第22話 芽の芽

 外構部分のリフォームを控え、カンナは喫茶さくらの外で真新しい切り株を見つめていた。隣に見たことない古い切り株が出現し、そこに桜の接ぎ木が見える。まだテープが巻かれたままで、周囲には『さわらないで!』の張り紙まで置かれている。


 学校から帰って来た絵梨は、カンナに気がついた。


「カンナさん!」

「あ、お帰り、絵梨ちゃん」

「凄いでしょ、そこに桜の接ぎ木をしたんですよ」

「絵梨ちゃんがしたの?」

「いいえ、高校の先生なんです。夜に突然来られて、取ってあった枝を使ってちょいちょいってやってくれました」


 カンナはまじまじと絵梨を見つめた。


「高校の先生が?」

「ええ。夢みたいでしたけど」

「ふうん。切り株も増えてるし」

「なんですよ。昔あったって言う桜の木の切り株だそうです。私も親も埋まってるなんて知らなかったです。先生がなんで知ってたのかは判らないけど、生物の先生だから鼻が利くんですかね」


 カンナは不意に思い出した。私の仕事の信条でもある言葉をくれた海高の進路指導の先生、切り株に土を掛けて置けば木は生き永らえれるって、言ってたような気がする。ここの話だったのかな。


でも確か、あの先生は…。


「カンナさん! これって芽ですかね?」


 しゃがんで接ぎ木を観察していた絵梨が声を出した。カンナも腰をかがめる。絵梨が指をさす先には、ほんの小さな、赤ちゃんの小指の爪みたいな小さな芽らしきが形成されている。


「芽の芽、みたいな感じね」

「ですよね。成長すればいいのにな」


 カンナは無邪気な絵梨の頭を撫でた。そう、成長すればいい。私だって桜の伐採に気が咎めなかった訳ではない。皆藤家の人たちに、喫茶さくらのお客さんに、そして道行く生田の人たちに愛されていた桜だったのだ。カンナもまた佳太の報告を断腸の思いで聞いた。でもこの芽が後を継いでくれたら、何十年かして、喫茶さくらはその名前通りに復活するだろう。それまでの店名は仮称をつけておけばいい。そう、きっと絵梨ちゃんが今の私くらいになる頃、喫茶さくらは再生する。私の仕事はその再生を妨げないようなデザインと品質を描くことだ。


 如雨露じょうろを取りに行った絵梨の後姿を目で追いながら、カンナは小さな接ぎ木の芽に話し掛けた。


「頼むよ、芽の芽ちゃん。お店も絵梨ちゃんもよろしくね。キミの邪魔をしないように外構を作るからね」



 カンナは立ち上がり、喫茶さくらの建物に真っ直ぐな目を向けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る