神依のシズ

雪月

プロローグ 神宿す少女

「お嬢さん、あんたぁ一人旅かね?」

「……そんなところ」

「ほ、そんな小さいのにねぇ」

「……」


 なだらかな道を、2頭立ての乗合馬車がカラカラと軽快に進んでいく。

 馬車の前後には2人ずつ護衛がついており、談笑しながらも身体強化を行使した足取りは馬車と変わらぬ速さを維持していた。



 キャビンの中には乗客が6人、ゆったりとスペースを取って座っている。8人乗りの為、少し席には余裕があるようだ。


 週に2度、宿場町を結ぶこの路線を利用するという初老の男が、勝手知ったるといった様子で他の乗客の素性を聞き出している。話好きなのだろう。


 彼が聞き出した話によれば、彼の他は夫婦だという中年の男女とその息子、建具屋だという若い男、そして今しがた一人旅だと答えた少女。


「お嬢ちゃん、あなたおいくつ?」


 少女に興味が沸いたのか、夫婦の妻の方が話に加わる。


「ハァ……15歳」


 ため息混じりに答えられたその内容に、乗客達は「まぁ」だとか「えっ」だとか、口々に驚きの声を漏らす。


「僕より小さいのに!」


 11歳だという夫婦の息子が少女を指さしながらそんな風に言うのを夫が「失礼だぞ」とたしなめた。


 そう、少女は小さかった。

 140cmにも満たない矮躯はせいぜい10歳程度…とても15歳には見えず、明るい灰色の長髪は体の半分を隠しているようだ。前髪には銀の金具に蒼い宝石の嵌まったシンプルなデザインのヘアピンが存在を主張するように輝いていた。

 黒い魔獣素材の上等な革コートはややダボついていて、少女の手は袖に隠れてしまっている。


 少女は髪と同じ色の瞳を眠そうに開けた半目から覗かせ、「またか…」とウンザリした様子を隠しもせず乗客達を睥睨すると、そのまま体をキャビンの壁に寄りかからせ、目を閉じてしまった。


「怒らせてしまったか」と少し静かになったキャビンはしかし、話好きの人間が多いのだろう、また談笑する声で騒がしくなった。



[シズはよく小さいと言われますよねぇ]

[実際小さい]

[うるさいよ、二人とも]


 その場にいないはずの7人目と8人目、2人の女性の声。1人は何だかとぼけたような印象の間延びした口調、もう1人は幼くも冷たさを感じさせる口調だ。

 そして、それに応対した小さな少女…シズと呼ばれた少女の話し声に反応する者はいなかった。

 それもそのはず、その会話はシズの頭の中だけで行われていたからだ。


[今、何往復目でしたっけ?テラフィナ]

[4往復だよ、ウルスラ]


 ウルスラ、テラフィナと呼び合うその存在はシズの魂に宿る神…それも異世界で邪神として封印されていた曰く付きの神だ。


[もう馬車はこりごり……早く依頼を済ませたいよ]

[なかなか引っ掛からない]

[本当にいるんですか?傭兵崩れの野盗なんて]

[ギルドはそう言ってたよ…他所からこの辺りに来てるって]

[だからって乗合馬車でひたすら往復するなんて面倒ですよねぇ]

[用心深い奴らで捜索するとすぐに逃げ出すんだって…こういう依頼なんだから仕様がないよ]

[ねぇ、シズ。来たみたいだよ]


 テラフィナの言う通り馬の嘶きがして、にわかにキャビンの外が慌ただしくなる。

馬車がちょうど森に差し掛かったあたりだった。

木々の間に隠れていた野盗が次々と飛び出してくる。


「敵襲!!敵襲だ!!」

「野盗か!数が多いぞ!」


 護衛達の緊迫した様子がキャビンの中にも伝わり乗客はパニックになっている。

 そんな中、シズは立ち上がるとキャビンの扉に手を掛けた。


「お嬢さん、外に出ちゃいかん!」


 初老の男が慌てた様子で呼び止めるが、シズは構わずキャビンの扉を開けようとして不意に手を止めた。

 怯えた様子の11歳の少年が涙目で首を横に振っている。出たらダメ、ということだろう。


シズは少年の頭をポンと軽く撫でると、少し微笑んだ。


「大丈夫、あなた達はわたしが護るから」


それだけ言い残すとシズはキャビンから勢いよく飛び出した。



「〖魔法壁マナウォール〗」


シズの詠唱と共に、淡く蒼く光る魔法の壁が馬車全体を包み込んだ。

頭を抱えてうずくまっていた御者が、内側からその壁を見回してポカンと口を開ける。


シズは走り込むと、つばぜり合いをしていた護衛の男の横合いから野盗の脇腹を蹴り抜いた。

魔法で強化された脚から放たれた蹴りは、その矮躯からは考えられない威力で野盗を吹き飛ばした。蹴られた野盗は地面にうつ伏せになり動かなくなる。


「加勢する。馬車は心配ない」

「君は!?……助かる!」


シズの姿に一瞬驚いた護衛は、馬車を覆う魔法と先ほどの手際に納得したのかすぐにシズを戦力として認めたようだ。


「〖魔法刃マナエッジ〗」


数多の魔法の刃がシズの手から放たれる。

精密に制御された魔法の刃は、弧を描きながら飛来し、野盗達の手足を深々と切り裂き、その動きを止めていく。


「クソ! ずらかれ!」


次々と倒れていく仲間の様子にこれ以上は無理だと判断したのだろう。野盗のリーダーらしき男の掛け声で、まだ動ける野盗が一斉に森の中、バラバラな方向へ散っていく。逃げ出したのは8人程か。


[テラフィナ、お願い]

[うん]

「[〖黒妖犬モーザ・ドゥーグは冒涜者を逃がしはしない〗]」


テラフィナの権能ちからが語り継がれる“恐怖”を呼び出し実体化させる。

毛むくじゃらの黒い犬が8頭地面から沸き出すように顕れた。爛々とした赤い目に耳元まで裂けた口から涎をボタボタと垂らした禍々しい姿だ。黒妖犬達は一斉に駆け出して追い付いた野盗達に食いついて地面に組伏せていった。

あちらこちらで野盗達の悲鳴や呻き声が上がっている。


あと1人……リーダーらしき男はまだ黒妖犬に抗い、なんとか剣で打ち払っていた。

追い付いたシズが黒妖犬の頭を軽く撫でると犬はシズの身の丈近くある巨大な裁ち鋏に姿を変える。

シズは大鋏を手に取ると、野盗のリーダーにその切っ先を突きつけた。


「貴方が野盗の頭?生け捕りにしろって依頼だけど、暴れると痛い思いをするよ」

「何なんだ、お前!? 得たいの知れないガキが!」


シズは野盗の頭が悪態をつきながら横凪に振るったバスターソードを見切り、半歩だけ下がって避けると立て続けの振り下ろしを開いた大鋏でガッキと受け止める。

金属の擦れるキキキキという音がした。幅広の頑丈そうなバスターソードは、しかしあっさりと、まるで飴細工のように根本から切り折られてしまった。


「これで、終わり」


柄と短い刃だけになったバスターソードを手に唖然とした野盗の頭は、飛び上がったシズが脳天めがけて振り下ろす大鋏のみねをもろにくらい顔面から叩きつけられ昏倒した。


▽ ▽ ▽


「〖大地よ、従って〗」


馬車の護衛達も手伝い、野盗達にはとりあえずの止血が施された。一固めにした野盗達の足元の地面がシズの魔法によりどんどんと押し下げられていく。

出来上がった簡易の穴牢に野盗達を閉じ込めると「これでよし」とシズは小さく頷いた。


「お嬢さん、あんたぁ一体何者だい?」


一仕事終えた風にしているシズに、おずおずといった感じで、話好きの初老の男が尋ねにくる。

護衛達や他の乗客達も気になるといった様子で男の後ろに控えてシズの答えを待っていた。


シズは首もとからその等級を示す銀色のタグを取り出して告げた。


「2等級冒険者のシズ。こいつらを捕まえる為ギルドの指示で動いてた」


「え~~っ!?」っと一同は目を丸くしている。「まただよ」と、もはや見慣れた反応にガックリとシズは脱力するのだった。


◇ ◇ ◇


「お姉ちゃーん、ありがとねー!」


馬車の一向との別れ際に少年がブンブンと大きく手を振ってくるのに、軽く手を振り返してあげる。


「お姉ちゃん……か」


一人ごちたわたしに、ウルスラがしんみりとした小さな声で言葉をかけてきた。


[思い出しますか?ジョゼのこと]

[……そうだね、思い出しちゃったよ]

[もう3年も経つんですね……]

[あの子が大きくなってたらちょうどあのくらいかな……?]


故郷を旅立って、もう3年も過ぎた。

あの子と……ジョゼと出会って、そしてウルスラ、テラフィナと出会って。

わたしが旅立つ切っ掛けとなったあの“出来事”の記憶は、今もまだわたしの中にトゲのように刺さり抜けないままだ。


お母さんとの約束はあるけれど、たまに感傷に浸るのもいいかもしれない。


そう、わたしはほんの3年前まではどこにでもいる……と言うと語弊はありそうだけど、ちょっと魔法が使えるだけの小さな子供だった。

……今も小さいけど。


わたしは大好きな家族と、暖かな人達に囲まれて、スラムで暮らしてたんだ。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


まずはプロローグをお読みいただきありがとうございます。

少しでも面白いなと思っていただけたら幸いです!

応援やコメント、★★★も頂けたら大変励みになります!


1章からはプロローグの3年前のお話になります。

シズはどうして旅に出ているのか?

二人の神とは?何故シズに宿っているのか?

ぜひ読んで確かめていただけたら嬉しいです!








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る