第26話 無い物ねだり
――それからすぐに、マユの運転する乗用車の助手席にヨウヘイ、後部座席にアリノが座って暫しの憩いの為に喫茶店『RICH&POOR』へと向かった。車に取り付けてある最新式のカーナビなどで場所は解るのだが、念の為ヨウヘイも道案内をした。
つい昨日も乗ったばかりだが、さすがに社会に大きく貢献している研究企業の社長の車だ。車内の間取りの広さやリラックス効果のあるアロマ、マユの趣味の飾り付けや車自体のスペックの高さやシートの座り心地など、実用性を考えれば高級車にも負けていない良い車だ。ただしマユ自身は資金の類いは研究に多くを捧げている上、他の社員とあまり待遇の差をつけて心証を悪くしない為に敢えて機能性重視の一般大衆向けの乗用車を使っていた。
それでもヨウヘイは露骨に羨ましい気持ちを出してしまう。
「……あ~あ……前も思ったけど、マユの車良いよなあ……こんなカッコイイ車、俺も運転出来たらなあ。」
「……そんなに運転したいんでありんすか? 必要な時があるなら、貸すぐらいはしんすよ。」
「えっ!? マジで、いいの!? ――――つっても、俺、免許持ってねえんだよなあ。」
「……そういえば貧しい経済状態でありんしたぇ。それでも、車本体はともかく教習所ぐらいはちょっとお金貯めれば挑戦出来るはずでありんす。やってみたら?」
「――あ~……う~ん…………やっぱ無理かも。ヒーローやってる時はともかく、俺すっげえビビりだから。店の包丁やらコンロやら使うだけでブルっちまう。教習所の教官にボロクソ言われて終わりな気がするわ。」
「――あんた……ではあ何の為に運転したいとか言ったの……。」
「――そりゃあおめえ、カッコイイからに決まってんだろォ!!」
「はいはい。テキトーな動機をどうも。ところで、アリノ。あんたは車は?」
車について呑気な中学生のような語り方のヨウヘイにややうんざりしながらも、アリノにかぶりを振ってみるマユ。
「車か。俺は社会に出てから土木作業員でずっと通してるから、乗用車は持ってないぞ。」
「――おっ? となると俺と一緒か?」
「いや、仕事柄必要だから現場で貸し出されたトラックぐらいは運転するぞ。重機もな。自家用車は持てないが、あまり交通の足に不便はしてない。」
「……デスヨネー……そりゃあ普通に乗用車乗るより難しいことしてんじゃあねえか……」
「さすがは職人仕事でありんすね。何か急用で車が必要になったら、アリノには貸してもいいでありんすぇ。」
「そうか。出会って早々なのにかたじけない。もしそうなったら恩に着る。」
「…………はあ~っ……無い物ねだりしてもしゃあねえ。俺は俺に出来ることで頑張るわ。」
「はいはい。殊勝な心掛けでありんす。さあ、着いたわぇ。」
――少なくとも車の扱いに関しては、ヨウヘイよりもアリノの方がマユから信頼を勝ち取ったようだ。
3人で(主にヨウヘイが)馬鹿話しているうちに、店には着いた。駐車場に停め、安全に気を配りながら車を降り、マユはリモコンで車にロックを掛けた。
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「――――いらっしゃいマーセ!! ……って、アレ? ヨウヘイ先輩、もう帰って来たんデースカ?」
――従業員用のエプロンを、いつの間にかかわいらしくアレンジして着たペコが笑顔で明るく、駆け足で接客してくれたが、ヨウヘイが思ったよりも早く帰って来たのですぐに驚いた顔にキョロッと変わった。
真昼間の喫茶店。何人か常連客も寛いでいたが、席は概ね空いていた。カジタもカウンターからヨウヘイを見遣り声を掛ける。
「――おう。そっちのバイトはもう上がりか? 早かったじゃあねえ――――」
「――ハニャニャフワァアアアアーッ!? そ、そっちの美人さんは、一体――――!?」
――ペコは、ヨウヘイの後から入ってきたマユを見るなり、雷に打たれたように奇声を上げ、目玉をくるくると動かして動揺している。そして俄かにぽーっと、顔を紅潮させる。
「な、なんだよ。言っとくけどまだ今日のバイト上がりと決まったわけじゃあねえ。ちょっと休憩に戻って来ただけで――――あ?」
ヨウヘイがカジタとペコに休憩に来ただけ、と告げる間もなく、ペコが速足で近付き、ヨウヘイを追い越した。
――そして、片膝を付いて跪き、するり、とマユの綺麗な長い指の手を自らの両手で取った。
「――――まさか、こんな寂れた店『なんか』に……祖国でもお目にかかれないような美しいヒメギミがやって来るなんて…………喫茶『RICH&POOR』へヨウコソ。ボク、ペスコ=コーシャって言います。是非とも気軽に、温かく、愛を込めて!! 『ペコ』と呼んでくださいマセ…………最大級のおもてなしをさせていただきますヨ。レイ・エ・ベリッシマ(最高に美人ですね)。」
「――あっ……ええ……? イタリア語…………?」
「――なーに客口説いてやがる、このイタ公。」
「――アイタッ!」
露骨な、気障っぽいペコのアプローチに、ヨウヘイですらもうざったくなってペコの頭を、バシッとはたいた。
「――――あの野郎、午前から今まで働かせてハッキリしたぜ。べっぴんさんが来た時だけ露骨な接客をしやがる。さりげなく、口説く代わりに寂れた店『なんか』とか言いやがったな…………料理は美味いんだが、なあ…………。」
カジタは、困惑するマユを見ながらひと際大きな溜め息を吐いた。
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