第31話 修行のヨウヘイ

 ――――それからしばらくは、マユからの目立った呼び出しも無くヨウヘイはひたすらカジタからコーヒーの淹れ方はもちろん、純喫茶の店員としてのイロハを鍛え直す時間が流れた。





 同時に、自分からお株を奪おうとする後輩・ペコからイタリアンも学んでやろうと、苦心惨憺していた。





 カジタから「そうそう。豆の選び方と挽き方はそんな感じだ、覚えとけ」と褒められたり、ペコから「細かいスパイスを加えるタイミングは的確デースネ」などと言われたり。




 無論、褒められることよりも厳しく叱咤されることの方が多かった。





「だから、ちげぇ!! 物の扱い方が荒っぽいってんだ、おめえはよお。」



「料理は、ただ味さえ良ければイイってもんじゃあアリマセーン!! お客サンに目で見て喜んでもらう為に見栄えも美しく!! トマトの切り分け方がまだまだ下手糞デース!!」





 ――カジタが営む純喫茶『RICH&POOR』は、決して人気のカフェであるとか、星認定されるような格式の高い飲食店というわけではない。カジタが趣味の延長のようなもので始めた店だ。






 それでも、カジタは客商売である以上、決して手を抜いたことは無かった。





 美味しい料理や飲み物はもちろん、店内のこまめな清掃、メニューのデザイン、調理器具やテーブル、椅子などの手入れなど、そして接客態度など出来うる限りの仕事は何でもやっていた。






 その大切さを、かつて料理学校に通っていたというペコも解っていたから、自分の得意としているイタリアンだけでなく、郷に従ってカジタなりの店のメンテナンスなどは率先して従事していた。






 ――最初のうちは、決意こそしたもののカジタに叱られ、ペコにはなじられ、自分自身でも不注意でのミスを連発して何度となく心が折れそうになっていた。『自分がまだ出来ない、未熟だ』と感じる度に、井戸の底にでも突き落とされたような暗くじめじめとした心持ちになってしまうことも何度もある。





 だが、その度、最初は冷ややかな表情しか見せてくれなかったマユの、あの柔らかな笑顔や、美味そうに飲み食いしてくれるアリノの顔を思い出して励みにし、努力を続けた。






 ――そういう修行を続ける中、常連となってくれたマユやアリノが何度か店に寛ぎに来てくれるようになった。この前来てくれた時には――――






「――いらっしゃいませー!! ……おお、マユとアリノじゃあねえか。」






「こんにちは。またコーヒー頂きに来たわぇ。」



「俺もだ。土木作業の現場がたまたま近くてな。少し服が汚れてるかもしれんが、許してくれ。」






 ――この時点で、一念発起して1週間半ぐらいは経っただろうか。ヨウヘイはまたコーヒーもイタリアンも及第点と言えるレベルまで認められていない。すぐにカジタとペコが慌ただしく働く。ヨウヘイも皿洗いや清掃など出来ることに従事しながら、2人と話す。





「――どうなんだ、マユ。検査とかデータ解析とか言ってたけど……あれから何か進展あったのか?」






 ――マユとアリノは、カジタとペコに聴こえないように所々声のトーンを落としながら話す。






「…………まあ、順調……と言えば順調でありんす。アリノのヒーローとしての力も大体解ったし、この前の潜入で得たデータも少しずつ解析している。ただ…………。」







「……ただ、何だ?」






「――どうやら、わっちは今まで所内の職員たちに……特に対悪性怪物殲滅班スレイヤーズギルドのみんなには甘やかされていたようでありんす。わっちがちょっとでも徹夜仕事をしようとしたら……特にサクライが鬼のような形相で、怒鳴ったりはしないもんの物すげえ圧で。強制的に家に帰らされたりするでありんす。他にも何かと班員たちがわっちがやろうとしている仕事を勝手に分散して肩代わりしようとしたり…………やれやれ。わっちがもう少し研究に没頭出来れば、早く解析も進むのに。」





「――ははは。そりゃあ俺が言うのも何だが、自業自得だぜ。対悪性怪物殲滅班の人たちも、みんなマユのことが大事なんだよ。自分たちが『悪』へと恨みを晴らしたい。けれどその為には所長の身体になんかあっちゃマズい、ってよ。あんた、部下たちに愛されてんだよ。知ってるだろ?」






「――俺もああいうオフィスのような仕事場はあまり感覚的にピンと来ないが……マユがかなり無理をしていて周りに心配されているのがとても伝わってきた。部下に愛される上司や社長は貴重な人間だと思う。もっと彼らの気持ちを慮るべきだな。」





 ヨウヘイに続いて、アリノも、検査に行った時の感想だろうか。職場でのマユの無茶な働きぶりを感じ取ったようだ。






「……客観的に見ればそれって幸せなことでありんしょうけど……わっち自身としては、何だかねえ。ともかく周りが仕事中毒のわっちを気遣うお陰で、わっちは健康的に働かせてもらってるでありんす。データ解析も9割方済んだ。ただ…………ひとつだけ、なかなか解らないことがありんす。」





 ――マユは憂いというよりは、怪訝そうな顔で、手持ちのタブレット型端末の資料から画像を見る。





 映し出されている画像は…………何やら古びた短刀だった。






「――何だそりゃ? あっ、もしかして…………最初にウチに来た時に持ってた、あの短刀か?」





「左様でありんす。これもある場所で発見したんでありんすが……ただの短刀や骨董品のようなモンじゃあないようでありんす。何か特殊な力を感じる…………けれどそれが何なのか解らない。もしも、あの敵地探索やヒーローの力に関係しているものなら、何としても解き明かしたいところでありんすが…………。」






 ――画像の中の、無数の角度から撮った短刀は、一見脇差か懐刀などの日本刀だが、確かに何か異様な雰囲気を感じる代物だった。一体この短刀は何なのだろうか――――

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