるものだ。事件以前にもあったオタクに対する差別感情が、この事件を契機に加熱したとも言える。あの頃はオタク相手には何やっても何を言っても良い、という風潮があったのだ。


 困ったのが犯人とは全く関係ない当時のオタク達だ。元よりマンガやアニメ、ゲームは幼稚なものと見下されていたのに、その上でアイツのような性犯罪者になるぞ!と親から取り上げられることも多かった。そして親がそうしているから、と子供の中でもオタクに対する差別的感情が中高生辺りで芽生えるようになり、学校でいじめられるのは大抵内向的なオタク趣味を持つ少年少女となる。


 そうした経緯もあって、オタク趣味を持っていてもそれを隠すように興味のない流行の歌や特に好きでもないドラマなどを押さえて隠れ蓑としておく、所謂隠れオタクが出現した。マリアーネに限らず、ジオグリフやレイターもその類だったらしい。


「何でも話せる親友と呼べる友達もいなかったですし、中々そういう話をする相手も………ネットにぐらいしか」

「そう考えると結構いるな」

「その作品流行った頃ってもう暗黒期抜けてオタクが市民権持ち始めてるよね」


 尚、この三馬鹿がリュートなんぞを引ける理由もひらがな四文字タイトルのバンド作品の影響である。続いたかどうかは別として、あの作品を見て一度ぐらいギターを手にしたオタクも多かろう。


「私どうにかギリギリヒキニートでは無かったですが、イジメの影響もあって子供部屋おじさんでしたからねぇ………。会社にいる間は仮面を被りますから一通りのコミニュケーションは出来ますが、やっぱり素面でオタ話するのには憧れましてよ」


 だから今も結構楽しいのだとマリアーネは語る。


「トラックドライバーはどうなんですの?やっぱり孤独なんですの?」

「いんにゃ。意外と仲の良い他の社員とか何なら同業他社の連中と無料通話で駄弁りながら運転してたからそんなには。昔は車内は一人カラオケ会場だったが今はハンズフリーもありゃ骨伝導もあるしな」


 携帯電話普及前は無線でやっていたやり取りも、今ではスマホがあるので簡単になった。代わりに運転中の電話を手にしての通話は道交法で禁止されてしまったが、ブルートゥース接続のイヤホンマイクなどがあるのでやりとりに困りはしない。


 特に長距離同士でお互いに近くを走っていると事故や渋滞情報などの情報共有は結構重宝する。ハマった後でラジオや電光掲示板で知ったということもあったりするし、ドライバー事由でなくとも何でも自腹を切らせる超ブラックな運送会社もあるからだ。レイターも昔、大規模な事故渋滞にハマって延着損害で自腹を切らされたことがある。今の時代では考えられないが、規制緩和の影響でそんなヤクザな会社がポコポコ雨上がりのたけのこのように増えたのだ。


 あの時は会社と揉めたなぁ今なら速攻労基に駆け込んで転職するが、と遠い目をしてからレイターはふと思った。


「そういや俺等ん中で一等謎なのは先生だな。前世は何やってたんだ?」

「ん?ああ、政治家だよ」


 余りにしれっとジオグリフが告げるので、一瞬だけ空白が流れた。


「―――先生ってマジで先生だったんかい………」

「じゃぁ向こうでは結構な大事になってるのでは?」

「いやどうだろ。政治家と言っても所詮は地方の県議会議員だからね。それこそ地方紙ぐらいには載ったと思うけど」


 親もいないし親戚も絶縁してるけど、流石に役職が役職だから白骨化まではなってないと思うなー、と彼は告げる。


「それにしても何だって政治家の先生に?」

「私はね。―――中学生の頃、民主主義をぶっ壊したかったんだ」

『危険思想………!!』


 突然テロリストみたいなことを言い始めたジオグリフにレイターとマリアーネは慄いた。


「まぁ語ると長いから割愛するけど、勉強すればするほど今のシステムに行き詰まりを感じてたんだ。民主主義は大雑把に言えばベストを目指さずにベターを狙うシステムだけど、今は狙いすぎて下振れしてるってさ。打破するには古臭い民主主義という衆愚政治から国民全体の価値観をアップデートしなければと」

「最後で一気に胡散臭くなったぞオイ」

「何ででしょうね。言葉としては理解できるのに、その単語に妙な拒否感があるのは………」


 三馬鹿の中で比較的常識人枠であった奴が一番質悪い狂人だったかもしれん………とレイターとマリアーネは顔を見合わせる。


「けどまぁ、私にはそこまで才能もなかった。マルクス並みに宗教臭くなってしまった今の民主主義を破壊して新しい政治体制を打ち立てようとすると、今度は世界が敵だ。というか、その前に日本の飼い主に物理的にダメ出しされる。ま、結局頭の中の構想で終わりさ。頑張ってみたけど私も所詮は県議会議員止まりで、国政を動かすほどの地盤は作れなかった。政治家としてはまだまだな若手だったけど………死んじゃったしね」

「成る程………そんな危険思想中二病だから地竜戦の時、妙に尊大な態度でしたのね?」


 マリアーネの尋ねにジオグリフはだらだらと脂汗を流し始め、ややあってからすっと目を逸らして。


「―――記憶にございません」

『コイツやっぱり政治家だ―――!!』

「消えました。消しました。あんな黒歴史………!あぁそうとも!記憶のハードディスクにドリルで穴を開けたのさ………!」


 両手で顔を覆い、二人のツッコミを無視してついでに毛布を荷駄から取り出して包まってガタガタ羞恥に耐えるジオグリフに、レイターは尋ねる。


「じゃぁこの帝国の政治はどうよ?」

「色々不満はあるけれど、トップが有能な内はいいんじゃないかな。これは君主政治全般に言えることだけど、トップダウンだと良くも悪くも早いよ。実際に体感してみてよく分かった。まぁ、少なくとも今代の皇帝陛下は有能そうだったし、まだ若いから彼が生きてる間ぐらいは国内は平和じゃないかな」


 ひょこん、と毛布から顔だけ出すジオグリフはそう評した。


 流石に地竜の群れを退治し、更には帝国軍人や避難民まで救っているので帝国のお偉方も腰を上げざるを得なくなったのだ。


 労うための会食なのか、カツ丼食うか?的な取り調べなのか分からない謁見があった。立場を考慮して、それにはジオグリフ一人が出たのだ。運が良いのか悪いのか直答する機会があって、そこでのやり取りで皇帝の人となりをある程度察した。それを元にした寸評がしばらく内々は平和、である。


「それにもう政治はいいかな。面倒だし」

「え?どうしてですの?前世知識使えば鉄血宰相とか超☆領主とかなれません?」

「なれてどうするのさ。その手の人間で有能ってことは、同時に血も涙もないぐらい冷血果断でもあるってことだよ。中世の価値観じゃ何処ぞの政治家みたいに玉虫色の返答だけをするのは無能の証だし、優しさと甘さを取り違えた政策をする領主なんか真っ先に誰かに喰われる。かと言って有能足らんとして冷徹に切り捨てれば当然反発は生まれて、方方から恨まれる。そしてここは前世の日本と違って、暗殺は極めて現実的な常套手段だ。私は、そんなのに怯えて暮らす人生はごめんだね」

「こえー………政治の世界超こえー………」

「やっぱ平民でいいですわー」

「その平民でも戦闘力さえあれば上流階級も迂闊に手を出してこないし尊敬もされるからね。抑止力じゃないけれど、一揆打ち壊しが身近で現実味を帯びていると政治家も官僚も腐敗しにくいんだ。冗談抜きで命掛かってるから、悪事するにも命がけなのさ。全く以て力こそ正義。良い世界に転生したものだよ、私達は」

「何処のKINGの長だよ」

「時はまさに世紀末ですの?」


 三馬鹿がいつもの前世ネタでバ会話をしていると、開けた場所へと出た。


「―――お。巨人の通り道まで来たな」

「ですわね。後もう少しですか」

「エルフさん、まだいてくれると良いなぁ………」


 戦闘の跡というか、流された地竜さん達の血痕が未だ残っている荒野じみた場所ではあるが、三馬鹿はそんなの全く気にせずに巨大渓谷の先を見据える。


『いざ、獣人の里、マホラへ!』


 この三馬鹿、逃避先まで欲望に満ち溢れている。

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