第四話 三馬鹿の実力・ジオグリフの場合
ゴブリン、と呼ばれる魔物がいる。
あるいは小鬼とも称される最下級の魔物だ。人間の成人男性よりは弱い筋力に、子供の並の小さい体躯。原始的な武器は扱うが、人のように知恵があるわけではない。駆け出しの冒険者であっても苦戦することはなく、せいぜい道中の雑魚扱いされる魔物である。
だが、それは一体を相手取った場合に限る。
一個体が脆弱な場合、当該生物は基本的に群れる習性がある。当然、ゴブリンも同じ様に1つのコロニーを形成して秩序を持ち、数の暴力で人に対抗する。更には繁殖力が旺盛で他種族の女性を借り腹として扱い、半年もすれば数が倍になると言われている。
そして今、彼等のコロニーである洞窟に侵入者が現れた。数は三人。内一人は人間のメス。人間の中で冒険者と呼ばれる存在だ。ゴブリン達はそれを察知すると迎撃に打って出る。狭い洞窟、地の利はこちらに在り、数でも勝る。油断をせねば冒険者相手でも問題ない。ただの村人が好奇心で侵入したのならば、今夜の飯か孕み袋だ―――そう思っていた時期が、彼等にもあった。
「るるりらるりらジェノサイドー、おーれは陽気な殺戮者ーっとくらぁ」
「何ですの?それ」
「トラ◯ガン」
「人間台風かい。まぁ、確かにゴブリンにとっては台風みたいなものかな、私達」
三馬鹿である。
平和なゴブリンの
冒険者活動を始めた三馬鹿は、一週間程採集依頼をこなした後で、満を持して討伐系依頼を請け負った。帝都に近い村の周辺に数匹のゴブリンが出たのでそれを退治、そして念の為周辺の調査をしてくれとの話だった。台所に出現する黒光りする例の虫の如く、一匹いたら三十匹はいると思えと格言にもなるゴブリンである。近くにコロニーでも出来ていたら事だとの判断だった。
そして対象の村についた三匹は依頼主との会話もそこそこにゴブリンの痕跡を発見。レイターが猟師をやっていたので追跡はお手の物。早々にコロニーを発見した。しかも足跡の数から見て結構大規模。通常、この手の依頼で洞窟タイプのコロニーを発見した場合仕掛けずに報告するのが是とされる。村落タイプと違ってゴブリンの総数が把握できないためだ。まだ出来たてで二、三十しかいないならば駆け出しでも苦労するかも知れないがどうにかなろう。だが、これが蟻の巣のように張り巡らされていて、そこかしこにゴブリンがいれば1パーティでは難しい。
狭い洞窟であるために長物の武器の取り回しが厳しく、地の利はゴブリンに在り、そして何より数で劣る。
普通ならば突撃などしない。そう、普通ならば。
特殊なスキルなど神に貰っていなくても、培った経験と知識を引き継ぐだけでも十分チートであると体現する三馬鹿は普通ではなかった。
「―――
翡翠色の宝玉を戴いた大杖を手にしたジオラルドが呟いた直後、彼の周辺に15本の雷の矢が出現したかと思えば、それこそ雷光の速度で洞窟内を奔って複数のゴブリンを貫いた。じゅ、と肉の焦げる匂いがして貫かれたゴブリン達がバタバタと倒れていく。
「うーん、やっぱりいいですわね。それ」
「戦闘中に詠唱しないでいいってのは楽でいいな」
「まぁ事前に唱えているんだけどね。下手に無詠唱使えると捕まるし、この世界」
この世界での魔法体系は詠唱が必須だ。過去には無詠唱も研究されたそうだが、習得難易度よりも運用に苦慮して破棄された。詠唱しなくて良い―――取りも直さず魔力を束ねるだけで魔法が出るということは、夢の中でも使えてしまうのだ。実際、過去に無詠唱体得者が睡眠中に何の夢を見たのか戦略級魔法をぶっぱして都市が半壊したことがある。
以降、詠唱破棄や短縮は研究されているが、無詠唱は禁忌として封印されている。
実はジオグリフも使おうと思えば使えると自覚しているが、そういった面倒さを回避するために一線を越えていない。とは言え、魔導師の詠唱は戦闘中には致命的だ。故に、詠唱破棄や短縮方向に舵を切って―――そして別方向の閃きに至った。
あれ?魔法って発動前に圧縮すれば待機状態で収納魔法に格納できない?と。
この世界の住人では思い至らないPC的発想。圧縮ファイルをフォルダに格納しておいて、必要なタイミングで解凍指示を出して使う。
即ち―――zipでくれ。
そのままだとアレなので
これのメリットは速度だけではない。収納魔法の限界まで入るし、ジオグリフの鍛えに鍛えた超魔力の影響でどこまで入るか本人も把握してない。その上、詠唱時に魔力は使っているが、解凍作業ではほぼ使わない。だから、今も全く彼の魔力は消費していないのだ。平均的な魔導師ならば、先程の斉射で息切れぐらいはしているというのに。
そして何より待機は無期限。魔法を扱えるようになってから暇さえあれば唱え続けた無数の魔法が、彼の収納魔法の中には星の数ほど格納されている。
「もうコイツ一人でいいんじゃないかな?」
「あれですわね、一人旅団。しかもネタじゃなくてマジでやれちゃうやつですわ」
「人をそんな魔王みたいに扱わないでくれるかな?それにほら、こうやって接近されると自分も味方も巻き込まれるかもしれないから」
呆れているレイターとマリアーネの背後に、ゴブリンが迫っていた。
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