第20話  「初々しいなぁ」

 「え、今日が初めてなんですか!? クオリティすごいですね!」


 写真を撮り終えた男性と乃愛ちゃんが少しお話ししている。


 「この写真、snsに投稿しても大丈夫ですか?」

 「私は大丈夫ですけど……みんなは大丈夫?」


 男性の質問に対し、乃愛ちゃんは俺たちに尋ねる。それに対し俺たちは頷いた。


 「皆さんもsnsとかやられてるんですか?」

 「いえ、コスプレ用のはまだ無いですね」

 「今日が初めてと言ってましたもんね」

 「そうですね。でも作るのもいいかもしれないですね」

 「はい、見つけたらフォローさせてもらいます」

 「ありがとうございます」


 それから男性は他のコスプレイヤーのもとへと去っていく。こう言ってはなんだが、こういうイベントに来ている人ってもっとオタクっぽい人が多いかと思っていたが、普通に好青年だった。


 「さ、私たちももっと開けた場所に行こうか」


◇◆◇


 俺たちは場所を移動し、他にも多くのコスプレイヤーが集まる広いスペースへと来た。

 すると必然的にさっきの男性のような写真を撮りに来た人、いわゆるカメコの人たち以外にも、コスプレイヤー同士の絡みも増えてくる。

 俺たちのところにもたくさんの女性レイヤーの人たちが、俺たちが初めてと聞くといろいろなことを教えてくれたり、他にもいろいろと世話を焼いてくれる。


 「君たち初めてなんでしょ?」


 一人の女性が俺に声をかけてくる。


 「あ、はい」

 「あはは、緊張しないでいいよ、初々しいなぁ。ねね、二人で写真撮らない?」

 「え? あ、私とですか?」

 「うん。あたしミサ推しだからさ」

 「……じゃあ、お願いします」

 「ふふ、はーい」


 女性は微笑みながらスマホのカメラを構える。

 俺と女性の距離が近づく。雛乃ちゃんと似たような距離で写真を撮ることも増え、少しは慣れてきたと思っていたが、今写真を撮っている女性は恐らく二十代くらいではなかろうか、大人の雰囲気といった感じでまたなんか違う感じでくらくらする。


 「はい、ちーず。……こんな感じだけどどうかな?」

 「すごくいいと思います」

 「ふふ、ありがと。写真送りたいんだけど、何かsnsやってる?」

 「あ、えっと……」

 「あ、無いなら別にコスプレ用とかじゃなくてもいいよ。とりあえず写真送りたいだけだからさ」

 「あ、じゃあ、ミンスタとかは……」

 「ミンスタね。アカウント見せてよ。交換しよ」

 「はい」


 俺は頷き、スマホでミンスタを開き、アカウントを見せる。

 するとフォロー通知が届いた。俺はフォローを承認する。どうやら女性の名前は、いや、本名かはわからないが珠理じゅりさんというらしい。


 「じゃ、写真送るね」


 通知音がなり、ダイレクトメッセージに先程の写真が届く。


 「わー、この写真可愛い。さくらちゃん? だよね。は、こっちの子であってる?」

 

 珠理さんは以前俺の家で雛乃ちゃんとメイクしたときに撮影した写真を開いて、俺に尋ねる。


 「はい」

 「やっぱり! おっぱい大きいもんね」

 「あはは」

 「こっちの子は友達?」

 「あ、あそこでオーカのコスプレしてる子です」

 「え!? あの子こんな可愛い女の子だったんだ。ちょっと華奢だし、男装なのはわかってたけど」


 やっぱり普段からコスプレをしている人は、男装かどうかの判断もつくらしい。


 「ていうか、さくらちゃんってjk?」

 「え、あ、はい。高校生です」

 「若者だ! jkのエネルギー浴びないと!」

 「え、え!?」


 珠理さんが俺の背中に回って、なにやらエネルギーを浴びるとか言って息を大きく吸い込んでいる。


 「えーっと……?」

 「ふぅ、若返った! ありがと、さくらちゃん!」

 「えっと……どういたしまして?」


 何をしてるんだ、この人は……? 珠理さんだって世間的に見たら十分に若い方だろう。年齢知らないけど見た目どおりであるなら。


 「じゃあ、またね。さくらちゃん。他のイベントで会えたりしたら嬉しいな。あ、コスプレ用にsnsアカウント作ったら教えてね!」

 「あ、はい。ありがとうございました」

 「じゃあねー」


 俺は去っていく珠理さんに軽く頭を下げる。

 珠理さんの姿が見えなくなってきた頃、何時の間にか横に来ていた雛乃ちゃんに声をかけられる。


 「さっきの人は誰? 仲良さそうに話してたけど」

 「なんかミサ推しの人で写真撮ろって」

 「ふーん、なんか仲良さそうに話してたから知り合いなのかなぁって思ったんだけど」

 「それは珠理さんのコミュ力がすごかっただけ」

 「あー、たまにいるよね。コミュ力すごいオタク」


 端から見たら雛乃ちゃんや乃愛ちゃんとかも似たようなものだと思うけど。


 それからも、写真を撮らせてくれと申し出る人や、コスプレイヤー同士の交流をこなして、あっという間に昼頃になった。


 なんか今日だけでミンスタのフレンドが倍以上に増えてしまったな。確かにこれはコスプレ用のアカウントを作った方がいい気がする。

 それかいっそのこと、このアカウントをコスプレ用のアカウントということにするか。


 「うーん、そろそろ時間だし、集合場所戻ろっか」


 撮影の列や交流などのもろもろが一旦落ち着き、スマホで時間を確認した乃愛ちゃんの言葉に俺たちは頷き、神崎愛斗と芹沢先生と別れたところへと歩いて向かう。


 辿り着くと、そこにはすでに神崎愛斗が地面に座り込んで待っていた。

 今は約束の時間の十分前ぐらい。


 「おぉ、お帰り」

 「うん、ただいま。先生はまだ?」

 「ほら、あそこ」

 「あぁ、もうちょっとかかりそうだね」


 神崎愛斗の指差した先を見ると、芹沢先生はあるコスプレイヤーのなしている長い列の一部になっている。

 遠目に見ても生き生きしているのがわかる。とても楽しそうだ。


 「じゃあ、私たちも先生を待ちがてら休憩しとこっか」


◆◇◆


 「いやぁ、コスプレってすごいな! 今まで敬遠していた自分が恥ずかしいよ」

 「楽しんでもらえたなら嬉しいです」


 十分ほど経ち、撮影を終えた芹沢先生が集合場所へと戻ってきた。


 「じゃあ、先生も戻ってきたことだし、お昼食べよっか」


 そう言って、俺たちは休憩スペースへと移動し、ここに来る前にコンビニで買っておいた軽食を食べ始める。


 「みんなどうだった? 始めてのイベントは」


 という乃愛ちゃんの質問に、まずは蛍ちゃんが。


 「いろんな人とお話しできて楽しかったです!」

 

 それに珊瑚ちゃんが同調した。


 「ね。みんないい人であっという間に緊張も吹き飛んじゃった」


 雛乃ちゃんも頷いて。


 「あたしもこんな大勢の人と話すの久しぶりだったけど、楽しかった」


 続いて俺もゆっくりと口を開く。


 「私も、楽しかったです。緊張なんか忘れるくらい」


 俺の言葉を聞いて、乃愛ちゃんは大きく頷いた。


 「みんな楽しんでくれたみたいでよかった。先生も楽しんでくれたみたいだし……愛斗はどうだったの?」

 「僕はいつもどおりだよ。いろんな人の写真撮って衣裳作りの参考にね」


 乃愛ちゃんは神崎愛斗の言葉に少々呆れ顔を浮かべたが、すぐに笑顔に戻し、改めて口を開く。


 「愛斗も楽しかったみたいだし、これからどうしよっか? 一応イベント自体は十七時までやってるんだけど……。別に絶対最後までいないといけないってことはないから」


 乃愛ちゃんの言葉に、一同はしばらくの間沈黙。最初に口を開いたのは蛍ちゃんだ。


 「私はもう少しここにいたいです」

 「あ、あたしも!」

 「じゃあ、あたしも」

 「私も」

 「りょーかい。じゃあ、三時くらいまでにしとこっか。みんな初めてで疲れもでてくるだろうし」


 という乃愛ちゃんの言葉に俺たちは頷く。乃愛ちゃんは芹沢先生と神崎愛斗にも視線を送り、確認を取る。

 二人も頷いたことで乃愛ちゃんは大きく頷き、手をパンッと叩いた。


 「じゃあ、そういうことで! もうちょっと休んだらまた行こっか」

 

 乃愛ちゃんの言葉に全員で大きく頷く。

 それから少しすると珊瑚ちゃんがゆっくりと立ち上がる。


 「すみません、ちょっとお手洗いにいってきます」

 「りょーかい! ちょっと遠いけどあっちの方にあるから。みんなは大丈夫?」


 俺も含めたみんなは大丈夫ということで、珊瑚ちゃん一人でトイレへと向かう。


 さぁ、とうとうこの時がやってきた。フラグを回収する時が。


 

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