第二章 黄天の霹靂

十一.柑子色の山賊

 旅立ってから一週間、泰輝たちは紅城と黄路の境に到達する。亜夏の操縦室を開けて三人は外の風景に目を向けていた


銀楓ぎんふう峠、でしたっけ?」

「そうね、峠の先は黄路の領土よ」


 薄い水色の旅装束に着替えたレディは陽向の返答に頷く。ここからが旅の始まりであると改めて気合が入っていた。


「レディ、あまり気張らぬようにしておけよ……陽向、黄路の情勢は?」

「私の知る限りでは異変は起きていません」


 不二の北部と中央部をつなぐ通商拠点である黄路は争いごとを嫌っており、紅城に対しても不可侵を約束させている。蒼司との戦を目の前にしている紅城としてはなるべく事を構えたくない相手であった。


「見た目が擬胴とはいえ無事で済むと良いが」

「そこいらは相手のいる問題ですからねー……まあなんとも」


 レディが言葉を続けようとしたとき横手から何かが接近してきて、泰輝は素早く操縦席を閉じるとレディの体を抱えて席に座らせてから機体を謎の物体に向ける。陽向はそれより早く機体から飛び降りていった。


「うわわっ、泰輝様?」

「話はあとだ、相手をよく見ておけ!」

「分かってますって」


 近付いてきたのは明るい黄赤、柑子色をした三機の擬胴。手には何の手も加えられていない素の丸太が携えられているだけで、操縦席も開けっ放しでひげ面の男たちの姿が見える。



「どこからどう見ても山賊ですね」

「擬胴を操る山賊とはな。我が領も随分と侮られたものだ」

「手が回らないほどの劣勢でしたから仕方ないんじゃないですか」


 などと話をしていると山賊の一人が大声で脅してくる。


「良いのに乗ってるじゃねえか。大人しくそいつを俺たちに寄こしな」

「そんなこけおどしに屈するとでも思っているのか?」

「三対一なんだぜ。負ける気がしねえ」

「愚かな、数ばかり多くとも貴様ら程度に遅れは取らん」


 相手の浅はかさを一言で切って捨てた泰輝に山賊たちはいきり立った。


「ならとっととガラクタにしてやるよ! 中身だけでも高く売れらあ!」

「てめえこそ言った言葉を後悔するなよ」

「死にやがれ!」


 口々に罵声を放ちながら亜夏を取り囲み、三方から丸太を振り回して襲いかかってくる。


「どうしますか?」

「周囲に仲間がいるやもしれん。それを放置するわけにもいかんだろう」

「機体を壊して生け捕りですね。丁度いいです、擬胴状態の戦闘訓練と行きましょう!」


 レディは軽い声で言うと素早く鍵盤を操作し始めた。


「大太刀の硬度だけ高めておきました。万が一見誤ってもへし折られることはありませんので安心してくださいね」

「誰に言っておるのだ。そんな下手などするわけがなかろう」


 口では嫌がり心で労わりというような態度を取りつつ泰輝は亜夏を操り、正面の相手が持つ丸太を下段から振り上げ弾き飛ばして平衡を奪うとそのまま体当たりをかける。ぶつけられた相手は仰向けに倒れ込み、乗っていた男は慌てて機体から脱出した。

 残りの二機は怯むことなく左右から挟撃を仕掛けるが亜夏はそこから後方宙返りでそれを避けてそのまま背後を取る。


「いい仕事してますねえ」

「お前は何をしているんだ」

「ちょっと天海の記録簿とつなげて相手の機体を調べてますよ、っと……ありました。あれは勘亀かんき、白華が黄路向けに製造している擬胴で当地では普及しているみたいですね」

「なるほど、ここを往来する旅商人狙いか」


 その情報と壊れている操縦席から状況を理解した泰輝は相手が態勢を整える前に片方の腕を切り飛ばして転ばせ抵抗力を奪い、不利と見てその場から逃げ出そうとする残り一機の背後に追いすがり脚を切って戦いを終わらせた。


「ご苦労だったなレディ」

「結構派手な立ち回りになっちゃいましたね……陽向様は大丈夫でしょうか?」

「お前に心配されるほど脆くはないよ。真胴がひしめき合う戦場を駆け回っていたのだ」


 その言葉通り、いくらも経たずに黒装束姿の陽向が現れ山賊の一人を捕らえたと伝える。二人は亜夏を降りて気を失い縛り上げられている男に近付くと活を入れて目を覚まさせ、尋問に入った。


「お前たちは何故ここを根城にしている?」

「そんなの儲かるからに決まってるだろ」

「では、仲間は他にもいるのかしら?」

「素直に言うとでも思ってんのか?」

「こりゃ駄目ですね……」


 ふてぶてしい態度にレディは呆れたようにつぶやくが、陽向は「そのような決めつけはなりませんよ」と諫める。


「どういうことですか?」

「簡単です。こうやって時間を稼いでいるということよ」

「てめえこそ決めつけじゃねえのか」

「擬胴を襲って利用している者たちがあのような使い古しばかり使っているものですか。それに言い逃れではなく答えないのはあてにできる援軍のいる証拠です」


 陽向がそう言い切ったところで亜夏の置いてある方から別の男の悲鳴が聞こえてきて、捕らえられた山賊は表情を変えた。


「な、なんだ!」

「あ、なるほど伏兵がいたんですね……無駄ですよ、あの機体には私たちがいない間に弱い雷を這わせてありますから、触っただけで激痛です」

「何なんだあんたら……?」


 三人の得体の知れなさにようやく怯える男に構わず泰輝は機体に舞い戻ると周囲に漕がっている男たちを縛り上げ、亜夏に飛び乗って捕虜を一カ所にまとめる。


「さて、どうする? 他の連中が現れればここが危ういが捕虜を放置する訳にもいかん」

「なら一つしかありませんね、泰輝様は亜夏で周囲を警戒、陽向様が捕虜の管理、私が紅城の番所まで知らせに行くってことで」

「お前で大丈夫かな?」

「可愛い子に旅をさせてくださいよ」

「仕方のない子ね」


 陽向が苦笑交じりに話したことで方針は定まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る