第9話 自然の一部

 それから1週間後、絵梨が学校から戻ると、カンナがテーブルで滋に何やら説明している。


「お帰りー」


 カンナも絵梨に声を掛けてくれた。絵梨は二人の間にあるカタログらしきを覗き込んだ。


「えーっと、それってテーブルの話ですか?」

「そうよ。なるべく木目調の物を選んで来たんだけどね」


 カンナが示したのはカウンター状の長いものだった。滋が絵梨を見上げる。


「周防さんはね、カウンターをこっちの窓際に置いて、個人スペースに区切って使ったらどうかって」

「そうなのよ。自習コーナーみたいにね、結構ボッチ需要って無視できないからね。この辺にも去年の絵梨ちゃんみたいな受験生だっているでしょ? でも図書館行くにも電車に乗って行かなくちゃいけないし、それも本数少ないし。それにワーケーション需要だって出て来るかもだからさ、スペース効率を考えるとボックス席よりいいんじゃないかなって。ま、偉そうに言ってるけど、実は絵梨ちゃんの1卓を延長してみただけなんだけどね」


 滋も腕組みした。


「この辺にも牡蠣目当ての滞在客が増えているのは事実なんだけどね、自習ってやっちゃうと常連のお姉さん方が騒げないって、ご不満出るかもとも思うしな」


 確かに、先日吉祥さんは『カフェみたいなのにはしてくれるな』って言ってた。1卓がモデルになったのは嬉しいけど、今は昭和レトロなお客さんが多いのも事実だ。どっちの気持ちも解る。絵梨も唸った。カンナが付け足した。


「マスター、もしそうするなら、窓も手を入れた方がいいんじゃないかって思うんですよ。このお店って外が羽目板だから、丁度レトロなクルージングボートみたいなんですよね。だから思い切って丸窓はどうかなって」

「丸窓?」


 それはまた奇想天外な…。絵梨の唸り声は高くなる。でも、丸窓から見る桜って、ちょっと絵になるかも。


「確かに面白いんだけどな。ここは港町でもあるし、全体をボート仕立てってのも悪くない。トイレもマリントイレにするとか、俺が金筋4本付けるとかな」

「マスターじゃなくってキャプテンって呼んじゃいますね。でも今のお客さんの事情も判りますので、全てを自習室にすることはないと思いますよ。右舷と左舷で分ければいいんじゃないですか」


 カンナも笑っている。そう言やカンナさんって船舶免許持ってるって言ってたっけ。船が好きなんだ。


「一つの案ですからお考え頂ければと思いました。窓だけ丸にするって言うのも結構あるかも知れませんしね。それでマスター、窓を入れ替えるとなると、外壁もやり替えるので、ついでに耐震補強とか断熱も入れられると思うんですね。なので今度、そんなご提案もできるように、ちょっと外回りも見させて頂いていいですか」

「それは構わんよ。耐震は大事だし、津波が来ても浮かび上がるとかなら、もっといいけどな」


 滋も笑って答えた。カンナはデジタルカメラと測量用の道具を持って出て行く。絵梨も一歩遅れて外に出た。壁をやり替えるってどうするんだろう。


 表に出て桜の木の方に向かうと、カンナが桜の木の下、少し盛り上がった場所に立って外壁をしげしげと眺めている。


「カンナさん、板張りはどんな感じにするんですか?」

「そうね、今考えてるイメージはね、窓から下を今と同じ板張り、上を漆喰にして、丸窓を少し間を空けて並べて、板張りの色は漆喰に合わせて白かな」

「白?」

「うん。ボート感出したいってのもあるけど、その前に清潔感もあるし、熱も反射するし、汚れが目立つのは玉に瑕だけど、塗料次第で断熱性とか、汚れにくさとか高められるのよ。窓の形も丸い方が強度的にいいからね、トンネルも丸いでしょ」

「へぇ」


 カンナは建物と空を見上げた。


「その方が環境にもいいの。形や素材で何とかするって凄い技術だと思うよ。断熱塗料って元はセラミックだから鉱物なんだけど、中に穴が開いていて空気が入ってるの。結局自然素材が一番いいって事ね。漆喰は元々天然素材だから自然派カフェになっちゃうの」

「カンナさんはいつもそう言うのを心掛けてるってことですか?」

「そうね、時と場合と予算によりけりなんだけど、ここはお店だけど絵梨ちゃんたちの住まいでもあるでしょ? 私たちも自然の一部なんだから、他の生き物と同じように、自然のもので住まいを作る方がしっくり来るのよね」

「凄い!」

「ま、これは受け売りなのよ。私が建築方面に進みたいって言った時に、たまたま進路指導の先生に言われたことなんだ」

「そこまで指導されるんですか」

「生物の先生だったからね。 あれ?」


 話しながらカンナは腰を屈めた。

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