第24話  「あなたは誰?」

 薄く目を開けると、赤みがかった日差しが目を貫く。

 見知らぬ天井。意識が戻ってくるにつれて、左腕の痛みが徐々によみがえってくる。


 「「さくらぁ!」」


 そんなとき、身体を二つの衝撃が襲った。少し顔を上げ、衝撃の正体を確認する。


 「苦しいよ、珊瑚ちゃん、雛乃ちゃん」

 「あ、ごめん……」


 そう言って俺の身体から離れたのは珊瑚ちゃん。雛乃ちゃんは相変わらず俺のことを力一杯抱き締めていて、離れてくれない。

 そんな雛乃ちゃんは涙を流していた。恐らく心配をかけてしまったのだろう。申し訳ないと思うと同時に、そんな雛乃ちゃんを愛おしく思ってしまった。

 俺は雛乃ちゃんの髪をなで、離れてくれるよう促す。


 「ごめんね、心配かけて。でも一回離れてくれる? 本当に苦しいの」

 「でもぉ……。あたしさくらがこんなことになってたのになんもできなくて……。さくらがいなくなったらどうしようって、そんなことずっと考えてて……」

 「うん、ごめんね」

 「どうして謝るのよぉ……。さくらはなにも悪くないのに……」


 会話にならない。けど、本当に心配をかけてしまったのはわかる。


 「さくらちゃん、大丈夫?」

 「はい、心配かけてすみません」

 「本当よ。次からはあんな無茶はしないこと」

 「……はい」

 「なんかまたやりそうな返事」

 「し、しないです! もう、皆に迷惑はかけません」

 「別に誰も迷惑なんて言ってないでしょ。ねえ?」


 俺は未だに離れてくれない雛乃ちゃんの髪をなでなから乃愛ちゃんと会話をする。乃愛ちゃんが同意を求めたのは蛍ちゃんだ。


 「はい。ただ、本当に心配しました……」

 「もう、心配はかけません……」

 「よろしい! あと、さくらちゃん」

 「はい?」

 「珊瑚ちゃんを守ってくれて本当にありがとう」


 守った、というと語弊がある。巻き込んだのは俺だ。俺のエゴで珊瑚ちゃんを巻き込み、皆に心配をかけてしまった。


 「桃井」


 先程までは引いて見ていた、芹沢先生が俺に声をかけた。


 「困ったときはもっと大人を頼れ。今回だってお前が一人で助けにいかなくても近くの大人に声をかけて、一緒に助けるだけでもなにか変わってたかもしれない」

 「はい……」

 「もちろん私を頼ってくれても構わない。そのための顧問なんだから」

 「はい、すみませんでした」

 「まぁ、反省しているならいいが。それと、お医者さんが左腕のレントゲンを撮りたいから歩けるようだったら来てほしいって。歩けなさそうだったら呼び出してもいいらしいけど、歩ける?」

 「あ、はい。大丈夫です」

 「じゃあ、私が桃井をつれてくから。立てるか?」

 「ありがとうございます」


 俺は差し出された芹沢先生の手を右手で掴まり、ベッドから立ち上がる。

 そのときには雛乃ちゃんも離れてくれていた。泣き止んではいないようだけど。


 それから俺は芹沢先生に続いて別室のいる医者のところへと向かった。


◆◇◆


 レントゲンやその他の診断を通して、俺の左腕にひびが入っていること、ぶつけた頭は脳震盪であり、後遺症などの問題は特にないことがわかった。

 俺の左腕がギプスで固定される。肘を曲げた状態で固定されたため、ものすごく違和感がある。

 それからさらに、首から布を吊るし、左腕は胸の位置で固定された。

 前世でも骨折の経験はないためなかなか新鮮な体験ではあるが、もう既に不便さを感じている。


 それから俺は、病室へと戻った。芹沢先生とは病室の前で別れた。そろそろ桃井さくらの母親がここに来るから出迎えるらしい。

 俺も行く、と言ったがお前は休んでおけと断られた。


 病室に入ると、そこには珊瑚ちゃんの姿しかなかった。


 「あ、おかえり」

 「みんなは?」

 「なんかさくらのお母さんを出迎えるって。あたしも行くって言ったんだけど、珊瑚ちゃんはさくらちゃんを待っててあげてって乃愛先輩に言われて……。多分気を遣わせちゃったみたい」


 どうやら、みんなも芹沢先生と同じことを言って外に出ていったらしい。


 「まぁ、あたしもさくらと話したかったからさ、お言葉に甘えさせてもらっちゃった」


 まぁ、そりゃそうだよな。さすがに珊瑚ちゃんにはもうばれているだろう。俺が桃井さくらではないことに。


 「うん」

 「まずはありがとね。助けてくれて」


 俺はベッドの上に腰を下ろす。珊瑚ちゃんはベッドの前に配置されたパイプ椅子に座っているから向かい合う形だ。


 「ううん。私の方こそ遅くなってごめん」


 例え、俺が桃井さくらではないとばれても、この世界が漫画であるということを話すわけにはいかない。

 いきなり君は漫画のキャラクターなんだと言われても、到底受け入れられるものではないだろうから。

 だから、俺は珊瑚ちゃんに真相を話すわけにはいかない。この罪悪感は俺の胸の中に止めることしか出来ない。


 「さくらに聞きたいことがあったの。どうしてあのとき、最後にあたしに謝ったの?」

 「あのとき?」

 「ほら、さくらが意識を失う直前に言ってたでしょ?」

 

 あのときは、とりあえず珊瑚ちゃんに謝らないとと考えていた。でも理由は話せない。

 さて、どう誤魔化したものか。


 「そうだっけ?」

 「覚えてないの?」

 「うん。ごめん」

 「そっかぁ……」


 覚えてないことにした。まぁ、意識を失う直前だったんだし、そんなこともあると納得してくれるだろう。


 しばらくの沈黙。もしかしたら珊瑚ちゃんも言うべきなのか悩んでいるのかもしれない。

 俺の身に起きていることは、本来であればあり得ない出来事だ。

 珊瑚ちゃんだって思っていることだろう。この人はさくらではない。でも身体は間違いなくさくらのものだ。では、目の前のさくらはいったいなんなんだ、と。


 実際、俺が珊瑚ちゃんの立場であったら言わないかもしれない。


 「さくら、他にも聞きたいことがあるんだけどいい?」

 「うん」

 「ありがと。……んとね、なんて言ったらいいんだろう」


 でも、珊瑚ちゃんは心を決めたようだ。

 珊瑚ちゃんが見て見ぬふりをすれば、少なくとも珊瑚ちゃんの中では前と変わらぬ関係でいられた。

 俺のことを話したら、もとの関係に戻ることは出来ないだろう。少なくとも、この身体が桃井さくらに返らない限りは。でもそんな方法は俺にもわからない。


 「んー、ほんとはね。ずっと前から気づいてはいたの。でも聞くべきなのか悩んでた」

 「うん……え、前から?」

 「うん、入学式の日から違和感はあったし、確信したのは雛乃ちゃんのことでクラスの子と揉めたとき」

 「あの時……なんかおかしかった?」

 「さくらは誰かを敵に回すような言葉を人に言わないから。波風を立てず、ただ静かに、争い事には関わらない。中学のときいじめられてからずっと……」


 いじめ……? 桃井さくらっていじめられてたのか。いや、確かに以前珊瑚ちゃんがそれっぽいことを言っていた気がする。

 あの時は全く意味がわからなかったが、いじめのことだったと考えたら、あの時の珊瑚ちゃんの言葉は筋が通る。


 「その顔、やっぱり知らなかったんだ。でもその話は後。まずはあたしから。もう、単刀直入に聞いちゃうけど」

 「うん」

 「あなたは誰?」


 俺も覚悟を決めよう。

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