第5話 引っ越しと仕事始め

結婚式から2週間。

ミシェルとの蜜月期間も終わり、今日はタリム邸への引っ越しだ。

蜜月機関と言っても四六時中まぐわっていたわけではなく、新居へ向けた準備も含まれており、すでにふたりともすべての荷造りを終えあとは馬車に乗って移動という状態となっていた。

「さて、ミシェル両親に挨拶をして出発しよう」

「そうですね。行きましょう」

私達は本邸の執務室へ向かう。

後ろには執事のウィルとミシェル付きの専属侍女であるユーリが一緒だ。

「レオン・ガリム伯爵に、ご挨拶に参りました」

「どうぞタリム男爵」

ガリム家の執事であるセバスチャンが執務室のドアを開けてくれる。

親子とはいえ、今は伯爵に仕える男爵だ。

このあたりはしっかりと切り分けないといけない。

「タリム男爵、タリム地区のことよろしく頼むぞ」

「はい、ご期待に添えるよう誠心誠意努力いたします」

「さて、レイノルド」

旧に名前で呼ばれる。ここからは親子の会話ということだろう。

「お前から出てきた計画は概ね承認する。ミシェル君の優秀さが光るな。

 私も平民が毎日卵を食べられるというのは豊かな証拠となることから期待している。

 だが、あまり無理はするな。それほど距離は離れていないんだから何かあれば戻ってこい」

「わかりました父上」

「ミシェル君。レイノルドを頼む」

「わかりましたわ義父様」

二人で礼をし執務室をあとにする。

玄関ホールに行けば母と兄夫妻も見送りに来てくれた。

「馬車で半日とはいえ、別の家に行ってしまうのは寂しいわね」

「母上、別に今生の別れではないのですから」

微妙に泣きそうな顔の母を兄がなだめている。

「なにか相談があれば屋敷に顔を出しますよ母上」

「そうして頂戴。ミシェルちゃんも何かあればすぐに私に言うのよ」

「はい、義母様。人生の先輩として頼りにしておりますわ」


家族に見送られ私達は馬車に乗る。

普通の二頭立ての馬車だ。

ここから約半日でタリム領の屋敷に着く。

屋敷はすでに整備を終え、生活をする分には問題ない状態となったという。

街全体の下水道整備にはまだ時間を有するそうだが、屋敷周辺の整備は終わったとのこと。

タリム領は近くに川が流れていることから下水道の整備は比較的楽だったのが幸いした。

がリム伯爵領都も川にかかるため、下水道の整備率は高い。

できればタリムに関しても下水の整備率は100%としたい。

それが人を呼び込むためにもなるからだ。

「レイノルド様、すでに報告書をご覧かと思いますが既にタリムへの移住希望者が住居地域に家の建設を始めております」

「まだ五世帯とのことだが、増えそうか?」

馬車に同乗しているウィルが声をかけてくる。

整備が始まってからタリムの町には徐々に人が戻ってきていた。

「まだ増えると思われます。

 領都ガリムは既に人口が飽和しつつ有り新居の着工ができない状態です。

 もともとタリム周辺に住んでいた人々には、元いた土地に戻りたいというものも少なく有りません」

「そうか、とはいえ旧タリム地区は小麦の収穫量も少なく、質素な生活をしていたと聞いている。

 私達がやろうとしている開発計画に賛成してくれているのか?」

「概ね好感触のようですよ。

 タリムに特産ができるのであれば協力したいと申し出てくれている者たちが最初の移住者ですから」

「平民の協力がなければ私達の仕事は成り立ちませんからね。

 賛同を得られているなら良いことです」

ミシェルがニッコリ笑いながらウィルとの会話に入ってきた。

「えぇ奥様が教会で行われたタリム復興計画の説明会は市民にも好評でございました」

「ミシェル、君そんなことまでしていたのか」

ガリムに来てから街に出る許可を求められていたが、そんなことをしていたなんて報告初めて聞いた。

「あら、レイに言ってなかったけ?新しいことをやるなら住民への説明は絶対必要よ」

「そうなのか…しかし平民なんて触書を出せばいいのではないか?」

「それは貴族の慢心よ。仮に平民が全員文字を読めたとしても、文章だけでこちらの真意が伝わるわけじゃないわよ。指導者は相手の目を見て理解をしてもらうための説明を忘れてはいけないわ」

「仮にとは…普通は文字が読めないのか?」

「アルミな王国の識字率なんて3割程度よ?

 触書をだしても文字が読める平民が言伝で広めるというのが現状よ」

「なんだって!?」

「しらなかったの?」

「いや、文字など誰でも読めるものだと思っていた…伯爵家に来る商人たちも普通に文字の読み書きはできるからな」

「じゃあ、まずその認識を改めないとね」

ミシェルはこういう事をどうやって調べてくるのか…私の認識が甘いだけか。

しかし識字率なんて考えても見なかった。

父も触書は出しても平民への説明なんてしなかったからな…


しばらくすると馬車が領都をでた。

すぐに回りが小麦畑に変わる。

しばらくは小麦畑が続くが小川を渡った先、タリム地区に入ると風景は一変する。

人々が戦争から逃れた結果住民が田舎くなったタリム周辺は荒廃が進み、畑はただの原っぱに成り果ててしまっている。

再度開墾をしたこの辺りには小麦の他にミシェルの提案でトウモロコシを植える予定だ。

遠く異国の地から運ばれてきたこのトウモロコシは鶏のエサにちょうどよいらしい。

「研究所と養鶏場の建設は順調なようね」

小川を渡ってからしばらくすると大きな平屋の建物が見えてくる。

これが、この地に新しく作る養鶏場とその実験施設だ。

養鶏場はすべて塀で囲われ、鶏は室内で飼育される。

普通野外にて飼育される鶏を完全に室内で育成するかわり、今までとは比べ物にならない量と密度で飼育することになる。

併設された研究所では発育状況やより卵を生む鶏の開発を行うことになっている。

「しかしミシェル。本当にうまくいくのかい?卵をより多く産む鶏を作るなんて」

「すぐに結果は出ないわよレイ。それこそ10年20年と時間はかかると思う。

 でも、できないわけじゃないわ。今でも数さえ揃えば1日の確保できる卵の数はそれなりになるはずだから…実際に鶏を大量に入れるのは来年以降になると思うけどね」

「まぁまだ建物ができてないしな」

「既にベリリム侯爵家から分けてもらった鶏は、研究所ができればすぐにでも繁殖を開始する予定よ」

すでに手に入れる鶏は決まっている。

ベリリム侯爵家の鶏はよく卵を産むと有名であり、ミシェルはすでに侯爵家に依頼をして鶏を10羽ほど分けてもらっている。

本当に何もかも手筈がいい。


*****

日が真上に来た頃、馬車はタリム邸に到着した。

邸宅周辺にはすでに道を整備しており、周辺には分譲している更地がある。

1区画離れたところに5軒ほど家が建築され始めており、聞いていた5家族の家だろう。

後は大工たちが寝泊まりしている掘立小屋が数件ある。

「レイノルド様、少しお待ちください」

ウィルが先に馬車を降りて屋敷を確認するという。

すでに一緒に着いてきている馬車から雇った下男達が荷物を下ろし始めている。

家具類はすでに設置済みであるが、日用品は今日の引越しで持ってきた。

私たちも馬車を降りる。ミシェルをエスコートするのを忘れない。

「いよいよ新生活ですねレイ」

「ミシェルに負けないようにしっかり頑張るよ」

「そのイキよ!」

バシンとミシェルに背中を叩かれる。

こういうスキンシップをしてくれるのがミシェルが貴族女性らしくないところの一つだ。

でもそれが心地よい。


タリム邸は2階建ての建物だ。

石とレンガ作りで、1階は石造りで主にダイニングやキッチン、浴室などの水回りを備え客間が2つある。客間はしばらくウィルたちが住む場所だ。

屋敷の裏には手押しポンプが設置された井戸がある。

10年は使われていなかったため一番最初に復活させた設備だ。

2階が執務室や私たちの私室になる。

将来のための子供部屋と、私達の部屋に執務室がある。

メイドを含めた従業員たちの建屋は現在掘立小屋の仮設のもの。

将来的に敷地内に従業員用の集合住宅を建てる予定だ。

「さて、屋敷に入るか」

「そうしましょう」

あらかた荷物の移動が終わった段階で私たちは屋敷に入る。

玄関ホールには新品のドアマットが敷かれ正面には本邸から譲ってもらった花瓶にも花が生けられていた。

正面には2階に向かう階段もあり広々としている。

「なかなか豪華にしあがってるわね」

「うん、思った以上だ。やっぱり離れより豪華だな」

「大きさが違うもの。男爵とはいえ貴族の屋敷だからコレぐらいは当然よね」

ミシェルと一緒に屋敷の探索を始める。

キッチンにも顔をだし、コックに挨拶をする。

彼も毎日卵を使えるようになるのを期待しているとのことだ。

2階に上がり執務室を確認する。

すでに数枚の書類が置かれていた。

「ウィルこれは?」

「追加の移住希望者の申請書です」

「…彼らは文字が書けるのか?」

「いいえ、私やユーリが代筆したものです」

「そうだよな…いつもウィルの字か、セバスさんの字だもんな…」

「なんだ、レイも気がついてたんじゃない」

「…おかしいとは感じていたんだが、仕事を優先する上で気にしていなかったんだ」

「気がついてよかったわね」

早速机に座り書類を確認してサインする。

ウィル達が事前に審査しているとはいえ、確認は必要。

書面上の不備もない。

それにしても最近は植物紙が出回ってからこういう書類仕事で失敗を気にしなくて良くなったな。

羊皮紙に比べてコストが下がったおかげで、こうして住民名簿のようなものが作れるようになって、市民の出入り管理がきっちりできるようになった。

「今度は商会も入ってくれるんですね」

「そうみたいだ。人が増えれば日用雑貨も必要だし食料店も必要だからな」

「建物建設がすぐに終わればいいですね」

「木材なんかの必要な建築材料はすでに手配しているから、あとは大工の腕次第かな」

一家4人が暮らす家程度であれば、2週間あれば完成する。

既に移住を決めてくれている5家族は周辺で畑仕事をして頂く予定だ。

今は春先であるため、ミシェルがトウモロコシとイモ類、豆類の栽培を始めようとしている。

トウモロコシは鶏用の餌で、収穫後は乾燥して保管する予定でいる。

此方も現在タリム地区に共同の木造倉庫を建造中だ。

屋敷のパントリーとは別に収穫したものを一時的に保管するために使われる。

トウモロコシに関しては鶏のエサようなので、全て納めてもらうが、小麦については全体の1割を農家からは納めてもらう予定だ。

領内の一般的な農民に掛ける税が3割なので、破格の安さだ。

なので、今後入植希望者が増えると思われる。

しばらくは入植者の受け入れがメインとなるだろう。

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